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3-11


「……とても残念です」


 数十分前の事。

 アイドル契約をすげなく断ったアカネを前に、ソーニャは嘆息した。

 他の者はいない。

 ソーニャが部下を下がらせ、アカネもそれに応じた為に、会議室には彼女達二人だけなのだ。


「アイドル業界って、そんなに大変なんですか?」

「……というより、ここから盛り上げていきたいのです。折角最近になって、我が都市から大陸中の人気を集めるアイドルが生まれたのですから」

「あっ、なるほど。ええ、アタシもファンの一人ですよ?」


 アカネの言葉に嘘は無い。

 実際、端末の着信音を全て「彼女」の歌に設定している程だ。

 まだ幼いながらも、その歌唱力とビジュアルが放つアイドル性は多くの者が評価している。

 恐らく、この大陸では知らぬ者はいないのではないだろうか。


「ええ、───ティナ様には本当に感謝しております」

「マルティナちゃんは飛ぶ鳥を落とす勢いですからねー。アルトリアにも欲しいなぁ、ああいう子」


 マルティナ・マルキーニ。

 都市ぐるみでバックアップされているアイドルであると噂されていたが、どうやらそれは真実らしい。

 経済的にも政治的にも優位に出たいアルトヒンメルとしては、次なる一手を打ちたいのだろう。

 だとしても、アカネ達にはそれに付き合っている時間はない。


「……興味が無かったかと言ったら、それは嘘になるけど」

「? 何か仰いましたか?」

「こほんっ。いえいえ! それで、わざわざ二人っきりになったからには、何か重要な話があるんでしょう?」


 頬を赤くしたアカネの問い掛けに、ソーニャは面持ちを堅くした。


「はい。……実は、最近になって王国の監視が厳しくなっておりまして」

「……それはつまり、アタシ達がここに来た事も筒抜け、という事でしょうか?」

「そう考えて頂いて、間違いはないと思われます」


 なるほど、と呟くアカネの胸中は複雑だ。

 こちとら王国に反逆した身であり、なるべく目立たぬように来航してきた。

 しかし、それが知られていたのなら、あちらからのアクションが少なすぎる。

 わざと泳がされているかのような、そんな感覚すらした。


わたくしも、王国の動きが何やら面妖である事は感じております」

「関係あるんでしょうか、例の政変と」


 言いつつ、関係ない訳が無いとアカネは心中で笑う。

 何しろ、


「国王陛下が家臣の者に殺害されたのですから、それも公衆の面前で。付随して、王国内部で勢力図が激変した事は知られております」

「ま、ですよね。運営者兼大司教のマルコム・フォードのせいでクロス教の信用が失墜した今、王国を操る事が出来る人物。順当に勝ち進んでいれば、彼女なのでしょう?」

「はい。仰る通り、王位継承権第一位である王女殿下が、苛烈な粛清によって王宮の全てを掌握した様子。軍の上層部すらも、そうした動きに呑み込まれてしまったようです」


 神父コークス・パロットがリーダーを交代したクロス教。

 それも今や、パイロットである彼の娘が行方不明となった影響で瓦解寸前だ。

 もはや風前の灯と言えたが、そんな存在をも王女は利用し尽くそうとしているらしい。


「一部では、彼女の事を『血染姫』と呼ぶ者達も出てきました。……大変、残念な事です」

「……そう、ですか」


 記憶によれば。

 あくまでも、記憶によればであるが、数年前にアカネが接見した際に感じた彼女の印象は、決してそのような事が出来る器ではなかったのだが。

 聞けば聞くほど、国王殺害から続く彼女の動きはあまりにも容赦がなく、上手すぎる。


(……なにか、何かがおかしい)


