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3-12

 中央に噴水を備えた円形広場、その中で。

 人間は斯くも素晴らしき生き物か、と魔王アグレアスは思う。

 彼とエリナは、遅めの昼食を取った後であった。


「ふむ、なかなか美味な肉料理であったな……!」

「ビーフウェリントンですね、魔王様。……うーん、美味しかったんですが、ちょっと味付けが雑でしたね」


 黄色い装甲を纏った牛肉、そんな形容が思い浮かぶ料理等を食べ終わり、アグレアスらは繁華街に置かれた自然公園を歩く。


 広い公園だ。

 人はまばらで、ほとんど貸し切り状態。

 植えられた緑は全て、機械による全自動で管理されているようだった。


 元々、アルトヒンメルという場所には緑が発生し得ない。

 そこで他の都市から樹木を譲り受け、大切に管理しているのだろう。

 例え、そこに大きな予算が掛かろうとも。


(……しかし、貨幣技術も進歩したものだな。よもや情報で取り引きが可能とは)


 二人には金がない。

 元々予算を切り詰めなければならないテロ組織に身をやつしている上、金の使い方が分からないからだ。

 そこで先刻、お腹を空かしていた二人を不憫に思ってか、ソーニャが高級料理店に連絡を取って予約を入れてくれた。

 強引に捩じ込んだ、とも言うが。


「味が分かるのか、エリナよ?」

「えへん、分からないでも無いんですよ?」

「ほう、オーク共は味が分からん奴らばかりだったからな。どれ、ベヒーモスや剃刀虫と出会う事があれば奴らの肉を振舞ってやろう」

「遠慮しますね!」


 爽やかに笑うエリナ。

 だが、普段のそれ比べると、やや無理をしているようにも思える。

 その様子を見て、ふとアグレアスは聞いてみたくなった。


「エリナ、貴様はどう思う?」

「ここの事ですか?」

「そうだ、セクター技術やアルトヒンメルの在り方について」


 エリナの顔に陰が差す。

 ややは落ち始めていたが、理由はそれだけではないだろう。

 二人は立ち止まり、互いの顔を見つめる。

 その後ろで、静かに噴水が舞い上がった。


「……そうですね。やり方はどうあれ、必要な事なんだとは思います。それでも、私は……」

「犠牲が嫌か?」

「……はい。私は、犠牲って言葉が嫌いみたいです」


 存続の為に犠牲を容認する。

 アグレアスも、そういう体制に見覚えが無いわけではない。

 遥か昔、巨大魔導兵器の使用の為に国民数十名を毎日のように犠牲にしている国家があった。

 また、一人の少女の膨大な魔力を供給する事で成り立っていた国も。


(……懐かしい話だ)


 そして、そうした者共の成れの果てもまた、アグレアスは見てきている。

 ……というか、潰した張本人が彼だ。

 もっとも、彼がそこに立ち入った時、既に国家運営は崩壊同然だったわけだが。


「まあ、そういうところは大抵、長続きせん。段々と犠牲が増え、歯止めが効かなくなって失敗する」

「……そういうものなんですか?」

「そうだ。しかし、犠牲無くして平和は成り立たない」

「そんな……悪い人が死ぬのは耐えられます。でも、何の罪もない人が死ぬだなんて……!」

「そうだな、お前はそれを悲しむだろう。だからこそ、今回は俺が犠牲が出んように動いてやろうと言うのだ」


 魔王様っ……! とエリナは顔を輝かせる。

 陽を浴びた銀髪も、呼応するようにきらめく。

 それを見て、少し甘くしすぎたかと若干後悔したアグレアスだった。


「────あ?」


 だが、次の瞬間、不可解ものを見る。

 それは、エリナの大きく見開かれた目だ。

 何を見たのか、あるいは聞いたかは不明だが、とにかく異様な表情である。

 白昼で死体を見たとしても、こうはなるまい。                                 


「─────それが魔王の言う事か、アグレアス」


 声がした。

 それを認めたと同時、アグレアスは打撃を受ける。

 轟音と共に空気が震え、近くで餌をついばんでいた鳥達が一斉に飛び立つ。

 数少ない公園の利用者達も、何事かとこちらを見てきた。


「っ!? 何者だ!?」


 打撃によって空へ押し出されるが、空中で体勢を立て直し、アグレアスは無事に着地する。

 エリナも衝撃で、傍の生垣へ背中から突っ込んでしまったようだ。

 だが、表立った怪我はしていない。


「お前は知っているはずだ、魔王アグレアス! ボクの存在を!」


 声の主は少女だった。

 青いキャスケットを深く被った、小柄な体躯。

 敵対的な目を彼に向けてはいるが、年齢はかなり低いだろう。

 まず間違いなく成人してはいない。


「知るか、たわけ!」

「なっ……! たわけ!? ボクを知らないのか!? ……ええ、そんな、なんで……?」

「……何なのだ、お前は」


 急にカチ込んできては、テンションを浮き沈みさせる少女。

 魔王人生の中でも一、二を争う意味の分からなさにアグレアスはドン引きする。


(……ともあれ、こやつの力は何だ? ガキにしてはやけに高い、それも覚えのある魔力だが)


「くっ! いいから、ボクにやられてしまえ!」


 キャスケットの少女の中にあるのは、高純度の魔力だ。

 上手く使えば魔王に一太刀入れる程のものにもなろうが、使い方が雑過ぎてどうにもなっていない。

 少女の拳から放たれる衝撃波を、魔王はひょいひょいと交わしていく。

 まるで子供と親のじゃれ合いだ。


(……ふむ、なんだか楽しくなってきたが、エリナがに気になる。片付けるか)


 外傷の無いようだったエリナだが、先程からピクリとも動いていないのだ。 

 声を発しないまま、ずっと生垣に背中を預けたままである。

 意識を失っている様子で無いにも関わらず。


「失礼するぞ」


 攻撃の間隙を掻い潜り、魔王は地を蹴って少女に急接近した。

 そして、ぺたりと彼女の薄い胸に手を置き、


「ひゃあ!?」


 魔法を発動させる。

 生じた現象は、風。

 台風が如き烈風が少女の身体を覆い、一瞬の内に空の彼方まで吹き飛ばす。


「魔王貴様ぁぁああ! ボクはお前の─────!」


 叫びは途中で途切れ、姿もやがて見えなくなった。

 アルトヒンメルを出る事は有り得ないが、少なくともすぐには追ってこれない位置に着くだろう。

 最悪死ぬが、通常の人間でも無いようだし、魔力の内包量から見て恐らく死にはしない。

 今、考えるべき問題は……。


「エリナ!」


 名を叫び、駆け寄る。

 そこには、放心した様子で宙を眺めるエリナの姿。

 怪我は無いが、アグレアスの呼びかけに答える様子も無い。


(……何だ? さっきの、頭のおかしな奴の攻撃のせいか?)


 だが、直接受けたアグレアスが何ともない以上、その線は薄い。

 そうして悩んでいる内に、彼女が小さな声で言葉を紡いでいる事に気付く。


「…………なきゃ」

「どうした、エリナ?」


 爆弾じみた音のせいか、いつしか公園の利用客は彼ら以外誰も居なくなっていた。

 鳥の羽音も、虫の鳴き声も失せた世界。


 静寂が、辺りを包む。

 それを、彼女の声が断ち切った。


「─────殺さなきゃ」


 瞬間、どういうわけか、アグレアスは先ほどの魔力に対する既視感の原因を理解した。


(……あれは、バルクラフト……勇者のものだ)

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