2.5-5
◇
一方、エリナはというと、完全に迷っていた。
過去にも来たことのなかった、彼女にとって珍しい場所に気を取られすぎていたせいだ。
「うーん、魔王様はどこでしょう? ………おや、これは?」
靴に当たった小さなコインを手に取る。
どうやら、このカジノで使われているもののようだ。
辺りを見回すと、ちょうど同じ大きさぐらいの投入口がついた機械があった。
誰も使っていない一台に走り寄って、ものは試しにと入れてみる。
「おお……!」
数字や絵柄が記された軸が回転し出す。
一体どんな遊びなのだろう。
エリナは少し考えてから、軸の下についたボタンを順番に押してみる。
すると、けたたましい音楽と共にコインが大量に払い出し口へ降って来た。
どういう意味だろうか。
一枚をコインの山から抜き取って、投入する。
そして、ボタンを押す。
また音楽が流れ、大量にコインが降って来る。
「えっと、これは……?」
「す、すげぇ! 当たり連発してるぜこの子!」
「なんてこった! アンタは幸運の女神なのか!?」
当惑していると、エリナの周りに人だかりが形成された。
もはや、意味が分からない。
「ど、どうしましょう……?」
◇
そして、アグレアスは勝利を重ねていた。
バカラ、ブラックジャック、ポーカー、あらゆるゲームがプレイされていく。
壮年の紳士、ブランドンはそれら全てに精通している。
プライドを捨ててディーラーにイカサマによる協力もさせた。
だが、
「……何故だ、どうして勝てない!?」
都合、四十戦余り。
絶え間なく繰り返された勝負の全てに、アグレアスは勝利を収めていた。
(……あると知っているから分かるけど、魔法ってやっぱりバレないものね)
アカネは感心したように頷く。
同時、随分と遠いところに来たような感覚に襲われた。
つい数週間前までは、普通の常識しか知らぬ人間だったのだ。
それが今では、魔法を使う男と共にいる。
人生とは、やはり分からぬ物なのか。
「ふふん、どうした? さぁ、もっとやろう。次はどの遊びだ?」
彼は椅子に深く腰掛け、余裕の笑みを浮かべる。
魔法によるイカサマは、ブランドンの視覚情報の欺瞞、ディーラーの精神の掌握、手札の精製等、多岐に及んでいた。
見破れるはずがない。
今やアグレアスには、莫大な量の換金額が存在していた。
ブランドンにとっては、個人としても経営者とても大きな損失だ。
「イカサマだ、こんなもの!」
「どうやって? 言ってみろ、ブランドン。俺は、どんな、イカサマをしている?」
「くっ……! 監視カメラはどうなっている!?」
係員を睨めつけるも、男はあたふたと慌てるばかりだ。
鬼のような表情で迫る雲の上の存在である上司に対して、異常は何もないだなんて言えないのだろう。
(……これは、マズイわね)
このまま、あらゆる意味でブランドンの敗北と終わってしまうかと思われた時。
アカネが小さな腕を組みつつ、両者に声を掛けた。
「……二人とも、もうこの辺にしましょう。レオ、この勝負は無かった事に出来ない?」
「なに? 折角、面白くなってきた所でだな……」
「お願い、後で何でも言う事を聞くから」
「……ふむ。まあ、いいだろう。貴様の願いを叶えてやる」
少し気分を害したように、彼は答える。
アグレアスにとって、金銭は大して執着するべきものではないだろう。
だが恐らく、カジノという新しい環境での戦いを奪われる事が心外だったのだ。
「ありがとう。ブランドンさんも、それでいいですね? 元々、今日はそういった事は抜きで親睦を深めるつもりだったのでしょう?」
「しかしっ! このままでは、私のプライドというものがっ! ……いえ、失礼。貴方達の御厚意に感謝致します」
結局、今後「クーパーズ・リゾーツ」の施設を利用する機会があれば、料金を全額無料にするという形で落ち着いた。
一企業の長相手に争っていたのだから、この結果で上出来と言える。
アカネとしても、物資の面で色々と融通して貰うつもりだ。
こうしてこの日、アグレアスの無敗伝説が生まれたのであった。
そして、別行動を取っていたエリナの強運伝説も。
……こちらに関しては、しっかりと換金させてもらったが。