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3-5 「ソーニャとティナ」

 空気が歪む。

 ぐにゃりと白い空間を捻じ曲げるようにして現れたのは、一人の少女だ。


(……魔法、ではない。透明になる技術があるという事か)


 アグレアスが思う傍ら、少女は歩み始める。

 白と青に塗り分けられたボディースーツと、頭や腰をすっぽりと覆う機械が特徴的である。

 口元を残して顔が見えない為に年齢は不詳だが、声の高さからすると老いてはいない。

 背丈は155センチメートル程度で、身体は起伏に乏しい。

 少なくともアグレアスの知り合いではない事は確かだが、果たして何者なのか。


「市長様!? 危険です、このような場所に出られては!」


 礼服の内の一人が焦ったように叫ぶ。

 市長。

 つまり、アルトヒンメルの市長という事か。

 よもや、このような辺境の地の長が少女であるとは誰にも予想が出来なかった事だ。


「……貴方が、ソーニャ・グレーフェンベルグ市長ですか?」

「はい、その通りです。わたくしが、このアルトヒンメルを治める者で御座います」


 エリナの疑問を受け、彼女……ソーニャは淡々と述べる。

 その様子からは、少女とは思えない威厳が感じられた。

 彼女も恐らく全身の義体化を施している。

 という事は、予想以上に歳を重ねている可能性もあった。

 ソーニャの言葉を受け、男達は静々と退散する。


「アカネ様、申し訳御座いませんでした。あの者達が失礼な事を。彼らに代わり、わたくしがお詫び申し上げます」


 彼女はアカネの近くへ趣き、丁寧に頭を下げた。


「い、いや、そんな。あたし……私は何もされていないので!」

「失礼致しました。では……」


 今度はアグレアスに向き直り、顔を見上げる。

 銀色の髪、エリナのものとは違って長く艶やかなそれが揺れる。

 一見すると普通の人間だが、ボディスーツから伸びた手足の質感を注意深く観察すれば、人工のものである事が読み取れた。


「ええと、アグレアス様でよろしかったでしょうか。部下の御無礼をお許し下さい。お詫びとして、当方がご用意出来る最高の宿泊環境を───」

「ふむ……」

「…………あの、そんなに見られると……こ、困ります」

「ん? ああ、すまん」


 存外、羞恥心はあるものなのか。

 アグレアスは一人、納得する。

 その後ろでは、機械のように冷たい視線が送られていたわけだが。





 結局、市長ソーニャの嘆願により、アグレアス達はホテルで待機という事になった。

 当初告げられたアカネ一人ではなく、アグレアスやエリナ、イリスを加えた十人程で。

 ソーニャの言葉通り、ホテルの設備はかなり高いものだ。

 窓からは、都市が一望出来る。

 更に、部屋には空間投影式の小規模なカジノゲームが備わっており、アグレアス達は暫くそれで暇を潰す事に決めたようだ。

 だが、彼女だけは違った。


「…………ひま」


 イリスだ。

 ひらひらとした、布を幾つか取り付けた風変わりな衣装に身を包み、今の今までベッドで寝ていた彼女が起き出した。

 ずっと寝ていれば暇にもなるわけだが、眠いのだからしょうがない。

 しかし、起きたからといってゲームをする気にもなれない。

 ならば、やる事は一つ。


「……ちょっとでかける」

「はーい、ホテルからは出ないでねー」


 アカネの返事を聞き届け、否、正確に言えば聞き流し、イリスはドアを開け、廊下へと出た。

 背後で閉まったドアに、オートロックが掛けられる音がする。

 網膜スキャン式の鍵なのだが、先程機械に自分のものを登録した事などすっかり忘れていたりした。


「……どこにいこう?」


 とりあえず、上に行ってみる事にした。

 エレベーターというものはよく分からないので、非常用のものらしき階段を使ってみる。

 途中、電子的にロックされたドアがあったが、電流を流し込んで軽くショートさせて突破した。


 階段は狭かったものの、非常用のものにも関わらず、赤い絨毯が敷かれた高級嗜好のものとなっている。

 そんなものは気にせず、イリスは数段飛ばしに一気に駆け上がった。

 常人であればとっくに息切れしている延々とした長さだが、イリスにとってはなんでもない。

 大した時間も掛からず、最上階らしきフロアへと躍り出た。


「……とうちゃく」

「え? はわぁ!?」


 勢い余って、ちょうど部屋から出てきたらしい少女とぶつかり、押し倒してしまう。

 幸いにも廊下の絨毯が上手く機能し、怪我を負うには至らなかったようだ。


「いてて……」


 身長的にはイリスとそう変わらない。

 亜麻色の髪をツーサイドアップにした、幼い少女だ。

 しかし、服装はこのようなホテルにいても違和感の無い高級な繊維で編まれているものである。


「……ごめん」

「あ、ううん。こっちこそ、ごめんね! って、あわわ! ティナはなんていうかその!」


 イリスの下で、少女は何故か小さな手で顔を隠そうとする。


「……? ……ティナ、っていうの?」

「あ、あれ? ティナのこと知らない?」


 ……この少女は何を言っているのだろうか。

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