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3-22



「ぃ、やめっ、たすけっ……!」



 瓦礫が転がる市街地。

 目の前で少年が倒れ、すかさずその頭部に銃弾を叩き込む。

 小さな身体は短くうめき声を上げ、幾度か痙攣した後、動かなくなった。



「10ポイントゲット、ってな」



 男にとって、こうした作業は手慣れたものだ。

 「殲滅艦隊」の一員となってからもう十年ほどになるが、そのほとんどが汚い仕事ばかり。

 老若男女の区別なく、命令の通りにとりあえず殺し尽くしてきた。

 公的には戸籍が存在しない為に罪にも問われないものだから、倫理観なぞとっくの昔に捨ててしまっていたのだ。



「あー、ったくよぉ……。どいつもこいつも身体が機械なもんだから、まったく興奮出来ねぇぜ」



 手にしたアサルトライフルのマガジンを替えつつ、愚痴る。

 笑い声が上がった辺り、周囲にいる仲間も同じように考えているようだ。


 王国の象徴である白と金の軍服を纏ってこそいるが、下卑た顔が表す通り、彼らは正規の兵士ではない。

 過去に大罪を犯し、あるいは極度に貧しかった者達。

 彼らにくだるのは常に、「王国にとって見られてマズイものを見た人間たち」の抹殺、死体の消去だ。


 しかし、粗野で粗暴な彼らがそれで終わるはずもない。

 いつも通りであれば、女子供への陵辱が行われるのだが、相手が義体なだけに今回はそうもいかず、皆苛立っていた。



「前の仕事はよかったよなぁ、殺し甲斐のあるアマが沢山いてさあ」

「ハハハ! あんときゃお前、赤毛のガキに酒瓶突っ込んで大変だったよなァ! はしゃぎすぎだっての」

「るせぇな、いいんだよ、どのみち全員殺すんだから」



 十数人の兵士は大通りを闊歩する。

 目に付く市民を区別なく殺しながら。


 その時、



「……困りましたの」



 彼らの眼前に、赤いドレスを纏った一人の女性が現れた。

 頬に手を当て、何かを嘆きながら。

 その光景、その美貌に兵士たちは例外なく息を呑む。

 まるで、この世のものではないような隔絶感。


 つい先程は影も形も無かったはずだが、兵士達がそんな事を忘れるほどに女性は美しく、悩ましい。



「お、おい、生身だぜ」

「観光客か? にしても美人だが……」

「どっちでもいいだろ、殺すんだから。まあその前に、楽しませて貰うとしようぜ」



 一人の兵士が下卑た笑いを浮かべながら、彼女の元へ歩み寄る。

 しかし、女性は何やら悩んでばかりだ。



「一体、どなたが敵なんですの……? 見分けがつきませんのよ?」

「おいそこのブロンド、なかなかいいスタイルしてるじゃねぇか。顔もすげぇ。死にたく無かったら、俺達を楽しませろよ」



 眼前まで辿りついた兵士は銃を突きつけつつ、片方の手を彼女の豊満な胸元へ伸ばす。

 甘い吐息と上下する双丘を前に、自然と吐息は荒くなる。


 そうして、赤い生地が隠す柔らかな生肌に手が届いた、と思った時。

 その感覚がいつまでも訪れない事に気付いた。

 いや、それどころか伸ばしたはずの腕が見つからない。



「あら、落としましたのよ?」



 女性が屈んで地面から拾い上げたのは、一本の腕だ。

 目の前で固まり、肩口から血を吹き出している兵士の。



「っ、ああああぁぁぁァ!? 腕!? 俺の腕がァ!? この野郎がぁ!!」



 恐慌状態に陥った兵士は、片腕で彼女に殴り掛かる。

 しかし、その腕はまたしても届かず、今度はバラバラとなった胴体ごと地面に落ちた。



「っ、殺せ!! あれは普通じゃない!」



 事の次第を見守っていた兵士の一人がそう叫ぶと、呆気に取られていた他の者達は銃を構え、彼女に発砲し始める。


 しかし、届かない。

 彼女の元へ辿り着く前に、銃弾が勝手に進路を変えてしまうのだ。

 得体の知れない何かが、彼女の周りを守っているように。



「なるほど、その武器の仕組みは分かりませんが、わたくし攻撃されている様子。どうにも市民のようでは無いようですし。では、アグレアス様の御命令通り、このシャロンが───殲滅しますの」



