2.5-2
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「ほう、何やらめでたい話のようだな」
今度はイリスの頭を膝に乗せているアグレアスが、アカネの後ろ姿を見て言う。
「しかし、いつ見ても空中に話しかけているようで慣れんな」
「魔王様も使ってみればどうですか? 意外と慣れるのも早いですよ?」
「そうだな、後でアカネに頼んでみよう」
こうしてまた一つ、アカネへの頼み事が増えた。
元々頼みを断りづらい性格なのか、彼女はそれがどんな難題であろうとも頑張ってみようとする人間だ。
素の態度はやや異なるが、根が真面目なのだろう。
アグレアスは感心しながら茶を啜った。
「えーっとね……あたし、今結婚を考えてる男の人がいるの! アグレアスって人なんだけど!」
「…………ふむ、そうきたか」
驚愕にお茶を吹きこぼすでもなく、ゆっくりと味わってから頷く。
代わりという風に、彼の周りの少女二人は身を固めていた。
片や唖然とし、片や何なのかよく理解していないという顔で。
「……どういうこと?」
「大変ですよ、イリスちゃん! なんだか魔王様とアカネさんが結婚する事に!」
「……それはこまる。……アグレアスとけっこんするのはわたし」
当事者抜きで話を進めようとする輩はさておいて、アカネは通信を終わらせたようだ。
肩を落としてアグレアス達のいる方へ歩き、ちゃぶ台に突っ伏す。
その表情は疲れ切っている。
「あぁー……なんか明日、アグレアスと一緒にお母様が勝手にオーケーした婚約者の人と会うことになったわ……三人で話を決めなさいって。ごめんなさい、勝手に名前を使っちゃって」
「ふむ。要するに、お前のカレシとやらを演じてその男を諦めさせればよいのだな」
「……きょ、協力してくれるの?」
アカネが目の縁に涙を浮かべ、アグレアスを見上げた。
瞳は大きな不安からか、揺れている。
その様子からはとても、成人間近の少女らしさは感じられない。
「貴様がそれを望むのなら、俺は叶えてやるまでだ。それが魔王たる俺の在り方だからな」
「よっしゃー! これであの男とも、おさらばだわ!」
「アカネさん、その人とはお知り合いだったんですか?」
「ええ、前々から変にアプローチ仕掛けてきてね。婚約云々の話もされたけど、全部断ってきたわ」
アカネは身震いして肩を摩る。
そこまで結婚するのが嫌な相手なのだろうか?
アグレアスが聞くと、彼女は露骨に顔をしかめた。
「あったり前じゃない! あっちの年齢なんて三十代後半よ? どうせあたしの財産とか地位とかが欲しいんでしょ」
つまり、ロマンチックさが足りないという事か。
実にアカネらしい理由と言えた。
なお、正確に言うと、防衛部隊自体が一度解散されている為に彼女の公的な地位は無いに等しい(元隊員達は皆、彼女の事を隊長と呼ぶが)。
しかし、実権ならば話は別だ。
先日の騒動の結果に得た権力だけなら、もはや街のトップである。
もっとも、今回の男はお飾り隊長であった頃から強いアプローチを繰り返していた。
故に、少し奇妙なのだ。
「何であたしなんかと結婚しようとするのかしらね……他にもいい相手はいるでしょうに」
彼女は呆れた風に畳へ寝転がり、コロコロと体勢を変える。
黒い制服の隙間から、白い健康的な肌が見えた。
胸以外が幼児体型とはいえ、少々目のやり場に困る行為だ。
魔王は困る事が無いので気にしないが。
「単に、貴様が魅力的だからだろう」
何気なく、アグレアスは告げる。
しかし、アカネはその一言を聞いてバッと飛び起き、耳まで赤くしてわなわなと震えた。
「……な、ななな何言ってんのよ!?」
「事実を言ったまでだ。貴様の容姿ならば、一国の姫と同等の箔がつく。そうだろう、エリナ?」
「ええ、アカネさんは凄く綺麗ですよ? そういう事を他の女の子に聞くのはどうかと思いますけど」
笑みを浮かべながらも、目は笑っていない。
エリナはなかなか器用な真似が出来るようだ。
感心しつつ、アグレアスは顔の向きをそっと変えた。
「あたしなんて、そんな……背も小さいし、子供っぽいし」
「…………アカネ。……おっぱいがあるのにぜーたく」
「そ、そうです! そんなに立派なものがあるんですなら、もっと自信を持って下さい!」
「貴様ら、胸の話は長くなるからよさんか。というかイリスはともかく、エリナが反応するのは何故だ」
予想外に熱くなりかけた議論を鎮める間も、アカネは顔を伏せている。
よほど自分の幼児体型にコンプレックスでもあったのか、あるいは単純に褒められるのが苦手なのか。
まあ、恐らくどっちもだろう。
やがて意を決したように顔を上げると、アカネは口を開き、
「…………ありがと」
と、口にしたのだった。
その後でまた顔を赤くして、座布団に顔を埋めてしまったが。
こうして、魔王レオ=アグレアスは少女の彼氏の振りをする事となった。




