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超機械文明に魔王が転生したならば!  作者: Per猫
第二話「魔力黎明」
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2-1 レオ

 虚無。

 その少年には、何も無かった。


 親の名前も、自身の名前も分からない。

 物心ついた時から奴隷主の元で働き、判別の為にレオという名を与えられた。


 生きる。

 生きて、生きる。


 ただそれだけ。それだけの為にしか動かない、機械にすら劣る何か。

 嘲笑も、侮蔑も、憐れみも関係はない。

 自分と他人に境界は無く、何処にいるのかも分からない。

 世界が、ない。


 それでも生き続けた。

 無心で生きた。

 心の無い生き物らしく、けれど一心に生きた。

 そうしなければ、得られないと信じていたからだ。


 誰の物かは知らないが、自分の魂には「世界征服」だなんて奇妙な言葉があった。

 言葉の意味は分からないが、それを思う時、不思議と心を感じる事が出来る。

 その言葉を、今はまだ自分の中で眠る誰かに繋げた時、きっと自分は世界を手に入れて人間になれるのだと、信じた。


 だから、生きる。

 今日も明日も、明後日も。





「……なるほど。奇妙な感覚だな、これは」

「あっ、起きたんですね、おはようございます。どうかしたんですか、魔王様?」

「いや、なに。ちょっと人格の統合を行っていた」


 事も無げにそう言うのは、金髪碧眼の少年アグレアスだ。ベッドの上で寝そべり、上半身が裸だったりするが、魔王である。

 そして、彼を決して直視せず横目でチラチラと伺いながら、薄汚いキッチンで手を動かしている銀髪赤目の少女はエリナと言う。彼女は現在のところ、アグレアスの下僕なのであった。


 昨夜、この奴隷商の隠れ家に着くなり一人で勝手にベッドに寝始めたアグレアスを他所に、文句も言わずソファで一夜を過ごし、起きるとすぐに朝食を作り出した事からも下僕である事は間違いない。

 無論、他人を気遣う事の出来る心優しい少女である事も疑いようが無かったが。


「ええっ。そんな事をして大丈夫なんですか?」

「当然だ。少しばかり、他人の人生を自分のものと混ぜただけに過ぎん。そうでもしなければ、レオの人生が無駄になる」

「……なんだか、意外な言葉を聞きました」


 エリナは調理の手を停め、口に手を当てて驚く。

 対してアグレアスは失礼な、とやや憤りを顕にした。


「エリナよ。この世界には、無駄に出来る命など無い。全ての命には価値があるからだ」

「なるほどなるほど。失礼しました、魔王様」


 昨夜、奴隷商ボルドーを結局殺しておいての発言だが、実際あの男はアグレアスに寝床を与えるという価値があった。何も間違っている事など無い。

 エリナもその辺を承知しているのか、少し適当に返事をする。


「……まあ、この程度の住処ではボルドーの価値もたかが知れているがな」


 その隠れ家は所謂トレーラーハウスだった。

 録に管理をしていなかったのであろう、ひび割れて塗装の禿げた外観、埃の積もった家具、穴の空いた床、雑多に詰め込まれた保存食。全てにおいて寝床として満足の行くものではなく、一刻も早くアルテリアへ出発しなければならない。


 だというのに、こうして呑気に朝食を取ろうとしているのは純粋に腹が減ったのと、エリナから必要な情報を聞き出さなければならなかったからだ。

 後者は、本来であれば昨夜の内に終わらせておきたかった事だが、死にかけていたボルドーを拷問して隠れ家と資金の在処を聞き出したり、両手が破損した巨大人型兵器ブレイドを業者に売ったりするので忙しくて、それどころではなかったのだ。


「さて、エリナ」

「いただきますですよ、魔王様」

「ああ、いただきます。さて、エリナよ」


 虫食いだらけの布を敷いた小さなテーブルを前に、今にも崩れそうな椅子に座る二人。彼らの手元にはハムと熱したチーズを載せた堅いトーストが一枚ずつ、少しひび割れた皿に盛られていた。

 かつて世界の三分の二を統べた魔王の食事風景としては、余りにも悲しいそれと言えたが、この場にある食材と設備ではこれで精一杯である。


「俺が現世にて再び生を得たのは、このような貧しい暮らしをする為ではない。もっと愉快な文明に触れ、俺のものとする為だ」

「まあ、そうなんですか」

「……そこで、だ。あのアルテリアとかいう都市に行かねばならんのだが、俺は現世の知識に疎い。色々と知恵を貸してくれないか」


 トーストを小さくかじりながら、エリナは疑問を覚えたのか、短い銀の髪を揺らして小首をかしげた。


「でも、魔王様はさっきレオさんと人格を合体させたのでは? そうなると知識も増えているんじゃ……」

「いやいや、俺とした事が失敗してな。自我を与え無さすぎて、これっぽっちの知識も無かったのだ」


 そして、生まれも育ちも奴隷商の元ときた。これでは、集まるものも集まらない。


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