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3-8

「だが、そう断言するからには簡単な問題ではあるまい?」

「その通りです、アグレアス様」


 首肯した後、彼女は頭を覆う機械に手を伸ばす。

 そして、一息に取り払った。


「失礼いたします。これより先は、顔を見せてお話をいたします」


 現れたのは、翡翠のように透き通った瞳と知性的な少女の顔だ。

 四方を固める男達と一緒で、やはり機械で出来ている。

 違うとするならば、その顔に浮かんだ意志の色か。

 恐らく人前であの機械を外す機会が無いせいであろう、薄明かりの中で頬が微かに紅潮していた。

 そういった機能が付いている事に、アグレアスは意外を感じる。

 もっと、機械として最適化を極めているものだと思っていた、と。 


「…………」


 水のように深い光を湛えた瞳がスイと下に伏せられる。

 目線を追うと、すらりとした胸部ボディが。

 白の繊維に覆われたそれは、一見しただけでは分からないが人間の肌に近い素材で構成されているはず。

 義体化するならばもう少し大きめに設計しても良かったのでは、とも思うがそこがソーニャの誠実な人柄を表しているのかもしれない。

 その誠実な胸が、大きく息を吸い、吐いた。

 そして、言う。


「……アルトヒンメルは、近い内に墜落いたします」


 眉を立て、ソーニャは切迫した表情で語る。

 その様子は、冗談を言っている風には見えない。

 とはいえ、ソーニャがプライベートでも冗談を言うような人物とは思えなかったが。

 その在り様は、かつて相対した天使、シェリエルに近い。

 無駄に高圧的な彼女と違って、姫という言葉が似合う事が特徴だ。


「御存知の通り、アルトヒンメルは重力制御ギアによって浮上しております。よって、これに異常が発生しますと、この都市は容易く墜落いたします」

「では、異常が起きている、と?」

「はい。……正確には、ギアを動かす動力源に、ですが」


 そこまで言うと、ソーニャは前に戻していた目線を再び下へと降ろした。

 何か、言い淀む事があるかのように。

 銀の髪が幾房、彼女の顔を遮る。

 しかし、ソーニャはそれらを軽く振り払い、意を決したように語り出した。


「……アルトヒンメルの動力源は、一人の人間の命なのです」


 円形の会議室が、静まり返る。

 情報を映す光だけが、淡く彼らの顔を照らす。

 言葉を受けた者達はそれぞれ、大小はあれど、驚愕を顔に浮かべていた。


「重力制御ギアによって、わたくし達は汚染された地上から離れて生きております。しかし今、セクターと呼ばれる、ギアを動かす人間の命が限界を迎えつつあるのです」


 そこで一度、彼女は言葉を区切った。

 開示するに当たって、相当のプレッシャーが掛かる情報なのだろう。

 それもそのはず。

 非人道的の極みとも呼べる技術なのだから。


「容易く解決出来る問題では無いようだな」

「はい。ギアにエネルギーを与えるセクターは、容易く交換出来るものではありません。ギアと同調出来る資質を持った者でなければ正しく運用する事は不可能でしょう」

「では、代わりが見つかっていない、と?」

「……はい。わたくし達も総力を上げているのですが、進展は全く……このままでは現セクターの寿命が尽きてしまう事でしょう」

「ふむ。そうなる前に、何らかの対策を打ちたいという事か」


 アグレアスは淡々と会話を続ける。

 人道的であろうが無かろうが、彼にとっては特に大差がない。

 そういう事を思うには、彼は人を殺し過ぎていた。


(……しかし、寿命か。なんというか、似た宣言をつい最近聞いたばかりだが)