 そう言って、シャロンは綺麗な指先をくるりと回す。

 すると、一人の兵士が装備していたアーマーごと全身を細かくスライスされ、声を上げる間もなく絶命する。

 残された兵士達は唖然とした表情でそれを見るが、彼女に視線を戻した時、真の絶望を味わった。



「手早く済ませる為に……少し数を増やしますの」



 あろう事か、シャロンの姿が数十人にも増えて見える。

 大通りを闊歩しているのは、今や彼女の方だ。

 幻覚を疑う兵士もいたが、隣の仲間が粉微塵となり、ようやく現実の光景であると思い知る。



「なんなんだよ、アレは!?」

「来るな! 来るなァァ!!」

「クソっ、こちら第3小隊! 化け物みてぇな女に攻撃されている、早く救援を!!」



 小銃も、てき弾も、苦し紛れのナイフも通じない。

 全て、微笑みを浮かべたシャロンにとっては玩具と同然なのだ。


 そして、兵士達は理解する。

 今まさに、自分達は虐殺される側に回ったのだと。





「ふむ。シャロンは上手くやっているようだな」



 街に響く銃声と兵士達の悲鳴を聞き、アグレアスは満足そうに頷いた。

 瞬間、彼の頬を黒い影がかすめる。

 そして、後方に放置されていた車が大破、炎上した。


 攻撃だ。

 それも、一撃では終わらない。

 コンクリートを確実に粉砕するであろう拳が、常人であれば不可視の速度で数十発と放たれる。



『■■■■■■■■■■■ッ!!!!』



 イリスを意識不明にした、黒い獣「エリナ」の攻撃。

 アグレアスはそれを危なげなく躱し……否、一発をもろに胸に受け、大きく後方へ吹き飛ばされた。

 幾つかの車両を巻き込み、突っ込んだビルを倒壊させたところで勢いが止まる。



「ええい、防御が通じないとこれほど面倒か……!」



 ガラスまみれになった身体で毒づく。

 一応、クーデリカを守った時のような肉体強化と防御魔法の重ねがけは行っているのだが、エリナの形態が人型となった影響か、効果が薄い。

 連続して受ければ、10発と耐えられないだろう。



(増幅された周囲の魔力を受けた結果、ああなったのか。魔力を削る能力、魔法を受け付けない装甲、普通に考えれば勝てんな。……しかし、あともう少しのはずだ)



 何か勝算があるのか、口の端から血を流しつつもアグレアスの目は諦めていない。

 そして、服に着いた汚れを払い、立ち上がる。

 同時、エリナが既に瓦礫の山となった交差点をかき分け、姿を表した。


 黒い泥に覆われた、3メートルを越そうかという巨体。

 獣のような雄叫びを上げる顔は、しかしくらい穴が空いているばかりで表情も何もない。

 だが、不思議とアグレアスにはエリナの顔が見えるような気がした。

 一度も見た事がないはずの怒り、あるいは憎しみの顔が。



「……まったく」

『■■■■■■■■■■■――――!!』

「魔王として、配下の期待に応えたくなるではないか……!」



 哄笑し、循環させておいた魔力を開放。

 怒涛の勢いで魔法を展開しだす。


 エリナの足を凍らせ、足止めをする……無意味。

 大量の光弾を生み出し、発射……効果なし。

 長大な両手剣を形成、勢いよく斬りつける……刃が消失。

 瓦礫を動かして包み込む、空間ごと固定する、酸素を奪う……ことごとく通じない。


 内部から魔法を叩き込めれば効果も望めるかもしれないが、それではエリナが死んでしまうかもしれなかった。

 いや、そもそもアレの攻撃を掻い潜りながらそんな器用な真似は不可能だ。

 どうにかして動きを止めなければならないが、魔法が通じないのならばそれも無理。



「うむ。やばいな、これ!」



 爽やかな笑みで言って、直後にお返しといわんばかりの拳が飛んでくる。

 勇者バルクラフトを除けば、ここまでどうしようもない敵は、アグレアスにとっては初めてだった。

 もはや観念するしかないだろう。


 ――――戦うのが、彼一人だけだったのなら。



『レオ!!』



 声を発したのは魔王の配下、アカネが乗る第二世代B-raid。


 空中より降り立った、赤いカラーリングのそれが手にした大口径の銃器を発射。

 すると、どうだろう。

 今まで緩慢と魔法を身体で受け続けてきた巨躯が、身を翻して弾丸を避けた。



「待っていたぞ、アカネ!」

『え、ええぇ!? ま、まあ、来てやったわよ!?』



 裏返った声で慌てるアカネだったが、実際アグレアスは彼女こそを待っていたのだ。

 先ほどの回避から見ても、恐らくエリナは砲弾を無効化出来ない。



『遅くなってごめんなさい。ここの防衛部隊と話をつけるのに時間が掛かって。もうじき、うちの増援が来て王国軍を叩くわ』

「いや、それは下がらせろ。艦も出さなくていい。市民の救出にだけ専念するのだ」

『どうしてよ?』

「解放した四天王の一人が王国の者達と戦っている。巻き込まれれば死ぬだろう。なにぶん、アレは興奮すると、ですのですのと止まらなくてな」

『またどうしてそんな、キャラが濃い……』

「いいからゆくぞ、今は貴様が便りだ! エリナを抑えつけろ!」

『え、ちょ、あれエリナなの!? 聞いてないわよ!?』



 アカネがわめいているが、聞こえない事とする。

 ちょうど残骸となったカフェテリアの前にいるエリナに突貫、彼女も黒い双腕を掲げて迎撃の構えを見せた。

 そこに、アカネの駆る第二世代が加速器を噴かし、接近。

 射撃を行い、左方向への回避を誘う。



『よく分かんないけど、とりあえず大人しくしなさい!』

『■■■■■■■■■■■ッ!?』



 ある程度、回避コースを予想していたのか。

 B-raidは手にした銃を捨て、左へ逃げた黒い巨体を抱きしめるようにして拘束した。

 巨体といっても、B-raidの方が大きい。

 その拘束は生半可な力では解けないだろう。


 これで、エリナの動きは封じられた。



『今よ! なんかするなら、早く!』

「礼を言う……!」



 ギチギチと悲鳴を上げるB-raidの身体を駆け上り、アグレアスはエリナの元へ。



(エリナの精神に侵入出来れば、自我を取り戻させる事も出来るはず……!)



 彼女を覆う黒い泥に手を突き刺し、そして……。

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