情報屋と襲撃
「そんなに……落ち込むなって……一週間したら戻ってくるからさ」
「……って言っといていつも帰ってこない」
「うっ…………今回は大丈夫」
「ほんとに?」
「……だと、思う」
俺と夜弥は喫茶店の外にいた。あの「おかえり」とは真逆で彼女の「いってらっしゃい」はテンションがすこぶる悪い。
ちょっと心配しすぎだって……。
「ありがとね。なんだかんだ食料用意してくれて」
夜弥はバツの悪そうにその大きな胸を抱えるように腕を組み、言った。
「餓死でなんて死なれたら嫌だもん……」
おぅ……「もん」と来たか……。
ほんとにこの人は大人なのか子供なのかよくわかんない。なんだか癒される。
「んじゃ、行ってくる。結界張っとくんだぞー!」
昔でいう「鍵かけんの忘れんなよー」くらいのテンションで言った。
それを察してからなのか、夜弥はクスリと笑って
「一週間までには帰りなさいよー!」
と、昔のお母さん的なノリで送ってくれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ザッザッ……と自分が土の道を歩く音が聞こえる。
とりあえずは順調。
とりあえずは敵もいない。だが、後ろから何かが来ていることはわかっていた。
「シャム!!いるんだろ!?」
すると、20メートル後ろの岩陰から何かがひょこっと顔を出した。
「おーおー、よくわかったねぇ誠くん!いやー、わたしの気配なんて察知できるの君くらいだよぉ!」
出てきたのは金髪の小柄な女性。背は149くらいか。歳は……年下のはず。
「ところでさ、麻袋とか持ってない?」
「へ?『情報屋』のわたしを呼んでの第一声がそれ?」
そう、彼女は情報屋。しかも、自分の異能力を最大限に生かす。超手だれの情報屋だ。
彼女の能力は『猫』。高いところから落ちても大丈夫。素早く動ける。夜でも見える目……などなど。
情報屋に、向いているものばっかりだ。
そんな彼女。なかなか見つかんない上に料金がやたら高い。
そのくらいの物件というわけだ。可愛いしな。
「俺は『石』について知りたい。」
すると、シャムはニヤリと笑って言った。
「ソレについては、かなりの額が必要よ?用意できるのかい?」
「そのためにも今から用意したい。麻袋ないと持って帰れないぞ?」
俺がそう言って彼女に東の方角を顎でしめした。
その方向のはるか先には土煙が舞っているのが見えた。
そう、魔物が押し寄せてきているサインだ。
俺は両手を広げて構える。
その手のひらに確かな力を感じて。
……
俺の異能力は…巷では『死神』と揶揄される。
つまるところ、死神を宿してる幻獣種と勘違いされているのだ。
実際はそんなわけもなく。
普通の……しかもどこにでもいる動物。
『鴉』
それが、俺に与えられた異能力だ。
俺の能力をまとめると
1.銃などの火器以外の武器を作り出せる。
2.飛行能力(細かい風力制御)
3.剥奪の権利
という風になる。
2番目の能力は、飛べる動物の異能力ならば、全員可能な能力だ。
この能力の正体は身体の周りの風を制御することなので、自然にある程度は風を操れるのだ。
まぁ、これを知ってるのは極少数なのだが。
一度この風を操れる能力を使い、夜弥のミニスカに風を当てて、その中身をご開帳したら激怒され結界から締め出されて最悪な目にあった。
ついでに夜弥のミニスカを見れなくなった。生脚が無いのは残念です。ぐす……。
3番目の能力、これは鴉特有である。
鴉は巣を何で作るか知ってるか?