 偶然か。

 あるいは、必然か。

 いずれにせよ、数十万人が住む都市一つを浮上させるというのは、アグレアスをして難しい話だ。


「……ねえ、アンタの魔法でどうにか出来ないの?」


 小声で話し掛けてきたのはアカネだ。

 顔を寄せている為に、結わえた髪からかぐわしい香りがほのかに感じられた。


「数時間ならば、この程度の物体を浮かす事など容易い。しかし恒久的となると、肝心の魔力が薄くてはどうにもならん」

「えっ……その魔力とかなんとかの問題は、アルテリアでイリスと会った時に解決したんじゃ……?」

「あくまでも、アルテリアでは、だ。この北の大地でも魔力の吸収は起きているのでな。おいそれと使うわけにもいかん」


 アグレアスがそう言うと、何故かアカネは身を引いて複雑そうな表情をした。

 彼女らしくもなく、妙にしおらしい。


「……さっきは、使ったじゃない」


 彼女は不服そうに、唇を尖らせる。

 さっきとは、アルトヒンメルに到着した時の事だろう。


「あれは貴様を助ける為だ、必要だろう?」

「…………ありがと、レオ」


 極小さな声で、アカネは呟いた。

 出会った当初に比べれば、随分な進歩と呼べる。

 アグレアスが時間の重要性を噛み締めたところで、ソーニャがコホンと咳払いをした。

 長く話し込み過ぎてしまったようだ。


「お話を続けましょう。解決策として、まずわたくし達は───」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 声を上げたのは、エリナだ。

 赤い瞳を大きく見開き、机に手をついて立ち上がっている。


「都市を活かす為に命を利用するなんて……そんなの、許されていいんですか?」

「……許されるとは、思いません。ですが、セクターの存在が無ければ、より多くの命が失われていたでしょう」


 ただでさえ荒れた大地だ。

 その上に原因不明の汚染があるというのだから、彼女の言葉は事実だろう。

 エリナもそれを分かっているのか、眉を歪ませながらも席に着いた。


「ソーニャ、貴様達はギアが人間の命を糧とすると知っていてアルトヒンメルを作ったのか?」

「このアルトヒンメルが作られたのは、今から約三十年ほど前。当時、全ての設計に携わった技術者達は皆、王都の息が掛かっておりました。恐らく、その後の貿易を条件に市長達はこの非人道的なシステムを了承したのでしょう」

「その技術者達は?」

「……行方は知れず。隠されているのか、消されてしまっているのかも分かりません」

「では、ギアの構造そのものを変える事も出来んのか」

「誠に遺憾ながら、その通りです」


 では、どうする事も出来ないのかというと、そうでもないらしい。

 まず、セクターの適正者を見つけるのが解決策の一つ。

 しかしこれは、先ほど現実的ではないとソーニャ自ら評している。

 数ヶ月前まで都市が全力を挙げて探しても見つからなかったのだ、確かに現実的ではない。


「そして、もう一つの解決手段……それは、このアルトヒンメルから脱出する事です」

「……本末転倒だな」

「しかし、現実的ではありましょう。上層の者達の大半はこの考えに賛同を示しており、中には既に王都へ向けて出立した者も……」


 他所との繋がりを考えると、汚染された大地に降りて住むわけにもいくまい。

 そうなると、資源発掘や義体等の技術も散逸し、アルトヒンメルは名実共に姿を消す事となる。

 都市が、消えるのだ。


(……なるほど。王都との関係を少しでも良好にし、移民として待遇よく受け入れてもらおうという腹積もりか)


 ならば王都への反攻を謳うアカネ達、ヴェルメリオとの協定などもっての他だろう。

 そして、賢い選択と言える。


「しかし、ソーニャよ。貴様はそれでいいのか?」


 アグレアスは、謳うように問い掛ける。

 楽しそうに、口の端を歪めながら。

 その両隣にいるアカネとエリナが、不安そうに顔を見合わせた。


「……何を、おっしゃりたいのです?」

「いや、なに。単純な話だ。ここから逃げ出して、王都の連中に媚を売って、市長というものは後悔しないのか?」

「……そんな……こと、決まっております……!」


 義体故か、身体を震わせる事無くソーニャは憤りを顔に浮かべる。

 掴んだ椅子の端が、大きな音を立てて砕け散った。

 ポリカーボネート製を片手で壊すとは、凄まじい馬力だ。

 四方に待機していた礼服の男達が、慌てたようにソーニャの名を口にする。


「今更、後悔など……十年前、この身を機械にした時から、そんなものは覚えてはならぬと……わたくしは……っ!」


 どんな過程があったのかは推し量るしか無いが、彼女も自分の身体に納得しているわけではないのだろう。

 それを、責任感だけで必死に押し込めている。

 この銀髪の少女には、それが出来てしまうのだ。


「……ふむ、諦めているわけではないのだな」


 満足したように、アグレアスは首肯した。

 そして、言う。


「―――では、結論から言おう。俺が、アルトヒンメルを救ってやる」

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