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3-14

「えへへ、いい映画だったよね」

「ああ、主人公が己の力を力を使いこなし、金色の騎士になる姿は圧巻だった。ボクもああなりたい」

「……あれに、なる……?」


 乱痴気騒ぎから数時間後、夜の闇が訪れた頃の事。

 映画を見終えたイリス達は、遊園地らしきテーマパークに来ていた。

 人気ひとけの無い商業区とはいえ、そうした場ともなれば流石に子供連れの親子等が増える。

 それに伴って治安もぐっと上がっているだろう。


 ヒンメルランドという安直なネーミングの看板が並ぶ中、彼女達は観覧車に乗り込む。

 ただでさえ空中に浮かぶ都市という標高の高い空間だというのに、このような施設に乗るのだ。

 普通の子供であれば怯えて無くところだったが、生憎と彼女達は普通ではない。

 他愛もない話題で盛り上がりながら、上昇するゴンドラを楽しんでいた。


「でも、ティナは最後、ちょっと悲しかったな。結局、あの星はどんどん砂漠になっていくなんて」

「そういうものさ。ボクはハッピーエンドなんて信用しないからね」

「……そうね、イリスもそうおもう」


 ティナが寂しげに笑うが、クーデリカはやや辛辣だ。

 彼女達を眺めるイリスも、どちらかというとクーデリカの意見に賛成だ。

 見てきた光景に、完全な幸福は無かった。

 獣となった彼女が握った拳を振り下ろせば、それだけ敵は死に、味方は生きる。

 その事に疑問はなく、そもそもアグレアス以外の命に貴賎は無いのだ。


「……それでも私は、幸せな最後がいいな」


 そう語るティナの瞳には、深い憂いが込められている。

 幼い彼女に、一体何があったというのだろうか。

 やや重い空気となってしまったゴンドラの中、話題を変えようとイリスは口を開けた。


「そういえば、きになっていたことがある」

「ん? どうしたの、イリスちゃん?」

「このまちの人間のおおくは、みんなきかい。どうして?」


 きかい。

 機械というのはつまり、全身に義体化手術を施しているという事だ。


「うん、それはね。昔に事故があったせいなの」

「じこ?」

「そう。十年前、地上の汚染物質がアルトヒンメルまで漏れ出した事があったらしくて、その時にみんな身体を機械にしたんだって」

「きかい……」

「悲しいよね、自分の身体が無くなるだなんて」


 イリスには、よく分からない感覚。

 肉体を変えたとして、それがどんな悲しみ生むというのだろう。

 器に過ぎない肉体が、それほど重要なものなのか。

 アグレアスの為、人の身に姿を変え、それがどういう意味かをイリスは知らない。


「身体の喪失……ボクには親しみのある感覚だな。身体も精神も、所詮はモノに過ぎない」

「クゥちゃんはけっこう、ドライなんだね」

「そうなのか? うーん、まあそうかもな。ボクはただ、英雄になりたくて生きていただけだし」

「英雄? ……っ、イリスちゃん、クゥちゃん、外凄いよ!」


 クーデリカの不思議な言説に首を傾げたティナはゴンドラの窓の外を見て、声を上げた。

 眼下には色とりどりに瞬く都市の夜。

 雑多な光の群れではあったが、赤、緑、青等と色彩豊かに揺れるそれらは少女対の目を奪うには十分なものだ。

 それらは恐らく大半が生活の光ではなく、工業施設がもたらす光なのだろう。


「……きれい」

「ボクは……、いや、確かに。人間は時々、こうした光景を生み出すと報告にもあった。これが努力の結晶なのだろう」


 三者三様の喜びを見せる。

 三人とも、景色を楽しむ余裕の無い人生だったのだ。

 せめて友達を得た今くらいは、そう思ってもバチは当たらないはず。

 それが幻想の関係だと知りながらも、思わずにはいられなかった。


 やがてゴンドラの回転は終わり、地上へと彼女達は降り立つ。


「楽しかったねー!」

「まあ、悪くは無かったかな」

「クーデリカはもっと、すなおになるべき」


 三人はじゃれつきながらもテーマパークの出口を目指す。

 いつまでも、この場所にはいられない。

 そもそも当初の目的である、クーデリカのちと親の発見は未だ果たされていないのだから。


「うーん、でもどこを見つければいいんだろうね?」

「そうだな……あの人は気ままで散歩が好きで性根が腐っているから、このボクでも見つけるのはかなり難しい」

「そもそも、どういうひとなのかよくわからな―――――っ!?」


 性根が腐っているのは見つからない事と関係は無かったが、クーデリカの表情からしてあまり好意を抱きづらい人間なのだろうか。

 出口前のメインストリート、明かりが並ぶ広い道に差し掛かった辺りで、イリスは唐突に足を止めた。

 途上に、いるはずが無い人間が立っていたからだ。


「おまえは……」

「やあ、リンドヴルム。久しぶりだね、また封印してあげようか?」


 白髪に黒いローブ、そして特徴的な愉快そうな笑み。

 かつてイリスを封印した者達の一人、賢者ルキエである。





 同じ頃、アグレアスはアルトヒンメル下部に備え付けられた港に来ていた。

 連れは存在せず、たった独りで、だ。


「結局、イリスは戻らなかったが……まあ、大丈夫か」


 エリナをホテルまで運んだ後、彼は単身、地上に降りる為に港へ来た。

 依然、意識が戻らなかった彼女の容態は気に掛かるが、アカネに任せておけばとりあえず心配はいるまい。

 何より地上の問題を解決せねばならないのだ。


 ここは朝に来た港とは違い、ソーニャに紹介された個人用の設備である。

 ドックという方が正しいだろう。

 そしてそこにあるべき船はなく、侵入用のハッチがあるのみ。

 アグレアスが係員に教えられた通り、壁に備え付けられたボタンを押すと、ハッチが音を立てて開いた。

 あっという間に風が吹き荒れ、彼の金髪を乱す。

 眼下には、明かりの一切存在しない大地。


「やはり、反応はあるな。……ふむ、さっぱり見えんがあの辺りか」


 反応というのは、四天王の魔力の事だ。

 イリスに与えていた自身の欠片を取り戻した事で、魔力の総量に加えて探知機能が増幅されている。

 その彼の見えざる触覚が欠片と配下の魔力を捉えた。


「……この感じ、シャロンか。またトンチキな輩が増える事になるが、腕っ節に期待するとしよう」


 それだけ言って、開かれたハッチから身を投げる。

 投身自殺のような所業だが、魔王にとっては些末事。

 イリスに身に何が起こっているのかも知らず、彼は夜の闇に溶けて消えた。

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