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◇
「今、なんと……?」
ソーニャは自分の耳を疑っていた。
否、正確に言えば、耳に接続された聴覚素子の調子を、だ。
電脳にアクセスし、軽く自己診断をするも、結果は異常無し。
つまり、至って正常である。
件の発言の発言以外は。
……アルトヒンメルを救う、そのような事が果たして可能なのでしょうか?
無理だ。
年数を掛けて真剣に、今日まで対策を練ってきた。
それでも何も出来ず、アルトヒンメルから逃れる者達を由としてきたのだから。
しかし、円卓の正面の座席に位置する男、金髪を伸ばした彼は出来ると言った。
レオ=アグレアス。
調べてはみたが、詳細は不明だ。
資産家をやっていたという経歴も不自然なものが多く、反抗勢力のリーダーに適している人間にも見えない。
「救うと言った。さて、貴様は俺にどうして欲しい?」
彼はそう言って、不敵に笑う。
顔こそ端正であるものの、着ているスーツの雰囲気も合わせて、人を小馬鹿にしたような感じだ。
からかっているのだろうか?
だが、彼の口ぶりは確信に満ちている。
「それは……一体、どうやって?」
「汚染を消す。簡単な事だ」
ソーニャは思う。
それは、それだけはありえない、と。
数十年、いや、数百年も前から、増減こそあれど、この汚染は続いている。
今まで数多くの人間が原因を特定しようと汚染度の高い地域へ進み、そして誰も帰っては来なかった。
それは技術が進み、無人の調査ロボットや全身義体を駆使しても同様であったのだ。
ならばもう、人間に打てる手は殆ど残されていない。
「っ! 失礼を承知でお尋ね致しますが、そのような事が本当に……!?」
「出来る」
断言された。
身命を賭して解決に当たっていた問題に対し、あっさりと。
だが、ソーニャに信じられるはずもない。
アルトヒンメルにおける、地上調査の歴史を深く知っているからだ。
そもそも所詮は、経歴不詳の男の戯言。
笑い飛ばし、早々にお引き取りしていただくのが正しい道だ。
しかし、彼女にはもう、笑い飛ばす余裕などありはしない。
(……もしも、この御方が本当に汚染を取り払う事が出来たならば)
その時は、アルトヒンメルを北の大地に降下させ、時間は掛かるものの、引き続き鉱物輸出の事業が再開出来るだろう。
「しかし、汚染の原因は……」
「その原因とやらには、心当たりがある。それにな、ソーニャよ。諦めない事こそが生きる事なのだ。……経験則だがな、途中で諦めた者がその先で生きていた事など一つも無かった。それが導く者であれば尚更だ」
「それは……」
それは、分かっている。
身体の殆どが動かなくなり、視力すらも奪われたあの日。
それでも諦めず、全身を義体化させる決意をしたのはソーニャ自身だ。
故にこれは、確認である。
どんな手段を用いても、望みを叶えるだけの覚悟が果たして己にあるのかという―――
「───……貴方様を、信じてもよろしいのですか?」
「ふん、誰に対して言っている。明日のこの時間までに、この俺が解決してみせよう」
「明日……分かりました。もしも成功なされた暁には、私が出来る事であれば何でも致しましょう。しかし念の為、私達もセクター適正者の調査の方を再開致します」
「よし、確かに聞き届けた」
アグレアスとの取引、あるいは契約はこれにて終了。
彼の隣に座る赤髪の少女アカネの微妙な表情が気にならないでもないが、些細なノイズだ。
しかし改めて見ると、エリナという少女と合わせて、彼ら三人は非常に絵になっている。
テレビで蹶起映像を見た時は何の冗談かと思ったが、なかなかどうして彼らは皆肝が座っているし、顔の造りが整っている。
(……これは、もしや)
その時、ふとソーニャは思い立った。
都市の未来に振っていた思考リソースを再分配し、表情筋の維持へ注力、営業スマイルモードを起動する。
「さて、アルテリアの皆様、ひとまず休憩と致しましょう」
「? ええ、まあ、アタシ達はそれでいいですけど」
「ありがとう御座います。ところで、アグレアス様、エリナ様、アカネ様に折り入って相談なのですが」
呼ばれた三人は、出された紅茶を片手に顔を見合わせる。
それもそうだ。
三人限定で相談など、思い当たる節が無くて当然なのだから。
「何でしょう? うちは割と資金難だから援助とかはちょっと……」
「――――アイドルをやってみる、というのはいかがでしょうか?」
「…………はい?」




