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3-24



 アグレアスが事を成し遂げた時、雷獣の化身たる少女……イリスは迷っていた。

 道に、ではない。

 自らが取るべき行動に、である。


「…………」


 彼女の眼前では戦闘が起きていた。

 2人の人間────群体となった片方を1人と呼称するならば───による戦闘だ。

 崩壊したフロアの入り口に身を潜ませ、繰り広げられている光景を目に焼き付けるイリス。

 銃撃や爆発が時折起ころうとも、その表情に変化は全く無い。


(……イリスは、どうすればいい?)



 ────マルティナという少女がいる。


 亜麻色の髪を短く整え、育ちの良さそうな服に身を包んだ、まだ幼い少女だ。

 彼女の目的は、母の痕跡を探す事。

 アイドルという目立つ存在になることで、広く電子化された世界で母への手掛かりを掴む。

 しかし、自分をそんな立場に押し上げてくれた者こそが、母を奪い、尊厳をも奪った張本人であった。

 故に、復讐を果たす絶好の機会を逃す訳にはいかない。


 ────ソーニャという女性がいる。


 全身を機械化し、義体となった身体で都市を支えようとする、歯車のような女性だ。

 彼女はただ市民をより良い方向に導こうと誓い、その為には無辜の生命を消費する事すら厭わないようになった。

 そんな彼女が偶然保護した少女を育てる事は、唯一自分を人間たらしめる要因だったはず。

 それを今、彼女は自らの手で消し去ろうとしている。



 イリスがそうした事情の全てを把握していた訳では勿論無いが、戦闘の最中において二人の間で時折交わされる言葉の端から、おおよその展開を掴みかけていた。

 すなわち、マルティナによる復讐劇だ。


「どうして、どうしてお母さんなのっ!?」


「……返答は、不要です」


「っ、……なんでっ、ティナなの!? ティナばっかり、こんな!!」


 殺し合い。

 そう呼ぶには、あまりにもマルティナに冷静さが足りていない。

 数十もの同一義体で攻撃を繰り広げるソーニャの銃撃を、掌握した義体で防御する手腕は流石と言えるが、攻めに転じられない。

 義体の武器を使いこなせず、感情に支配されたままではこうなるのも必然。


 既に数十の破壊された義体がフロアに積み重なっているものの、マルティナはボロボロに傷つき、体力を酷く消耗させている。

 しかし、マルティナが辿り着くべき最深部へと繋がる分厚いゲートには傷一つ付いてない。


(……このままではきっと、ティナは倒される)

 

 急所を狙った銃撃が無い以上、殺すつもりは無いのだろう。

 だが、脳さえ無事であればよいという都合上、ただでは済むまい。


(……なら、イリスは)


 そこまで考えたところで、イリスは背後から迫る存在に気付いた。

 爆破されたのであろう、エレベーターシャフト跡を粉砕しながら進み、瓦礫を押しのけて来たそれは、帽子を目深に被った中性的な少女、クーデリカだ。

 何故か、とても怒った顔をしている。


「イリスはどうして、恩人を置いていくのかなぁ!?」


「……そういえば、わすれてた」


 元々、イリスは彼女の背中の上で目が覚めたのだ。

 エリナとの交戦、アグレアスの介入を耳にし、自分だけダウンしたままではいられない、としてクーデリカをぶっちぎる速度で先行した。


「そんな事だろうとは思ったけど……それよりイリス、早くティナを助けなきゃ」


「…………」


「イリス?」


 クーデリカは訝しげにイリスを見つめる。

 この期に及んで躊躇う事があるのか、と。


「クゥは、どう思う?」


「どうって……」


「イリスは、たくさんの人間をみてきた」


 見て、知った。

 人間の本質は闘争に根付いている。

 魔物を滅ぼす為に闘う者達がいて、それと同じくらい人間同士で争う者達がいた。

 当初は、何故そのような無駄な事をするのだろうと首を傾げたものだったが、今なら分かる。


 争うのは、簡単だ。

 分かりやすい。

 あらゆる難題をシンプルに解決する手段とは、闘争なのだ。


 ならばこそ、あのソーニャという女性を打ち倒せばこの場は治まるのだろう。

 しかし、


「それは、ちがうと思う」


「……じゃあ、あの2人のどちらかが倒れるまで見ていろと?」


「そうならないって、イリスは信じる。……ううん、ちがう。信じたい」


 堅い意思と共に、彼女はそう言い切った。

 クーデリカはイリスを見つめ、イリスはそれを強い瞳で見つめ返す。

 アグレアスの忠臣である少女は今、ただ友を信じる者としてクーデリカの前に立っている。

 それを確信したのか、クーデリカは肩をすくめて嘆息した。

 

「魔獣が、人間を信じるなんてね……」

 

 苦笑を混じえてクーデリカが呟いた時、あらゆる音が止んだ。

 フロアを支配したのは、不気味な静寂。

 復讐劇の幕が降りたのだ。

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