3-6 幼女達の邂逅
「ティナの名前は、マルティナ・マルキーニ。ティナでいいよ!」
「……わたしは、イリス。……イリス・リンドヴルム」
「わー! かっこいい名前だね、イリスちゃん!」
ひとまず、二人は密着状態から離れる。
そして、立ち話もなんだということでティナの部屋へ入り、大きなソファの上でお互いに自己紹介をする事に。
ティナと名乗ったその少女は、どうやら一人でこのホテルに宿泊しているようだった。
ホテルの宿泊費や彼女の年齢を考えると、どうにも不自然な話である。
親、もしくは保護者はいないのだろうか?
イリスが言えた事では無かったが、彼女は特に気にせず疑問を口にした。
「えっと、ね。……ティナ、お父さんと住んでたんだけど、お父さんが死んじゃって。だから、東の方からこの街にお母さんを探しに来たの!」
「……つらいこと、きいた?」
ごめんとは言わず、イリスは尋ねる。
なんとなく、相手が謝罪を求めはしないだろうと理解出来たからだ。
その予想は当たっていたようで、ティナは朗らかに笑った。
「ううん、へーきだよ! お父さんとは、きちんとお別れしたし。それにお母さんの事、ティナは何にも知らないし」
「……そうなの?」
「うん。ティナが二歳くらいの時に、この街に来たみたいなんだけど、お父さんはよく知らないって言ってた。……夫婦だったのに、何でだろうね?」
それは、とても残酷な疑問だ。
人間はどれだけ互いを信用しようとも、簡単にその関係を破棄してしまう可能性のある生き物だ。
無論、ティナの両親にも何かしらの事情があったのかもしれないが。
遠方に夫と幼い娘を遺し、十年近くも連絡が付けられない事情が、である。
「イリスちゃんは、お母さんとお父さんは?」
「……わたしも、いない」
なにせ、生まれた時から独りだったのだ。
何者かに産み落とされたのかもしれないし、親も無く勝手に現出したのかもしれない。
いずれにせよ、あの洞穴でイリスはずっと独りだった。
あの男、アグレアスが来るまでは。
「そっか。じゃあ、ティナと同じだね」
「……そう、ね。……イリスたちは、おなじ」
ティナはクッションを抱え込み、嬉しそうに笑う。
よほど長く孤独を味わってきたのか、あるいは今の今まで孤独である事に気付かなかったのか。
薄く涙を浮かべた笑顔からは、いまいち判断がつかない。
「イリスちゃん、友達になろう? ティナ、いいって言われないと、このホテルから出ちゃいけないの。だから、あんまり同じくらいの年の女の子に会えなくて」
「……ともだち」
イリスは口にしてみるが、慣れぬ言葉のせいかやや気恥ずかしさを覚えてしまう。
四天王の連中とはしのぎを削る中ではあれど、親交を深める等といった行為とは無縁だった。
封印が解けてから出会った、エリナやアカネは面白い人間達だと思うが、精神年齢のせいかどうもしっくり来ない。
アグレアスに関しては、未来の夫なのだから論外である。
(……ティナは、イリスとおなじ)
話を聞く分にはどうにも、ティナはこのホテルに軟禁されているらしい。
それにしては警備の者が見えなかったが、恐らくあらゆる通行手段に電子的なロックが施されているのだろう。
つまり、外界との遮断だ。
その状態は、かつて洞穴から出るに出れなかったイリスを思い起こさせるのであった。
もっとも、あの洞穴はこんなに柔らかいカーペットなど敷いていなかったが。
「……うん。……ティナとイリスはともだち」
「よかった! ありがとう、イリスちゃん」
「……それじゃあ、そとにいこう」
「お外? うーん、でも出ちゃ駄目って言われてるし、タグがあるから流石にティナもちょっとキツいっていうか……」
「……いいからいいから」
一つ、イリスがアグレアスに学んだ事がある。
閉じこもって悩む少女がいた時の解決方法だ。
それは、明快にして単純。
外に連れ出して、楽しい事をしてしまえばいい。
という事で、イリスはティナの腕を掴んで部屋の窓を開け、大きなベランダから一気に跳ぶ。
即ち、空中へのダイブだ。
「え、えええええええ!?」
空に、ティナの声が虚しく響き渡った。