 アカネは何故か、王国に例えようもない邪悪な気配が入り込んだような感覚を覚えた。





 少女は、自らの裸体を湯に沈めた。

 陶器のような、曇りの一点のない肌だ。

 それが、天井や壁の色を反射した黄金の湯船に包まれる。

 その身分からすると風呂自体は幾分小さめではあったが、軽々しく替えの効かない一級品だ。

 それもそのはず、彼女は王女であり、今やこの王国のトップなのだから。


「……っ」


 暖かな湯が足先から肩までがじわじわと暖まっていく感覚に、思わず吐息を漏らす。

 一般的な民家であれば居間程もある広い空間に、艶のある声が響いた。

 はしたない、そうも思うが、ここ最近のことを思えばそれくらいしたくもなる。

 それ一本一本が宝のようであると称えられる金色の髪は毛先が痛み、凛々しく強い意思を放つ目の下に至ってはくますらあった。


「ルキエ。……あの男は一体、何?」


 どのようなデータを探しても、戸籍どころか痕跡が見つからない。

 その結果は、一般的に知られるシステムを使うだけでなく、王女としての権限を用いて王宮奥深くの「Bシステム」を使用しても尚変わらないのだ。


「……手を切るべきでしょうか」


 苛烈な権力闘争は終息を迎えつつある。

 それもこれも、彼女がどうしようもない事態に陥った時に都合良く救いの手を差し伸べ、ことごとく好転せしめたあの白髪はくはつの男に依るところが大きい。

 まさしく魔法のように、敵対者の弱みを握り、屈服させ、従属させる。

 それも、ごく短い期間に。


 暗殺の危険はこれまで幾度かあったし、実際に銃撃された時もあった。

 そうした事も、これから起こる事はほとんど無いだろう。

 しかし、安心も油断も一切出来ない。

 そんな事をすれば、寝首を掻かれるであろうという確かな実感があった。


「だとしても、ずっとこのままというわけにも……む?」


 何気なく、天井に向けていた視線を下に落とす。

 タイルが敷き詰められた壁が目に映り、続いて湯船から突き出した爪先が見える。

 その手前、同じく湯からやや突き出た双丘。

 同年代の少女達と比べると小さめと自覚するそれらが、以前とは違う気がする。

 有り体に言えば───


「ち、縮んだ!? 縮みましたか!?」


 思わず疑問するが、胸は答えてくれない。

 寝そべっていた姿勢からガバっと起き上がる。

 風呂の中で膝立ちとなり、手のひらで包んでみる。

 結果は芳しくない。

 押し返す力が減った気がするのだ。


「ろ、ロイヤリティが……私のロイヤリティがピンチですよ、これは……!」


 元より、発育は遅めの身体である。

 胸から手を放し、脇腹、腰、太ももと滑らせていくが起伏は悲しい程に少ない。

 おまけに背の低さもある。

 眼光と権力の行使でのし上がってきた形だ。

 今更、と思う気持ちもあるが、催し物が開かれる場では立派な姿を見せたいと思うのが人間というもの。

 来年こそは苦い思いをせずに済む、そう思って何年だろうか。

 もはや、魔法のようなものでも無ければロイヤリティ(広義の意味)を高くするのは難しいのかもしれない。


「……ま、魔法? そう……魔法でどうにか……!」

「そういう事には使われたく無いけどねぇ」


 反射的に、王女は一秒と掛からず湯船の中に身体を戻した。

 そして、肩より上のみを風呂の端から出し、声の方向へ恨みがましく問い掛ける。


「……出来ないのですか?」

「……まず言う事がそれかい。流石に驚いたね」

「冗談です」


 見たところ、蒸気の中にルキエの姿は見えない。

 だが、声は聞こえる。

 どういう事か。


「なに、スピーカーのようなものを取り付けただけさ。君らには見つけられないけどねぇ。……ああ、それと。安心してくれ、君の身体に求める物など何も無い」


 その言い方だと甚だ失礼に聞こえるわけだが、理解しているのだろうか。