それはハンガーなど、奪い取ってきた丈夫な物だ。
もちろん枝などで作る場合もあるが、なるべく丈夫な物を欲するため、運べるかつ丈夫なもの、人工物などを奪い取っていく。
鴉は奪う事で自分の種族の安定を得る。
この能力はそこから来ているのであろう。
今、奪える物で分かっているものは、「意識と命」だ。
自分の生成した武器を致命傷に当てると殺すことなく、気絶させ無力化が可能である。
命に関しても同じことだが、致命傷になる部位に当てることが条件なので、どのみち普通に殺傷することと変わりはない。
さて、なぜ1番目についてを後回しにするか。
わからないからだ。
この異能力についてだけは頭の中にはない。
ただ、剥奪の権利に比べても飛行能力に比べても地味なのに、異常に使えてしまうから1番目においただけだ。
はい、これで以上。
そんなこんなで土煙の招待が見えてきましたね。
俺は広げた両手のひらにナイフを生成。
なぜか俺が作る武器は赤黒く光る。これには深い意味が全くなさそう。カッコイイから許そう。
今回の魔物は……ディラットなどの雑魚ではない。
「ねぇ、あの……魔物ってのはわかるんだけど、私目が悪くてわかんないんだわ……。あれ何?」
俺の後ろでシャムが背中にしがみつきながら声を上げている。猫は臆病なのだ。
「あー……ちょっとだけ高いところに隠れた方がいいかも……。あの数は守りながらはきつい」
「う、うん。わかったけどアレはなに!?」
彼女は必死に俺の身体を揺すりながら聞いてくる。よほど怖いのだろうか。可愛いがそろそろ揺らされすぎて頭痛い。やめて。
「……バイリスだ。数は……30……いや、32だ」
「う、うそ……バイリスがそんなに……?」
彼女はさらに青ざめた顔で震える。……漏らすなよ?
「に、逃げようよ!アレは無謀だって!」
バイリス。それは巻き角の牛のパワーアップバージョンというべきか。
大きさがややデカく、全体的に黒色で目が赤い。
極めつけはそのスピード。つまり突進力。
普通の牛。アフリカンバッファローの速さは時速50キロ。
それに対してバイリスはなんと時速85キロ。
普通の牛でもまともに当たったら致命傷になる。
こんなのまともに当たんなくても致命傷だ。
しかも、持久力がありえないほど高いため、ほとんどスピードが落ちない。
しかし、バイリスの真の驚異はそこではない。
群れで行動することだ。
バイリスは通常20体くらいの群れで生活する。今回は少し多いがな。
想像してみよう。それが全速力で突進してくる様を。死にたくなるだろう。
シャムは年相応に怯え、震えていた。
そこんとこ、猫に選ばれた素質は十分だ。今度ネコ耳を付けてみたいのは俺のささやかな欲望だ。
「アイツら、このままじゃ西に向かってしまう!俺が……殺す。」
「殺す」。そんな単語を聞いてシャムはビクッとなり縮こまる。
おっと、無駄に怖がらせたか。
「大丈夫、物陰に隠れてたらすぐに終わるよ。また、後でね」
俺はシャムがコクりと頷くのを確認してから、すぐそこに迫っているバイリスの群れに目を向けた。
…………。
「異能力発動∵『黒紅刃』!」
俺のナイフがさらに赤黒く輝きを増す。
切れ味、耐久力を急上昇させる。
さらに今回はもう一丁!!
「異能力発動∵『糸操風』!」
この異能力は飛行能力で使う、風の繊細な操作を糸に見立て、操り人形のように武器を操作する技だ。
今回は二つのナイフ……とそれを、俺が作り出した微細なワイヤーで括り付けたものが対象だ。
本来、バイリスに正面攻撃は悪手だ。
バイリスの強烈な押しに負ける可能性が非常に高いからだ。
背後などに周り、攻撃するのがオーソドックスな戦法になる。
ただ、この方法は俺のナイフを投げる本数も限られているから、取り逃がすことが予想される。
そうなったら後ろにいるであろう、シャムに被害が及ぶ可能性だってある。
だから、俺はあえて正面から挑むことにしたのだ。
正面からのバイリス攻略には必須の条件がある。
それは「一網打尽」だ。
一体一体では間に合わずにこちらが突っ込まれて死んでしまう。
だから、なるべく一撃で倒すことが重要だ。
そのためのこの、ワイヤーで結んだナイフを使う。
ナイフを群れの両脇に投げ、その間のバイリスにワイヤーが当たり、一刀両断する。
問題は空中を飛んでいる軽いナイフに対して、あっちは地面を凄まじいほどに蹴り、重い巨体を高速で走らせるバイリスの群れ。
俺の異能はパワーがない。
押し負けないように祈るしかない!
