3-4 到着2
そして、「ゲッコー」はアルトヒンメルへの入港を果たした。
巨体が大きく切り開かれた枠へと進み、光に順じてその身を降ろす。
タラップが接続され、その中からアカネ達が姿を現した。
先遣隊として、ひとまず二十名程だ。
「いい? 活動の協力を求めるって目的なんだから、手荒な真似は無しよ?」
「ああ、分かっている」
アグレアスは返事しながら、港を眺める。
係船ドックとしての役割も持つ、広大な港だ。
一面に塗られた白い空間には、ぽつぽつと大小の船が見られたが空きも多い。
都市の外から訪れる客は随分と少ないようである。
また、船を取り囲む、ドラム缶のような無人の整備ロボットこそ見えるものの、港の関係者の姿も見えない。
(……俺達が避けられいる、と見るべきか)
その時、カーボン製の床から円柱状の物体がせり上がる。
半回転しつつ現れたそれから出てきたのは、五人程の男達だ。
礼服を着込み、手には白い手袋を付けている。
「アルテリアからのお客様ですね? 本日はどういったご要件でしょうか」
先頭の一人が声を発する。
使節団とも武装組織とも呼ばず、ひとまず出方を伺うつもりなのか。
「アカネ・アンキエールです。以前に申し上げた通り、そちらの市長と会談を希望します。先日、お会いして頂けるとお返事は頂いておりますが?」
アカネの方も身分を具体的にせず、あくまで一人の客としてこの場を進める事にしたようだ。
流石に、防衛部隊を率いていただけはある。
「なるほど、失礼しました。では、アンキエール様。貴方のみ、アルトヒンメル内への立ち入りを許可するという事で。他の方々はひとまず、そちらの船の中でお待ち下さい」
「……私一人、ですか?」
訝しげになるアカネ。
まあ、そうだろう。
大勢の中から彼女だけ連れて行かれる、という事はつまり人質のようなものだ。
「それは……」
「───それは出来ない」
アカネの言葉を継いで、アグレアスが断言した。
足を動かし、アカネを抜かして集団の先頭に立つ。
「貴様らにとっては残念だが、それは出来ん。最低でも五人は同行させてもらう」
「冗談がお上手な方だ。……お引き取りをお願いします」
礼服の集団の内、一人が歩み寄ってアグレアスの腕を掴む。
アグレアスは逆の腕で軽く振り払おうとしたが、びくともしない。
どころか、強い力に引っ張られそうになる。
相手は大して力を入れているようには見えないにも関わらず、だ。
(……なるほど、これが義体という奴か)
人口筋肉によって作り出される、明らかに人間を超えた重機のようなパワー。
筋力だけならば、その辺の魔獣と引けを取らないであろう。
裾がまくれて顕になった肌を見ると、遠目からでは分からないが、人間本来のものとは硬質の異なる肌があった。
更に目を凝らすと、継ぎ目や接続用の穴もあるのかもしれない。
「面白いな、貴様ら」
「っ! ちょっと、アグレアス!」
何かヤバい雰囲気を感じ取ったアカネが叫ぶ。
しかし、もう間に合わない。
アグレアスは段々と魔力を身体に循環させ、筋力を高めていく。
相手の方も負けじと力を込め、その結果として白い床に大きな亀裂が広がった。
形勢は互角……しかし、それも時間が経てば片方へ傾く。
アグレアスの勝利へ、だ。
「なっ……なんだ、この筋力数値!?」
礼服の男の腕が、アグレアスの手によってミシミシと悲鳴を上げる。
男の電脳では今頃、無数の警報が響いている事だろう。
それもそのはず、大型機械、例えばB-Raidのような力を持つものに掴まれているのだ。
痛みに泣け叫ばないという事は、痛覚素子をシャットアウトしているのかもしれない。
「おい! お前達も手伝え! う、腕がこれ以上保たん!」
そしていよいよ、男の腕に亀裂が走った。
それを見て、別の礼服の者達も駆け寄る。
いよいよ、本格的な戦闘が始まろうとした……その時。
「───お止めなさい、貴方達。お客様に失礼でありましょう」
凛、とした声が響いた。