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3-19

 ◇


『うわぁぁ!! なんなんだ、貴様らは!?』

「はァッ!」


 叫びと共にクーデリカの魔力を帯びた拳がB-Raidに叩きこまれ、全長七メートルもの巨体が吹き飛んだ。

 あまりの勢いに、コクピット部分の頑丈な装甲が潰れてしまっている。

 そして、彼女の傍らではイリスが人間の姿のまま、雷撃魔法で兵士達を翻弄していた。


 たった二人にしては、その殲滅速度は驚異的なものだ。

 だが、足りない。


 ……くそ、もっと急がなくては!


 クーデリカは焦っていた。

 幾ら王国軍を倒しても、市民の悲鳴は止まない。


 度重なる砲火によって、瓦礫の下敷きになった人々が多いからだ。


「……クゥ、ティナはどうするの?」

「分かってるよ、イリス……! だけど、ここを放置するわけにもいかない!」

「……そう。じゃあ、わたしはさきにいくね」

「非情か、キミは!? 市民を助けるのが勇者というものだろう!」

「……わたし、ゆうしゃのてき。わすれた?」


 半目で呆れられたが、実際その通り。

 彼女は魔王の配下で、勇者の敵だ。

 如何に友人としての関係を築いたところで、根本は変わらない。


 ならばこそ、今は二手に別れた方が得策だ。


「よし、仕方がないがここは一旦、別れることに……ん、アレは……?」


 一気に地面から跳躍し、B-Raidを一体蹴り飛ばしたところで、クーデリカはあるものを見つけた。

 倒壊したビルの近くにうずくまる、花のような白い服を着た銀髪の少女。


「あ、……う」


 逃げ遅れたのだろうか?

 それにしては服が綺麗すぎる気もするが。


 少女は眼前の戦火にショックでも受けたのか、肩を落として目を伏せている。


「……エリナ? なんでここに?」


 不思議そうな声を出したイリスが、少女に近寄った。

 その様子からして、戦闘要員ではないのだろう。


「知り合いかい、イリス?」

「うん。あれはエリナ。アグレアスのみか――――」


 不意に、声が途絶えた。

 かと思えば、いきなり音を立てて地面に叩きつけられている。


 攻撃だ。

 イリスの腹から流れ出る、おびただしい量の血液がその証拠。


 そしてそれを行ったのは、


『■■■■■■■■■■■―――――!!!!』


 人ならざる声を上げて腕から血を垂らす、エリナと呼ばれた少女に他ならない。





 同時刻、マルティナ・マルキーニ……ティナは冷たい床の上に降り立った。


 一切の光が失せた、暗闇の空間。

 先程起こったエレベータの爆発も含めて、彼女をこの場所に辿り着かせないようにする細工だ。


 しかし、ティナがその細い足を進める度に照明が点灯していく。

 あたかも、彼女の到来を待ちわびていたかのように。


「―――お待ちしていました、マルティナ様」

「……ソーニャさん」


 ソーニャ=グレーフェンベルグ。

 大規模な事故を起こしたアルトヒンメルの生活を建て直し、現在のマルティナの保護者でもある人物だ。

 それが今、最深部へと続くゲートの前に立ち塞がっている。


 頭部をいつもの機械で覆い隠してはいるものの、その表情は落ち着いたものに見えた。

 少なくとも、今はまだ敵を前にした様子ではない。


「随分と、長い外出でしたね。マネージャーの方も困っていましたよ」

「……ごめんなさい、でも……ティナは、ティナは……ソーニャさんに聞かなきゃならない事があるの」

「ええ。わたくしも、貴方にお聞きしたい事があります」


 目を瞑れば、出会った日を昨日のことのように思い出せるだろう。


 母を探す為に無けなしの金でアルトヒンメルまで渡来し、途方に暮れていたティナ。

 そんな彼女に救いの手を差し伸べ、アイドルとしての道を用意してくれたのがソーニャだ。


 差し伸べられた手が機械だったにも関わらず、そこに温かさを感じたのは、ティナの気のせいではなかったはずだ。


 オーディションで成功する度に、親のように喜んでくれた。

 アイドルとして売れてからも全力で支えてくれた。

 その事をはっきりと覚えている。


 ならばこそ、ティナは問いたかった。


「そこに、お母さんはいるの!? ティナを助けてくれたのは、お母さんみたいに電池にする為!?」

「……それを今、確かめねばなりません」


 ソーニャの言葉と共に、投影板ホロ・フレームが二つ、大きく表示される。

 片方はティナの、恐らく髪の毛から入手したであろうDNAデータ。

 そしてもう片方は……。


「お母さん、なの?」


 顔写真ではない。

 水槽に沈む女性の肉体の映像でもない。

 そこに映されたのは、ピンク色の肉塊……脳だけだ。


 そして、ソーニャが操作する事によって、投影板は一つの結果を示した。


「ええ、どうやら貴方の母君という事で間違いはないようです」

「そんな……そんなのって……」


 思わず、という風にティナは膝をつく。

 そして彼女の頬を、温かい涙が伝った。


「前任者が機密保持の為に、セクターの個人情報を抹消していた事が仇になりました。悔やむべき事です。あの時の私も、自棄になっていたのでしょう。よもや、大規模な捜索の結果が失敗に終わったからと言って、新しく入ってきた外部の少女が候補のはずは無い、と」

「……もう……顔も見れないなんてっ!」

「どうやらアグレアス様は事を成し遂げたようですが、アルトヒンメルが飛び続けられるというならばそのチャンスを掴み取るまで。それが私の、この身を機械とした者のやるべき事」


 泣き崩れるティナと、佇立したまま不動のソーニャ。

 しばらくそのままの状態が続くかと思われたが、先に戦闘態勢を取ったのはソーニャだった。


「では、貴方を拘束し、アルトヒンメルの未来に繋げ────ガッ!?」


 始まったのが唐突ならば、終わりもまた唐突だ。

 ティナへ向けて駆け出すかと思われたソーニャの身体が停止し、そのままゆっくりと倒れ込む。

 その背後にいたのは、ノイズが混じったティナの虚像である。


 電子の魔女。

 かつて雷を自在に操ったとされる血族の、成れの果てがこの能力だ。

 自らの虚像を生み出し、機械とされるもの全てを掌握する最新の魔女。


 直接触れさえすれば、如何に精巧な義体と言えど動作停止を起こさせるのは容易─────、


「やはり、そういう能力でしたか」


 言葉より速く、砲弾が届いた。

 ソーニャの声から発射されたソレは、横たわったソーニャへと届く。

 即ち、天井から床へ。


「っ!?」


 粉砕された義体は爆発し、辺り一面へ破壊を与える。

 結果として、ティナの虚像は消え失せていた。


「なるほど、突然の衝撃には耐えられない……投影するべき空間を絶えず演算している為、不意討ちには弱いと言ったところでしょうか?」


 そして、多種多様な武器を抱えたソーニャ達が、次々と天井から降りてくる。

 電磁式の刀を、浮遊する砲台を、戦車砲サイズの機関銃を。

 それらの後からも、上階から穴を開けた一団がやってきていた。


 大量の義体の並列使用。


 これこそが、ソーニャ=グレーフェンブルグの真の姿。

 人としての矜持も、美徳も、在り方も捨てた機械としての生き方だ。


「私は、歯車」「人間ではない。故に」「アルトヒンメルの為に、回り続けるのみ」


 群体となった機械が、牙を剥いた。

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