「いっけぇぇぇえぇぇ!!」
俺は両手で思い切りナイフを両脇に投げた。思惑通りワイヤーはバイリスの顔面に当たる!
風を目一杯送り込みナイフを加速させる!
斬れろ斬れろ斬れろ斬れろ……斬れろ!
カランカランッ!
と、俺の足元にナイフが二つとんできた。
バイリスの突進に押し負けて飛ばされてきたのだろう。
そう、負けたのだ。
本当に思い知らされる。
俺はパワータイプにすこぶる弱い。
これが、現実。
これで、シャムも西部も…………
…………。……。
(ざけんな……。現実?なんだそれ。)
俺の頭の中に鳴り響く声。
「……誰だ?」
(誰?おいおい、世話ねぇなぁ。お前だよお前!)
俺は眉を潜める。
「は?俺はここにいるだろ?」
そう言うと、心の声からため息がハァ……と漏れる。心の声なのにため息とは、これいかに。
(お前、夜弥姉さんと会う前の記憶ないだろ?)
そう言われた俺の心が激しく揺さぶられるのがわかる。俺は夜弥に会う前の記憶が丸ごと抜け落ちているのだ。
(俺は……昔の、お前をお前より一番よく知ってるお前だよ)
なるほど。合点がいった。
これは……記憶を無くした……いや、俺の昔の記憶そのものが人格になっているのだ。
(わかってもらえてなによりだ。さてと……お前さぁ……やっぱり無意識に使わないのな。)
「え?……なにを?」
いきなり話題が変更して戸惑う俺。
え、コイツ、ホントに俺なのか?話についていけない。
(バイリスに、苦戦してんだろ?……アレ使えよ)
あぁ、そうだ。俺はバイリスに……。ちょっと待てよ、アレってなんだよ……。
(チッ……ホントにわかんねぇのか……)
彼はまたハァ……とため息をついて言った。
(死神ノ鎌だよ)
その一言を聞いた瞬間、俺の意識が遠のいてくのを確かに感じた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「く……頭いてぇ……なんだこれ……」
俺は立ったままだった。寝てたわけではなかったようだ。周りから見たら放心状態だっただろう。人なんていないがな。
見ると間近にバイリスの群れが迫ってきている。意識が飛んでいたのは……三秒と言ったところか。
「死神ノ鎌……聞き覚えが……」
鎌……という事からして……生成できる物だろう。
要するに武器だ。
彼は今必要な武器を教えてくれたのだ。
残り十秒もない。十秒足らずで、バイリスに殺される。
殺らなきゃ、殺られる。
そう思った瞬間。
俺の脳裏に思い浮かんだカタチ。
あぁ、なるほど。
これならば……!!!
俺は迷わず生成する。
刃は三日月型。
その端に刺さるようにブーメランのような物。
先端に重りのような球を付ける。
正しく、回転鎌。
これが、死神ノ鎌だ!
こんどこそ!!!
「くらえッ!!!!!」
俺は、迷わず死神ノ鎌をバイリスに向かって投げる。サイドスロー。目標は、脚だ!
赤黒い光を撒き散らしながら飛翔するその姿は美しい。
その刃の強靱さは言うまでもなく、重りによって重心が安定し、球を軸にして円を描くように綺麗に回転している。
ムラがない回転から生まれるのは、スムーズな遠心力による刃の加速ととてつもない重量感。
さらに、風による加速が最大級の破壊力を産む!
ザザザザザザザザッッ!!!!!
見事にバイリス達に命中し、まるで鎌が稲を狩るように簡単に脚を刈り取っていく。
脚を失ったバイリスは高速度のまま、地面に投げ出されることになる。
時速85キロだ。いくら魔物といえども、この速度で地面に打ち付けられれば人たまりもないだろう。
俺は役目を終え、戻ってくる死神ノ鎌を赤い霧へと霧散させた。
後に残るのは大量の魔物の死体と、不気味なくらい返り血も浴びてなく、綺麗な姿のままの青年だけだった。