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3-10



「……アイドルって、なに?」

「うーんとね、イリスちゃん。たくさんの人の前で綺麗な衣装を着て、歌ったり、踊ったりする事だよ」


アルトヒンメルの中心からやや外れた商業区に位置するカフェテリア、「DICE」にて。

 二人の少女は紅茶が注がれたカップを片手に、歓談を楽しんでいた。

 白いパラソルとプラスチック製の安価な椅子が屋外に並べられた、テラス席。

 規模こそ大きいものの、客はそう多いとはいえない。

 むしろ、少ないだろう。

 もしかすると、アルトヒンメルという都市はかなり寂れているのかもしれない。


「……それは、とてもたいへんそう」

「そうそう、すごく大変でねー? ちょっと振り付け間違えただけで、ガミガミうるさいんだから」

「……たしかに。うるさいのは、いや」

「大人ってどうしてこう、他人ひとの事で熱くなるのかなぁ」


 しかし何故だろう、ティナがあたかも自分の事を話しているように感じるのは。

 亜麻色の髪を跳ねさせて話す彼女の言動に、イリスが時折違和感を覚えていた。

 ホテルから降下してからすぐ、彼女は帽子と眼鏡を購入している。

 何故、そのような行動を取ったのか。

 そもそも、一人であのようなホテルで寝泊まりしている事自体が不自然ではあるのだが。


(……でも、きかないでおこう)


 お互いにその方がいい。

 初めて得た、友達というものに対し、イリスはそうした距離感の取り方を選択したのだった。


「ありがとね、イリスちゃん。ティナはあんまり、同じくらいの子と話した事無かったから……」


 と、その時。

 イリスは手にしていたカップを置き、凄まじい早さで椅子を蹴って空中へと踊り出た。

 呆けていたティナだったが、イリスによって身体をき抱えられ、高速の移動を体感する事になる。


「え、な、なにっ!?」


 疑問の声は当然だ。

 しかし、声が終わらぬ内に、先程までティナが座っていたチェアを吹き飛ばし、何かがカフェのガラスを破りながら突っ込んだ。


「……てき?」


 狙ったかのような一撃だったが、殺気はなかった。

 だからこそ、イリスをして直前まで気付けなかったのだから。

 彼方から飛んできた、物体の突入に。


「一体、なに……?」


 涙目になりながら、ティナはイリスの腕の中で辺りを見回す。

 イリスも確認するが、テラスは衝撃で滅茶苦茶だ。

 客が少なかったのが幸いして、怪我人はいないようだが。

 と、何かを見付けたのか、ティナが小さく声を上げた。


「あ、あれ!」


 彼女の指に釣られて、カフェの店内を見る。

 厨房が主となっているスペースに、それはいた。


「……にんげん?」


 人間だ。

 キャスケットと呼ばれる青い帽子を目深に被り、身体をローブで包んでいる事から性別は判断出来ないが、その小ささからしてティナと変わらぬ子供だろう。

 そこに不思議は無い。

 だが、先程の衝撃を考えるに、かなりの距離を飛んで来たはずだ。

 にも関わらず、五体無事とはどういう事だろう。

 イリスは抱えたティナをテラスの床に降ろし、スタスタと食器の残骸にまみれた子供へ近付く。


「あぶないよ、イリスちゃん!」


 心配したのか、ティナが声を掛ける。


(……あぶない、か)


 初めて他人に心配された事に驚き、喜びながらもイリスはもくして歩みを止めない。

 そして、イリスは青いキャスケットを慎重に取り去った。


「……これは」


 少女だ。

 苦痛に顔を歪ませながらも、愛らしい顔である事が分かる。

 髪は黒く、長い。

 伸ばしているというより、切っていないだけなのだろう。

 とてもではないが、イリスに悪意ある攻撃をしそうには思えなかった。

 イリスがどう対処するべきか迷っていると、黒髪の少女が微かに呻く。


「…………くっ…………アグレアス、め」

 

 なるほど、つまり、


(……すでに、アグレアスがこうげきしたあと)


 ならば自分が追撃するまでもないだろう。

 イリスはそう判断し、しかし今度は別の問題に眉根を寄せた。

 はたして、この食器や食材が床にぶちまけられた惨状は、どうやって弁償するべきなのだろうか、と。

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