派閥と『石』
「た、ただいま……」
店の中にカランカランと心地のいい鐘の音が鳴り響く。だが、正直疲れているので心地よく感じない。
「おっかえりぃ!」
「飛びつくんじゃない…」
疲れの元凶が俺に飛びかかってきた。俺の動体視力はここ最近上がっているが、なぜか夜弥の攻撃(?)をかわす事をできない!俺の男性としての本能が拒絶しているのか……。あらがえない……!
というわけでよける事をやめてに手を前方に突き出す。そうすれば止まるはずだと踏んだからだ。
だが、現実は甘くなかった。いや、夜弥は甘くなかった。そのままスピードを落とさずに突っ込んでくる!
ふよん
という音が聞こえた気がした。俺のその手は彼女の右胸にジャストミートしていたのだ。いや、もちろん聞こえるはずもない。だが、あまりの触感に俺の頭が変な擬音を勝手につけたのだろう。
……。…………。
……沈黙が俺たちを包む。え、なにこれ。この空気痛い。お互いの顔が段々と赤くなっていくのがわかる。
「あー……えとー、ご、ごめん……」
俺は素直に謝る。どんな理由があっても謝んなくちゃいけないと俺は思ったかただ。
「…………いいよ、別に…」
そういってそっぽを向く夜弥。あれ?
もっと「あれれぇ?誠顔赤くなってるぅ?」みたいにニヤニヤしてからかってくるもんかとおもってたのだけれども。
見れば夜弥耳まで赤くしていることに気づく。恥ずかしかったのだろうか……。彼女の恥入りのポイントがどこからどこまでなのかちっともわからん。
しばらくの間無言だったが、このままの空気は精神衛生上良くない気がしてきたので、担いでいた大きな麻袋を彼女に突き出し、話題をそらす。
「ほ、ほら、頼まれていたやつだよ」
「あ、ありがと」
もじもじしながらも受け取ってくれる彼女。夜弥は袋を受け取り、目を見開いてから足早に調理場に向かい、袋の中身をひっくり返すように出した。
ドシャドシャドシャ……とそんな音が調理場に響く。それは綺麗な刃物でカットされたかのような大量の赤い肉塊だった。
「え、ディラットの肉よね?なんでこんなに多いの!?」
そう、それは先ほど俺が倒したディラットの肉だった。この現状では魔物の肉を食べるのが主流で、ディラットはその中でも比較的手に入りやすく、うまいのだ。
うまいと言ってもしっかりと精肉した昔の肉よりはまずいだろう。
それでも他の多くの魔物よりはうまい。
俺は食料調達のため外出していたのだ。
「それが……凄まじいほどの大量発生してまして」
「そう……食料が大量に手に入ったのはいいけど……このところ、魔物の発生が多いわね……」
夜弥の言う通り、ここ最近ここらに魔物の発生が多発しているのだ。
俺はふぅ……と息を吐き切り出した
「しかも、ディラットはもっと東部の魔物なんだ。でも、俺はあまり遠くへは行ってない。」
彼女の目は俺の様子が変わったのを感じて真剣な眼差しへと変わった。
「何がいいたいの?」
俺は、また息をふぅ……と吐いて彼女の瞳を見つめ返した。
「さて、ここからが本題です」
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「今回の外出の、目的はディラットでしたが他にもオースト、ブトンなどが大量発生してたんだ。」
オーストは鶏の人間大の姿をしたようなもので鋭い嘴をしており、殺傷能力は高い。しかし魔物のの中でもディラットと同じく弱いので狩られる対象である。しかも、ディラットと同じくらいにうまい。
ブトンは豚のような形をしている。うまくはないが、最弱クラスの魔物でよく狩られる。
ディラット、オースト、ブトン。これには二つ共通点がある。それは、狩られる対象であることと……
「どれも東部の方の魔物ということね」
夜弥はその大きな胸を抱えるように腕を組んで言った。俺の目線は思わず向いてしまいそうになったが、真剣な話なので目線を戻す。
「そのとおりです。そしてこんな噂を情報屋から聞きました。」
情報屋とはいわゆるマルチメディア……俺たちに残された唯一無二の情報媒体である。
情報とは高く売れる。とくに、世界がこんな状況だったら。
それを思いついた人達は情報を売ることにした。
もちろんそれは、こんな物騒な世の中で動き回るものだから危険が伴う。よって、儲かる割には人数が少ない。
ちなみに俺が払ったモノは、ディラットの肉三匹分だ。
これだけで1ヶ月は生きて行ける。以外に高価なのだ。
そんな腕利きぞろいの情報やから確かな情報を聞いた。
「『騎士団』が動き出し始めました。」と……。
騎士団のことを語るには、まずは『派閥』について説明する必要があるだろう。
派閥。
この世界の人口は圧倒的に減り、異能力が手に入っていても魔物がいて、生きるのが難しい世界だ。
そこで人間は、気の合うもの、目的が同じものを引き込んでチームを作った。
それが派閥だ。
だから一応俺たち二人も派閥ではあるんだけれどもね。
さて、この派閥にも規模がある。俺たちみたいに最小の二人という所もあり、百を超える人数を固める派閥もある。
その大規模な派閥のうち一つが、騎士団。
騎士団は二年前から活動を始めていた。最初は4人だったのが100を超える大軍勢となったのだ。
その中のトップ3は『属性持ち』か『幻獣種』であるそうだ。
おっと、属性持ちと幻獣種の説明はまた後日な。
その騎士団が一丸となって動き始めたのだ。
