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3-17

 九つの頭を持つ、巨大な蛇、イシュドラ。

 それだけ聞くと、容易く倒せる相手に思えるかもしれない。

 いや、事実としてアグレアスは今もイシュドラを炎で全てを塵に変えたところだ。


「……くそ、いよいよ面倒になってきたな」


 眉間に皺を寄せ、言葉を吐き捨てたアグレアス。

 その眼前では、塵が寄り集まって大蛇を形成している。

 そう、焼いても裂いても潰しても、このイシュドラとかいう魔物はすぐに再生してしまうのだ。

 すでに数時間程が経過しても尚、勝敗は決まっていない。


(……再生魔法によるものでは、ないな。恐らくは生来のもの、しぶとく生きるのに特化した魔物という事か)


 もはや、普通の魔法では打開する術は無い。

 交戦している内にジリ貧で死ぬのが関の山というやつだろう。


「だが、魔王という奴は生憎と普通では無いからな!」


 と、言うが早いがアグレアスはイシュドラから背を向けて空を駆け出した。

 逃げたのではない。

 少し前まで、大型の蛆虫がひしめいていた洞窟に突入する。

 彼が目指すのは、


「シャロンの封印された石像ッ!」


 この時、アグレアスは気付いていなかった。

 遠くの空、既に朝日が昇り、アルトヒンメルの住人が大蛇の存在を目撃しつつあった事。

 そしてそれを、一つの艦隊が消し飛ばそうと動き出した事を。





「フレーム内部への侵入者、止まりません! このままでは、あと数十分で制御区画へと侵入されます!」

「どうなっている!? 歩兵戦力は投入したのだろう!?」

「歩兵は全て無力化! B-Raid部隊も効果無し! どれだけ隔壁を降ろしても時間稼ぎが精一杯ですッ!」

「だから、原因は!?」

「不明ですッ!!」


 怒号が飛び交う、アルトヒンメル管理室。

 百数人もの人間が必死になって阻止しようとしているのは、たった一人の侵入者であった。

 無論、これはティナの電子制御魔法によるものだが、管理スタッフの中でそれを知るものはいない。


 むしろ、この数時間で地下百五十階層から先の制御区画に侵入されていないのを褒めるべきだろう。

 だが、彼女にはそんな余裕は無い。

 アルトヒンメル市長、ソーニャ・グレーフェンベルグには。


「侵入者の現在位置は?」

「はい、現在は防衛システムを停止させつつ、最下層専用エレベータを使って百五十一階層を突破中!」

「……では、エレベータシャフトを物理的に破壊しなさい」

「!? 本気ですか、市長!?」


 本当の機械のように冷酷な瞳で、ソーニャは現場責任者の男を見据える。

 とはいえ、頭部を機械で覆っている為に、男には視覚素子の光しか確認出来なかったが。


「アルトヒンメル最下層……地下百七十七階、その最深部『記憶の泉』には何人足りとも通してはなりません」

「しかしっ、そんな事をしたら、地上にも影響がッ!」

「都市が墜落するよりはマシです。今こうしている時も、アグレアス様が地上の汚染を解決しようとしているのですから。侵入者を早急に排除して下さい」

「そんな……急に言われても用意がありません! 」


 急ぎ過ぎている。

 ソーニャも、頭の中ではそれを理解してはいた。

 だが、侵入者を映すそれとは別のモニターに映るモノを見ては焦りを抑えられなかった。


(……あの蛇の化物。あんなものが実在するという事は、アグレアス様の発言にも納得出来るというもの)


 そう。

 あの9つの頭を持つよく分からぬ巨大生物。

 あれが現れて、侵入者と併せて問題が二つに増えた。

 アグレアスと思わしき人影が何やら交戦しているようで、そちらは彼に任せるしか無いのだが。


(……あれの実在を、果たして王国は認知していたのでしょうか? していたとするならば、彼らも動きを見せるはず)


 そして、その王国の動きというものに備えなければならない。

 しかし、今は侵入者に対応する方が先決である。


「分かりました。では、市長である私が直接事態の解決を図ります。B-Raid部隊の増員を向かわせなさい」

「市長ご自身が!? しかし、どうやって? 地下百階のここからでは、どうやっても間に合いません」

「ご心配無く。――――既に、地下百七十七階には私がいます」

「それは、どういう?」


 意味ありげに微笑み、ソーニャはモニターに映る侵入状況を見る。

 侵入者を直接映した映像は無い。

 大抵の監視カメラが無力化されてしまっている為だ。


(……先代、先々代の市長が遺してきたアルトヒンメルを、ここで終わらせて良いはずがない) 


 機械の身体を抱きしめ、思いを馳せる。

 冷たく、堅い、金属の肌。

 その感触を初めて味わった時、彼女は自分が地獄に落ちたと思った。


 体温なんて無く、肉の柔らかさは失せている。

 これが自分の身体だなんて信じられるはずが無い。


 ……まるで、本当の機械になってしまって、自分が人間ではなくなってしまったような。


 しかし、それでも。

 自分が必要とされるなら、機械でもいいと。

 市長に就任した時、そう思えたのだ。

 ならば最早、アルトヒンメルを守る為にはどんな非道に手を染める事も厭わない。


 彼女が決意を新たにした時、一人の女性職員が血相を変えてソーニャの元に駆けつけてきた。

 表情から察するに、只事ではない。


「市長! ティナちゃんのマネージャーさんから連絡です!」

「後にして下さい。流石に今は対処出来ません」

「で、ですが! なんか、ホテルにかれこれ何時間も戻っていないらしくて……しかも、GPS機能使っても現在地が何故か表示されないらしくいんですぅ!」


 女性職員は困り顔でソーニャに泣きつく。

 歳はまだ、スクールを卒業したばかりの新人。

 経験も浅く、侵入者やら謎の怪物だのと混迷する事態についていけず、混乱しているのだろう。


「落ち着きなさい。GPSの故障なら、監視カメラの映像を確認すればよいでしょう」

「それもやったんです! でも、アルトヒンメルのどこにもいないんですよぉ!」

「……なんですって?」


 それはおかしい。

 それは変だ。


 いかに管理室の処理能力を侵入者撃退に割り振っていようと、監視カメラの運営に支障は……。


「……いや、出ている」

「え?」

「急ぎ、監視カメラの履歴を検索ッ! マルティナ・マルキーニが最後に確認された地点を探して下さい!」

「は、はいッ!」


(……まさか、そんな事が……?)


 機械と割り切ったはずの彼女の心に今、一抹の不安が芽生えていた。

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