 理解しているのだろう、そういう奴だ、この男は。


「……何の用ですか?」


 若干、声を尖らせながら質問する。

 この男はやはり、危険だ。

 以前から感じていた事が、確信に変わる。

 魔法の行使。

 方法は不明だが、ルキエにはそれかそれに準ずる行為を操る事が出来る。


「既に、王都近辺の脅威からはあらかた牙を抜いたはず。私に反抗出来る者は事実上……」

「───艦隊を出動させた方がいい」

「……それは、『抹消艦隊』の事を言っているのですか?」

「その通りだ、お姫様」


 「抹消艦隊」。

 それは、大陸内のとある事象に対応するべく結成させたものだ。

 公的には存在せず、正体を秘匿された幽霊部隊ゴーストチーム

 装備は潤沢でありながら、痕跡を残さぬように処理される前提で作られている。

 その他にも、やたら細かい免責事項や敵に捕まったとしても捕虜とは扱われない旨など、特異な点は多々あった。

 だが、一番目を引くのは隊員だ。

 皆が皆、味方を後ろから撃った者や金に目が眩んだ者など問題のある人員を集めている。

 これでは、まともな任務など遂行出来るはずも無い。


「……なるほど」


 王女は湯船の中で投影板ホロ・フレームを呼び出し、「Bシステム」と直結したデータを参照する。

 そして、嘆息した。


「大陸全土で魔力の反応が強くなっていますね。とりわけ、北部が顕著……いえ、異常です。確かに、これは見過ごすわけにはまいりません」

「では?」

「アルトヒンメルの近辺、山の陰にでも待機を命じます。まだ、ことを荒立てるべきではありません。……しかし、いざという時には、然るべき対処をせねばならないでしょう」


 即ち、「抹消」だ。

 彼らが唯一出来る事。

 跡形もなく、全てを更地に戻し、目撃者の一切を殺害せしめる作業だ。

 魔力の変調から魔獣が現れる事を想定し、魔獣ごと全てを抹消する、明らかな汚れ仕事。


「躊躇いはあるのかい?」

「……ええ。ですが同時に、やらねばならないとも思います。かつて犠牲となった、友人の為にも」

「殊勝な事だねぇ。……本当に犠牲になっていれば、格好がついたものを」

「? 何か?」

「いやいや。御友人の冥福を祈っただけさ。……銀髪の彼女の、ね」


 はあ、と応えつつ、王女は小さく疑問に思う。

 果たして自分は、かつての友人の容姿など口にしただろうか、と。

 自信は無い。

 とはいえ、この男ならば心を覗かれたとしても不思議ではないのも事実。

 やはり用心せねばなるまい。


「しかし、貴方の方からこういう事に口出ししてくるとは、少し驚きました。……出来れば、次からは浴室以外でお願いしたいのですが」

「なぁに。ちょっと、つつきたい気分になってねぇ。手持ちの駒だけでもいいんだけど、あれはまだ未完成。彼に犠牲を与えるには足りないんだ」


 相変わらず、何を言っているのか度し難い。

 ひょうひょうとしていて、掴みどころが無いのだ。

 発言の意味を深く考えようとしても、徒労に終わるだろう。

 しかし、王女はなんとなく今回の彼の発言に違和感を覚えた。


「ルキエ。貴方はもしや、この王都にはいないのですか?」

「…………へぇ、今度こそ本当に驚いた。正解だよ、お姫様。……そうだな、ご褒美に教えてあげよう。君の野望を邪魔する者は、アルトヒンメルにいる」

「今、なんと……?」


 どこまで本気なのか。

 彼はそう言ったが最後、それっきり何も返さなくなった。

 不気味な静寂が浴室を満たす。


「……悪魔は、私と彼のどちらなのでしょうか……」


 いずれにせよ、受け入れたのは自分だ。

 王女は一人、寒さに身を震わせ、湯船に身体を沈める。

 不思議と、まったく暖かくは感じられなかった。

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