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3-13

「えーっとね、クーデリカ……クゥちゃんはどこから来たのかな?」

「それを言う事は出来ない。ボクはただ、魔王を倒す為に来たのだから」

「うーん、そっかー。魔王かぁ」


 イリス、ティナ、そしてクーデリカと名乗った青いキャスケットの少女は歓楽街を歩く。

 アルトヒンメルの歓楽街は妙な寂れ方をしている。

 飲食店や映画館等、レジャー施設が沢山揃ってはいるのだが、利用客がほとんど見受けられないのだ。

 腐った高級品とでも言おうか。

 持て余している感がアリアリであった。


「クゥちゃんは、お母さんやお父さんはいないの?」

「ん……まあ、父のような存在がいないわけでもない。だが、どこにいるかは分からないんだぞ!」

「そっかー。何で自信満々なのかは、ティナ分からないなぁ」


 困り顔のティナとは対照的に、クーデリカはふんぞり返る。

 年齢相応の慎ましい胸が、青を基調としたボーイッシュな服越しに強調された。

 もっとも、彼女の年齢を誰かが聞いたわけではないが。

 その顔立ちは間違いなく、幼い少女のものだ。


 彼女達の微笑ましいやり取りを見て、しかしイリスは眉根に刻んだ皺を深くした。


(なぜ、この子にはまりょくが……?)


 白く、裾の長い服を揺らして小首を傾げたが、答えは出ない。

 イリスの感覚器官は鋭敏だ。

 魔獣の中の最上位存在として、あらゆるものを見通す。

 そしてそれは、魔力等の常理ならざるものに関しても同様である。


 だが、その彼女の目をもってしてもクーデリカの正体は分からなかった。

 姿形は人間なれど、その身体を構成している物質が分からない。

 その奥に潜む力、魔力らしきものの大小すらも。


「ね、イリスちゃん、どうかなっ?」

「――――え?」

「だからね、二人で一緒にクゥちゃんのお父さんを探しに行こう?」

「それは……」


 それは、危険だ。

 そもそもかなりのスピードで店に突入してきたにも関わらず、傷ひとつ無い時点で、彼女は相当普通じゃない。

 だが、ここで否定してはティナが怪しみ、更にはクーデリカが何らかのアクションを起こすかもしれない。


(……それは、めんどう)


