表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/83

3-20



 刻一刻こくいっこくと崩壊が進む、市街地。

 黒煙が上がる度に市民が犠牲となり、王国軍兵士が闊歩している。

 もはや、壊滅は時間の問題と言えるだろう。


 そんな中で、キャスケット帽を被った少女、クーデリカが逃げ回っていた。

 意識を無くしたイリスを小さな背中に背負い、その表情は必死だ。



(……何だ、アレは!? あんな魔獣、ルキエから聞いた事もない……!)



 ビルからビルへと飛び移り、そのまま空を駆ける。

 先程までは市民の救助活動を行っていたが、もはやそんな余裕はない。


 彼女の後方から、得体の知れない怪物が迫っていたからだ。



『■■■■■■■■■■■ッ!!!!』



 耳をつんざくような咆哮。

 ソレは、障害となる建造物を体から生やした無数の触手で粉砕し、中央に巨大なあぎとを据え、並んだ十の脚で進撃する。


 ともすればムカデのようにも見えるソレは、何も初めからこうだったのではない。

 最初は確かに、エリナと呼ばれた少女の姿だったはずなのだ。



(……イリスが目を覚まさないっ、これもあいつの仕業なのか?)



 黒い泥。

 怪物を構成している材質は、そう表現するしか無い。

 増殖を続け、不気味な胎動を繰り返す泥だ。


 先程、エリナはイリスを攻撃した。

 そしてすぐに、あの泥が彼女の身体から湧き出て、全てを呑み込んだのだ。

 彼女を取り込むように、あるいは守るように。



「ええいっ!」



 クーデリカは気合を入れ、拳を振りぬいて魔力の塊を撃ち放つ。

 光弾は弧を描き、怪物の胴体へ吸い込まれた。

 だが、



『■■■■■■■■■■■……ッ!!!!』



(……くっ、駄目か!)



 目標へ着弾する直前、光弾は掻き消すようにして消えてしまった。

 あの泥が厚い装甲のようにエリナを守り続けている。



「魔力を弾く……いや、削っているのか。これじゃ、埒が明かないっ!」



 悔しそうに歯噛みをするクーデリカ。

 攻撃が効かないどころか、あの泥は魔力による感知も出来ない。

 故にこそ、イリスが容易く倒されてしまったのだろう。


 仲間が倒れる。

 その事実に、ふと昔の事を思い出した。


 勇者に希望を抱いた義勇兵として、戦場を駆けた在りし日の記憶。

 魔獣によって1人が倒れ、また1人倒れ、結果として多くを失った時の事だ。

 あの日と同じ事を繰り返すというのか。



(違う、今のボクはもう、ただの弱者じゃないっ!)



 しかし、現実にはこうして逃げ回っている。

 市民も助けられず、ティナという友人も救えない。

 自分は、勇者になるのでは無かったのか?



「────なら、その荷物を捨てちゃえばいいのさ」



 声がした。

 悪魔のような、声が。



「っ!? ルキエか!?」

「そう、その通りさ」



 どのような魔法か。

 突然、空を駆けていたクーデリカの傍に、薄ら笑いを浮かべた賢者が現れる。


 しかし、彼女が真に驚いたのはそこではない。

 彼が語りかけた言葉が、あまりにも受け入れ難いものだったからだ。


 提案自体が、魅力的であったが故に。



「……馬鹿な、彼女は友人だ」

「しかし、敵だ」

「今は違うっ! 違うんだ、ルキエ!」

「クーデリカ。ソレは魔王の仲間だ。かつて君の仲間を殺し、きっと未来も殺す者。ソレを君は、市民や友人よりも優先するのかい?」

「でも……でもルキエ、きっとイリスは……」



 クーデリカの知る限り。

 ルキエは、いつだって正しかった。


 戦場で死にかけていたクーデリカを助け、勇者の道を築いてくれたのが彼だ。

 不安定なこの身体を改造し、勇者の肉体の一部を与え、人格を繋いで生き抜く術を示してくれた。


 何回記憶を失っても、人格がどれだけ喪われても、彼とクーデリカが共に歩いた一万年は確かである。


 言うなれば、彼はクーデリカにとっての父親だったのだ。



(……分からない、ボクには分からないよ)



