3-3 到着1
◇
船がある。
空を行く船だ。
船体を赤く染め、幾つかの砲を備えた船が青天を突き進んでいる。
反抗組織「ヴェルメリオ」保有巡視艦、旗艦「ゲッコー」。
その船橋に、数人の人影があった。
「ということで、アルトヒンメルが見えてきたわ」
一際小さい者、赤色の髪を持つ幼気な少女―――アカネが腰に手を当てつつ、そう宣言する。
格好こそ勇ましいものの、赤色の髪はところどころ寝癖がついており、愛らしい。
ついさっきまで、ぐぅすかと熟睡していたところを船内放送で叩き起こされたのだ。
とはいえ、不機嫌さは一切ない。
むしろ、アルトヒンメルへの到着を心より楽しんでいた。
「……ねむい……かえる」
アカネと同程度の背丈を持つ少女、イリスが猫耳を垂れさせてそう呟く。
一日中眠そうな彼女だったが、早朝に起こされて相当機嫌が悪い様子。
まあ、アカネが何を話すにしてもイリスがそれを気に留める事は恐らく無い。
アカネとしても、それを分かってはいるのだろう。
しかし、彼女は貴重な戦力であり、ヴェルメリオのこれからの方針を理解してもらいたいようだ。
「まあまあ、イリスちゃん。すぐに終わりますから、お布団はもう少し待ちましょう?」
アカネに背を向けて自動開閉装置へ歩き出そうとしたイリスを、エリナが引き止める。
彼女が身につけている白いワンピースは大分傷んできているが、もしかしてまだ使い続ける気なのだろうか。
いつもアグレアスかイリスをなだめている印象が深い。
今度服でも買いに誘ってみるべきだろうか、とアカネは考えた。
「……はなして」
「ほ、ほら! 魔王様だってあんなに喜んでいるんですよ?」
「……そうなの?」
事実だ。
長身痩躯を黒いスーツで包み、金髪を長く伸ばした男……レオ=アグレアスは口の端を釣り上げ、眼前のモニターに映る光景を食い入るように見ている。
それは、空に浮かぶ都市だった。
上空数百メートルを漂い、円状のリングの中に建物を生やした都市だ。
その結果として半球状となっているが、下方には数本の円柱が突き出している。
公表されている情報によると、あの円柱に重力制御を為しているギアが存在しているらしい。
だが、そもそも重力制御自体が眉唾の技術である。
王都の方では極少ない質量の物体を用いた実験が成功に向かっていると聞くが、全長数キロにも及ぶ巨体をどうこうするなど、本当に出来るのだろうか。
とはいえ、本当に出来ているからこそああして浮かんでいるわけだが。
「素晴らしいな、アルトヒンメルとやらは!」
「そう? 気に入ったの?」
「ああ。俺も一度浮かぶ城を作ろうとした事があるのだがな、何せ目立つから泣く泣く放棄したわけだ」
確かに。
戦略上、ああも巨大な空中施設は運用が難しい。
制空圏の確保には役立つし、象徴としても大いに役立つだろう。
だが、索敵されるまでもなく発見され、遠隔地からミサイルの雨を発射されればひとたまりも無い。
メリットも大きければ、デメリットも大きいのだ。
そこを言うと、アルトヒンメルは軍事上の施設ではない。
地上の汚染から逃れようとしていた際に生まれた、避難施設のようなものである。
「ちなみに、何で魔王様はそれを作ろうと思ったんですか?」
「ああ、格好いいだろう?」
腕を立てて、勢い良く力説する。
なるほど、戦略とか戦術とかそういう事ではなかったらしい。
(……あいつ、生きている事が趣味みたいなところあるわよね)
魔王という存在の一端を理解したアカネであった。
「えー、それではアグレアス司令官に、今回どうすればいいかを伝えるわ」
未だ慣れない呼称で、アカネはアグレアスに告げる。
彼の立ち位置をどうするか議論した結果、司令官という役職に決定したのだ。
例えるなら名誉会長みたいなものである、違うかもしれない。
「ふふん、分かっている。また暴れればよいのだろう? この間、えいがという奴で学んだからな。銃を片手に殴り込めば、問題事がいつの間にか解決する、と」
どおりで、やけに筋肉質な男がマシンガン一丁で敵組織を壊滅させる映像を楽しそうに観ていたわけだ。
どうやら、魔王の映画の趣味は痛快ミリタリーアクションのようだ。
普段の言動に反して、恋愛映画が好きなアカネとは全く合わない。
「ええ。勿論、アグレアスには今回大人しくしてもらうわ」
「ふむ、そうだろうな。……む? 暴れてはいけないのか?」
「外交問題よ……!」
真面目な顔で聞いてくるアグレアスに、アカネは魂からの叫びを口にする。