 別段、イリスとしてもクーデリカ一人を抑え込めなくなるとは思えないが、少なからず魔法を使ってしまうだろう。

 そうなれば、ティナの口封じをしなければならなくなる。

 それは避けたい。

 故に、ここは多少の危険を覚悟してティナの提案を受けるべきだ。


「わかった」

「本当!? やったー! よかったね、クゥちゃん!」

「ボクは、まあ別に構わないが……何故、そんな事を?」

「だって、クゥちゃんはもう友達でしょ?」

「……そっか。うん、まあ、それなら仕方ないかな……」


 不満そうな顔だが、口ぶりは満更でも無さそうである。

 見かけは怪しいが、そこまで悪い人間ではないのか。


「では早速だが、あの映画館とやらに探しに行こうか」

「えっ、でもクゥちゃん。お父さんを探しに行くなら、もっと違うところの方が……」

「いい、いこう」

「イリスちゃんまで!?」


 荒野が舞台らしき映画のポスターを見て、二人は顔を輝かせている。

 方向性が似ているのだろうか。

 あるいは単に映画という存在に興味を示しているだけか。

 二人に背中を押され、ひび割れた電光掲示板が象徴的な映画館へと足を踏み入れようとするティナ。

 しかし、そんな彼女達に声を掛ける者がいた。


「やあ、お嬢ちゃん達」

「じゅふふうふ」


 醜悪な顔面。

 だらしのない肉体。

 清潔感とは程遠い服装。

 人間の持つ負の側面を凝縮させたような人物が三人、彼女達の後ろに立っていたのだ。


 巡回している警備の人間でもいればすぐにすっとんできそうな光景ではあったが、生憎とここは人気ひとけの無い場所。

 少数存在する道行く人々もトラブルと関わりたくないのか、近づこうとはしない。


「ぼ、僕ら、家にいっぱいゲームがあるんだけど、一緒にやろうよ?」

「おいしいお菓子もあるよぅ?」

「じゅふへへふふ」


 少女を誘うセリフとしては、落第点どころの騒ぎではなかった。

 ティナは被った帽子の下、隠した顔を引き攣らせる。


「えーっと、そういうのはいいので……」

「えぇ!? い、いいじゃないか?」

「いえ、本当に……」


 ティナが拒否し、映画館の中へ身を引こうとすると、唐突に男達の一人が彼女の腕を掴んできた。


「いたっ、やめて下さい!」


 思っていたよりも強く力を込められたのか、生理的嫌悪感からか、ティナは強く抵抗する。

 そして彼女が男の手を振り払った瞬間、彼女の帽子が不意に飛ぶ。

 男の手が当たってしまったのか。


「あ、や、やだっ」


 たかが帽子が飛んだだけ。

 にも関わらず、ティナは大きく取り乱す。

 そして、それは男達も同じ事だった。


「…………てぃ、ティナちゃん!? トップアイドルのマルティナちゃんじゃないか!」

「す、すげぇ! 本物だ!」

「……へ、ふへぇ!?」


 三人の男達は異様な驚き方を見せる。

 対して、ティナはおろおろと怯え、冷静ではない。

 そんな中で、イリスはどうするべきか決めあぐねていた。

 果たして彼らの反応が、どういった類のものなのか理解出来ていなかったからだ。

 しかし、


「へ、へへへッ!! ティナちゃぁん!? 僕の家においでよぉ!?」


 今まで比較的大人しかった一人が、突如として叫声を上げてティナに迫る。

 目の前で芸能人に出会えてよほど嬉しかったのか。

 あるいは元から落ち着きの無い正確だったのだろう。

 彼の手がティナの髪に触れるか触れないかの距離に至った時、


「あまり、ボクの目の前で汚いものを見せてくれるなぁ!!」


 唐突に男の身体が飛んだ。

 比喩ではない。

 地上から一気に、ビル三階分の高さへと空高く舞い上がったのだ。

 空中でクルクルと竹トンボのように面白おかしく回転し、再び地上へと地面にキスする形で男は戻る。

 死んではいないようだが、無事でもあるまい。

 五体を投地させた犯罪者予備軍の前で、クーデリカは腕を組み、キリリとした顔で宣言した。


「彼女が何者かはよく分からないが、これ以上トンチキな事を抜かすならボクが許さない。……と、と、友達だからな……!」


 最後の一言だけはか細く聞き取りづらいものではあったが、男達を震え上がらせるには十分なものだったようだ。

 彼らは地面に倒れている仲間すら放置して、何処かへと一目散に走り去っていった。 

 後に残されたのは、少女達と倒れた男、そして遠巻きに眺めていた野次馬。

 そして無情に煌めくネオンの光だ。


「さあ、映画を見に行こう」

「えっ、この流れで!?」


 ティナは驚くが、イリスとしても異論はない。

 そんな事より、眼前で繰り広げられた光景の方が重要だ。

 クーデリカはティナを救った。

 見方はそれぞれあるだろうが、少なくともイリスの目にはそう映ったのである。


(……わるい人では、ない?)


 未だ疑念は残るとしても、ティナに期外を加える可能性は低そうだ。

 その事実に、イリスは一人、胸を撫で下ろす。

 そして、気付いた。

 人を傷付けなくて済む事に安心したのは、これが初めてであるという事に。

 人間という生物に、少なからず愛着を抱きつつある、と。


(……ばかばかしい)


「イリスちゃん? 行かないの?」

「ん、いまいく」


 心の声を否定し、イリスは彼女達に続く。

 その足取りが軽く、胸の音が高揚としたものになっている事には気付かないまま。

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