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アグレアスは、厳粛な空気というやつが苦手だ。
かつて率いた魔王軍には厳しい規律を設けなかったし、したとしてもアグレアス自身が音を上げただろう。
ただ楽しく、愉快に、生を謳歌出来ればよい。
もっとも、死ぬ事すら生の一部であると彼は考えていたが。
とはいえ、そういうわけで現在、アグレアスは非常に窮屈な思いをしていた。
「……アカネよ、まだか」
「……まだよ。もう少し待ちなさい。というか、イリスはどこに行ったの?」
「さてな。まあ生きてはいるようだし、問題はないだろう」
球状の空間があった。
中央に透明な床が設置された部屋だ。
床の上には、大きな円卓が載せられている。
即ち、この部屋は会議室だ。
今は暗闇がこの部屋の多くを包んでいるが、議題に合わせて360 度設置されたスクリーンに情報が映し出される。
投影版が開発された昨今では、やや、古い設備ではあった。
だが、情報の安全管理の面で言えば、こちらの方がよいだろう。
「……それにしても、本当に義体の者しかいないのだな」
「……そうね、話に聞いていたよりずっと多い」
この球状の会議室には、ゲッコーから下船したアグレアス達と彼らを見張る者達が数名存在している。
見張りはかっちりとしたスーツを着込み、床の四隅に立っていた。
顔を隠しているわけではないので、その目を観察してみると、やはり全身義体の者特有の機械化された瞳が確認出来る。
時折、瞳の奥で折駆動しているのは、レンズのようなものだ。
この部屋がある施設……アルトヒンメル市庁舎に来る時に擦れ違った人達の瞳もそれとなく見てみたが、住民だと思える者達は漏れなく同じようになっていた。
「……多いとは聞いていたけど、まさかここまでだったなんて」
「……私が前に来た時より、更に多くなっている感じでしたね。むしろ、義体化していない人を見かけないです」
アグレアスの両隣の椅子に腰掛けるアカネとエリナが言葉を交わす。
イリスはいない。
待っていても戻って来ないので、仕方なく市庁舎へ出発したのだ。
無論、二人ほど部下を搜索には向かわせている。
しかし、あの気ままな少女の事だ。
どうせ気になるものでも見つけて、遊んでいるのだろう。
アグレアスはそう思った時、壁が左右にスライドした。
光が射し込み、外から入ってきた人物をまるで後光のように照らす。
「お集まりの皆様。本日はアルトヒンメルにお越しいただき、有難う御座いました。お待たせして申し訳ありません。わたくし、ソーニャ・グレーフェンブルグは只今到着致しました」
長い銀髪の上に、兜のように機械を被せた少女。
白と青のボディスーツも相まって、異様な迫力を見せる彼女は、この浮遊都市アルトヒンメルの市長だ。
彼女が室内に入ると、壁は再びスライドして閉じ、淡い光のみが照らす薄暗闇に包まれる。
アカネは立ち上がり、何事か言おうとするが、ソーニャの手で制された。
ちなみに、アカネの身長では目線からして対等になっていない。
「単刀直入に申し上げます。現状の我々としては、王国に刃向かう事に慎重にならざるを得ません」
いきなりだ。
大半のものが唖然とする中、アグレアスは言葉の意味を考える。
あれはつまり、彼らが現状で無くなれば王国と戦う事もあり得るという事だ。
「えっと、アルトヒンメルには何か問題が?」
「ええ、アカネ様。問題があるのです、とても解決のし難い問題が」
アカネの問いに対し、ソーニャはこくりと頷く。
銀の髪が、はらりと揺れた。
「ふむ。では、その問題とやらが無くなれば王国と戦っても良いと? 例えば、俺達がそれを解決してやる、とか」
「……もし、そうなったあかつきには、どのような命令にも従いましょう。下僕にもなる所存で御座います、アグレアス様」
毅然とした顔で、ソーニャはきっぱりと言い切った。
アグレアスの隣で、エリナがやってしまったなという表情を見せるが、何を心配しているのやら。