「んー……騎士団か……やっかいな物が出てきたものね……。で?」
夜弥は二つコップを出して水を注ぐ。コポコポ……と静かな音が聞こえる。
「で?ってなに?」
俺はグラスに注がれている水をジーッと見つめている。特に意味はないが。
「その目的は?知ってるんでしょ?」
彼女は俺の目の前にコップをコトンと置いて見つめてくる。ほんと、俺の事よく知ってんなぁ。
「水、ありがとね。えーと……これは情報屋の憶測らしいんだけど…」
「……誠が不確かなことを口にするの、好きじゃないこと知ってるけど、私はすごい気になる……。」
「あー……ごめんごめん。ちゃんと言うから」
俺はチビっと水を口に含んで口内を潤してから口を開いた。
「『石』を探しているらしい……」
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『石』の噂が広まり始めたのはいつからだったろうか。あ、そうだ。半年前くらいか。
半年前、不可思議な結晶についての噂が流れた。
いわく、それはどんな傷をも治すと
いわく、それはどんな病すらも完治させると
そして、最強の兵器になると。
そんな身も蓋もない噂だった。
そのはずだった。
『石』の噂はほぼ全人類に届いた。そう、この時点で気づいた者が出てきたのだろう。
真偽はともかくとして、巨大な噂には元ネタ……つまり、元凶があることを。
かといって、そんな噂は普通ありえないに決まっている。
元凶があると踏んでいた派閥でさえも、動くことを躊躇った。
しかもそれは、はるか東部にあると聞く。
東部には北部ほどではないにしろ、強大な魔物が揃っているらしい。
それだけでも、行ける派閥は限られた。
『石』のことは、ただの噂話で終わるかと思われたとき
トップクラスの派閥、騎士団が動きはじめた。
「『石』って最近は聞かなくなっちゃった噂かと思ってたけど……まだ消えてなかったのね……」
そんな夜弥の声に俺はかぶりをふる。
「いや、むしろ逆だろうと思うよ?」
「どーゆーこと?」
「騎士団としても争いは避けたいだろうから、噂が静まった……つまり、ほかの派閥が手を出さなくなってきた所で、『石』を狙ったってことじゃないかな」
「……なるほど。一理あるわね」
彼女は納得し、頷いている。
「これは、俺らにも関係がある問題だ」
「……そうね。ここが西部なのにも関わらず、東部の魔物が押し寄せていることが問題よね」
「逃げてきた……ってことだろうな」
「私もそれしかないと思うなぁ。」
東部の比較的弱い魔物が、ここ西部に来る。それは騎士団の進行から逃げてきたと考えるのが妥当だろう。
このまま騎士団クラスの派閥が押し寄せると、ある程度強い魔物も逃げ出して西部にも来る可能性もあるのだ。
西部には比較的温和な派閥が揃う傾向にある。
俺達は実は結構仲がいいのだ。食料を分けたりね。ご近所付き合いってやつかな。
その人達にも危険が及ぶ可能性がある。ただちに対処しなければならない。……ってのは建前で。
(本音はこの人をまもるためなんだよな)
俺は夜弥をチラッとみて、水を口に含む。
ちょっと我が儘だけど、いつも助けてもらっている。文字通りこの落ち着く空間を作り出しているのは彼女……夜弥が所有している異能力のおかげなのだ。
夜弥は結界を貼る能力を持つ。
自分の許可した物しか入れないという、絶対的な結界。
俺の異能力とは真逆の護るための異能力。
密かに俺はそれを羨ましくおもっている。
動物に縛られる異能力。彼女のは『幻獣種』の一角獣。
さて、ついでに幻獣種の説明をしようか。
幻獣種、それは読んで字のごとくこの世に存在しない幻の動物が元となっている異能力者のことだ。
他にも不死鳥、龍などがいるらしい。
「というわけで、ここら辺の地域のためにも俺は行こうと思う」
「……一応、聞くけどどこに?」
夜弥は何かを考え込むかのように腕を組んで目をつぶっている。
「もちろん、東部だよ」
「ダメ」
即座に否定の声。聞きなれてはいるけど……聞きなれないな……。
「なぁ……俺は別に死ににいくわけじゃ……」
「『石』を破壊しに行くつもりでしょう?騎士団と遭遇したら……あなたといえども、ただじゃ済まないわよ……?」
自然に頭に手がいき、自分の頭をかく。
「それは……なんとかするよ」
「ねぇ、誠。残される私の身にもなって……?正直危なかっしくて、いつどんな時に命を失うかわからないの……なるべく誠を遠くに行かせたくない……!」
グス……という音が聞こえた。
彼女はうつむいて俺になるべく悟られないように……泣いているのだ。
彼女は俺が相当耳がいいことにきづいてない。
知ってるんだよ?実は夜弥は結構泣き虫ってこと。
だいたい俺の事で涙を流してることを。
でも、俺はその涙でさえ守りたい。これがなんの感情かわからないけど、それでもだ。
今回のことは俺の独断と偏見の「勘」だが、ここは今起こってる事件で安全ではない。
夜弥の結界は強いが、どこまでもつかわからない。魔物の一斉攻撃で壊れる可能性がある。
俺が……不幸の発端を根本的に壊してやる
「夜弥……ごめん、俺は行くよ」
「謝んないでよ……どうせ行くんだから」
「……ごめん」
「……また、行ってる」
顔を上げてちょっとだけ笑った彼女の顔には泣いてる痕跡さえなくて。
俺はその「ちょっと」を、心の底から守りたいと願った。