「っ! しまっ!?」



 怪物の猛攻を受け、着地しようとした足場のビルが崩れる。

 クーデリカは慌てて体勢を立て直そうとするが、強い衝撃が身体を襲った。


 怪物の触手。

 背負ったイリスが視界を塞ぎ、背後からの攻撃を察知出来なかったのだ。

 クーデリカはバラバラになりそうな打撃を浴びて吹き飛び、華奢な身体が宙へと飛ぶ。


 そして、地上へとボールのように落ちていった。

 地上15階ほどからの落下。

 勢いよく地面に叩きつけられた彼女は、しかしイリスから手を離してはいない。


 彼女を魔法で包むことにより、衝撃から守ったのだ。



「……あ、ぅ……っ」



 代わりに、クーデリカの身体はところどころが奇妙にねじ曲がっていた。

 折れた肋骨が内臓を突き破り、血がとめどなく溢れてくる。

 これらは落下よりむしろ、打撃を受けた時によるものが大きい。


 彼女が落ちたのは、広い交差点。

 かつてはそれなりに人で賑わっていたのだろうが、今はもう死体が寝ているだけだ。


 銃で頭部を撃ち抜かれ、ロボットで何もかもを踏み潰され、老いも若いも区別なく殺されている。

 身体は大半が生身ではなく、義体化されたものだったが、死んだ時の苦悶の表情が機械である事を忘れさせた。


 たすけてくれ、と。

 誰も彼もが、そう言っている。


 これが、自分の守りきれなかったものだ。



(……ああ、どうすれば、わたしは勇者に……)



 倒れたクーデリカの視線の先には、意識を失ったイリス。

 そして、轟音を立ててビルを蹴散らし、こちらへ向かってくる異形の怪物の姿。

 その身体は大きく膨れ上がり、新しく鍵爪の生えた細い腕を数本用意していた。

 恐らくあれで、クーデリカ達を引き裂くつもりなのだろう。


 このままでは、二人とも死ぬ。

 だが、イリスを……魔王の部下をこの場に置いて犠牲にすれば、多くの人を避難させる事が出来る。

 それはとても簡単な事のように思えた。



「いいかい、クーデリカ?」



 ルキエが、優しく諭すように言う。


 怪物が迫る。

 あと数秒で辿り着く。



「勇者とは、魔王を倒す者のことを言う」

「…………うん、そうだね」



 足に力を込め、立ち上がる。


 そしてそっと、魔王の手下から手を離す。


 ああ、これでやっと自分は勇者に、



「─────違うわ、たわけ」



 言葉は、怒りと共に放たれた。



「勇者が、魔王を倒す者? まるで違うわ、話にならん」

「……なん、で」



 クーデリカの目の前で、怪物の侵攻が止まっていた。

 いや、正確には止めさせられていた。

 ただ一人の男の、腕一本によって。



「この俺が、愚かな貴様らに教えてやる。いいか? 勇者とは、勇者とはなぁ! ただひたすら、助けたい奴を助け続けた馬鹿者おひとよしの事だっ!」



 その背中を覚えている。

 誰よりも前に立ち、倒れた者を助け、全ての希望であり続けた背中。


 いつか、自分がそうなりたいと願ったはずの。

 どうしたらなれるだとか、こ難しい理屈はいらなかったはずの……遠い光景が、目前で広がっていた。



(……なんで、こいつが、勇者と重なってみえるんだ)



「……魔王、アグレアスッ!!」

「魔王様と呼べ、馬鹿者」



 一万年間想い続けた存在は、今、目の前にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