表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/83

3-15

 月下、イリスとルキエは対峙する。

 イリスはいつも眠そうに垂らしている目元を上げ、かつて無いほどに緊張させていた。

 だが、あるいは殺気とも呼べるものを身に纏わせる彼女に対し、ルキエは自然体だ。

 余裕、というよりれているようでもある。


「……なぜ、おまえがここにいる?」

「ははは、まあ、それを聞くだろうね。君にとって私は、千年前に生きていた天敵なんだから。どうだい、アグレアスは元気かな?」

「なぜ、ここにいる?」

「おいおい。雑談も出来ないのかい、躾けのなってないペットだなぁ」


(……なにこれ、どうなってるの?)


 飄々とイリスをからかうルキエ。

 彼らの様子を見て、ティナは困惑を隠せない。

 どう見ても、ただならぬ関係であるからだ。


「イリスちゃん? この人は一体?」

「ボクが説明しよう。この人はルキエ。ボクの親のようなモノだ」

「そうなの、クゥちゃん?」


 相変わらず脳天気そうな顔で胸を張っているクーデリカに対し、ティナは問う。

 だが、それに答えたのはルキエだった。

 彼にしては珍しく、不快そうに顔を歪めて。


「親か……まあ、そういえなくもない。これを作ったのは私だからねぇ」

「つ、作った……?」


(……クゥちゃんのお父さ、ん? なんだかちょっと、普通とは違う気が)


 常識外れな言動に、ティナは狼狽する。

 元より、ルキエは常識には囚われない存在であるのだが、彼女には知る由もない。


 と、その時。

 唐突に動くものがあった。


 イリスだ。

 腕を前に伸ばし、電撃を身体に迸らせた彼女がルキエに向かって突貫したのだ。

 常人では、受ける事すら不可能な一撃。

 ルキエの心臓を狙ったそれは、寸分違わず目標を貫いた。


「そうやって、よそ見をするからころされ―――」

「―――殺されないよ、勿論ね」

「っ!? く、あぁッ!?」


 攻撃が一瞬ならば、驚愕も一瞬。

 イリスの貫手を受けたと思われたルキエが、彼女の細い首に手を掛けて高々と持ちあげる。


「イリスちゃん!?」

「ティ、ティナ、彼に近付くのはマズい……」


 不可能な事だ。

 心臓を貫かれ、電撃を流された人間が生きている道理はない。

 しかし、現実の光景として、柔らかい肌にルキエの手が食い込み、イリスは苦しげに呻いている。

 酸素供給が滞っているのか、彼女の口の橋から涎が一筋こぼれた。


「私の肉体は今、ここにはいないからね。触覚を残しているから痛みこそあるけれど、基本無敵なんだ」


 その言葉通り、彼の胸にはデカい大穴が開いているものの、血は一滴も垂れていない。

 上から下まで磨り潰していけば、あるいはダメージを与えられるかもしれないが、根本として常理を覆した存在なようだ。


「ルキエ、待ってくれ! 狙いはアグレアスのはずだ、彼女は関係ない!」


 吊り下げられたイリスを見て、クーデリカが叫ぶ。


「……ふむ。君は確か、十だったか十一番目か。どうなんだい? 友達になったなら、この魔獣を助けてみるかい? 彼女はアグレアスの仲間だが」

「ッ!? そうなのか!?」

「気付いてなかったとは。やれやれ、少し反省していなさい」


 ルキエがそれだけ言うと、クーデリカの姿が消える。

 同時、イリスの姿も彼の手にはいない。

 掴んでいたイリスをクーデリカに向かって投げ、受け止めた彼女が吹き飛ばされたのだ。

 後方、帰る途中だった一般人もそれに巻き込まれたのか、幾人かの悲鳴が上がる。


(……なに、何なのこれ……?)


 突然の事態に狼狽えるティナ。

 そんな彼女を見て、ルキエは先程とは対照的に優しい表情を作る。 

 まったく安心出来ない、柔和な表情を。


「やあ、ティナ・マルキーニ。今日私は、君の為にここに来たと言っても過言ではない」

「ティナの……?」

「正確には、君のお母さんの事かもしれないねぇ。―――そう、十年前からアルトヒンメルを動かす電池となっている、彼女の事だ」


 彼は笑って、言葉を吐いた。

 ティナを惑わす、その一言を。


「……っ!? 今、なんて言ったんですか!?」

「簡単な話。君が自分の母親を見た最後の日、アルトヒンメルは初めて都市を浮かべる電池、人の命の交換を行ったんだ。その時に事故とか色々起こったみたいだけど、まあそんなこんなで今に至るわけだよ」

「……わけが、わかりません。この都市が人の命で動いているとして、なんでティナのお母さんなんですか!?」

「だって、君は魔女だろう?」

「っ、な、何でそれを……?」

「君の家系のようなタイプは珍しく、魔力の感知もされにくいが、この私なら容易い。容易く、君と君の母親が電子に特化した魔女だと分かるんだ」

「それは、それがどうして……!」


 ティナは動揺していた。

 自身の正体を言い当てられただけでなく、母の居場所をも仄めかされたのだ。

 何が正しく、何が間違っているかの判断が混濁していく。

 意識が明滅し、立っているかどうかの認識すら怪しくなる。


「お母さんが、アルトヒンメルの人に連れ去られた? ソーニャさん達が、それをやったの……?」

「さあ、信じなくとも結構。だが、母親の安否くらいは確認してみてはどうかな?」

「…………お母さんは、今、どこに?」

「アルトヒンメル最下層、その最深部―――『記憶の泉』」

「っ!!」


 礼を言う余裕もなく、ティナは夜の街を駆けた。

 それを見届け、ルキエは消える。


「……くっ、まて」

「ボクは……」


 後に残されたのは、不甲斐なく崩れ落ちるイリスとクーデリカ。

 この世でたった二人だけの、友達のみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