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「……ま、魔王様?」
皆が呆然とする中、エリナがアグレアスに話し掛ける。
笑顔を心掛けるが、どうしても引きつってしまう。
気分はまさに爆発物解体処理班だ。
問題があるとすれば、爆発まで秒読み状態であることだろうか。
「……そうか相応しくないか、そうかそうか……!」
アグレアスが拳を握ると、ギゴゴゴと人体ではありえない音が響いた。
同時に、身体全体から光が溢れ、彼を中心に風が吹き荒ぶ。
頂上の欠けたベイン・タワーも相まって、壮絶な光景だ。
エリナは旧友であるらしい猫耳の少女に助けを求めようとするも、疲れたのか立ったまま寝てしまっている。
どうりで、先程から何も気配を感じなかったわけだ。
などと納得している場合ではない、一刻も早くアグレアスの怒りを鎮めなくては。
「おおおお落ち着いて下さい、魔王様っ! 怒るのは体によくないですよぅ?」
「怒る? 俺が? あり得んよ、ふはは」
「腕! だったら、腕を降ろしましょうよ!」
「……大変ねぇ、エリナも」
アカネが半目で呟くが、彼が本気で怒ったらここにいる人間は皆、無事では済まないであろう事を理解しているのか。
とはいえ、エリナの必死の訴えが功を奏したのか、アグレアスはそっと腕を降ろす。
それにより、異常な現象もピタリと収まった。
危機の回避だ。
集った者達は恐る恐る周りを見回し、胸を撫で下ろした。
そして、アグレアスは嘆息しつつ、それまで胸に収まっていたスクエア型のサングラスを取り出す。
そのまま身につけるのかと思ったが、違った。
顔の前まで持ってきたソレを、思い切り握りつぶしたのだ。
四角いフロントデザインが粉々になり、砕け散る。
「……シェリエルめ、戯れていろ! 貴様の思い通りになどさせるものか、王国と纏めて俺が一捻りにしてやるからな! 一瞬だぞ!」
「はいはい、その前に色々やる事あるんだから。まずは、地下に引き篭もってる老人達を味方につけなきゃ」
「ふむ? なんだ、そんな事か」
アカネの言葉を受け、アグレアスはタワーの内部へと足早に入り込んだ。
彼女の話では、相当堅固な防衛線を敷いているようであるが、どうする気なのだろう。
「なんか、黙ってあいつに任せればいい気がしてきたわ……」
「毒されてますよアカネさん!」
そして十数分後、負傷者の治療やタワー外の人民軍と王国軍の残党の掃討がほぼ完了しかけた時、彼は帰ってきた。
やけにタワーの内部が騒がしかったが、果たして何をやってきたのだろうか。
「で、お偉いさん方は?」
「ああ、味方になってもらった」
「ほんと!? やー、アグレアスは凄いわねぇ! ありがと!」
「それほどでもあるがな! なにせ、魔王なのだから! ふははは!」
アグレアスとアカネの二人は、示し合わせたように笑い合う。
それが穏便な手段だったのかは定かではないが、彼がそう言うのなら本当だろう。
服の焦げ跡から何かが察せられる何かを、エリナは無視する事にした。
「さて、それじゃあ放送の準備をするわよ」
「ふむ。それはそんなに重要な事なのか?」
「当たり前じゃないっ! 議会と政府の連中から一人ずつ選んで台本読ませた後、貴方にも色々読み上げて貰うんだからねっ」
アカネは小さな背丈を精一杯伸ばし、びしりと指を突きつける。
胸さえ見えなければ、まるっきり子供だ。
あれで防衛部隊の隊長……否、これからは反抗集団の副長となるらしいのだから驚きである。
アグレアスにリーダーを依頼したのも、その風貌が迫力を生まない事を鑑みての事だったのかもしれない。
あれではむしろ、見た者に癒やしを生むだろう。
「なるほど、王達に脅迫の書状を送るようなものか」
「微妙に合っているような、間違っているような……」
「まあ、いいではないか。───さあ、これからが『魔王軍』の始まりだ」
スーツを翻し、魔王は意気揚々と宣言した。
そう、これからだ。
これから、世界の変革が始まる。
ついて行けぬ者は置いていかれ、抗おうとする者は打ち倒される。
それが、世界征服というものなのだから。
(……そして、私はそれとどう関わっていけばいいんでしょうか)
抵抗する事を諦め、悲しむ事を諦めた。
そして最後に、生きる事を諦めようとした。
そんな少女がどうやって、立ち向かう事を決意した者達と交わればよいのか。
今はまだ、答えは出ない。
けれど、彼らと一緒にいれば、いつか何かが取り戻せるような気がして。
エリナは笑顔を浮かべ、そっとアグレアスの傍に寄るのだった。
「いや、そんな名前でいいわけないでしょ!」
「なにっ!? 魔王が率いるのだから魔王軍ではないのか!?」
「普通の人が、私は魔王ですって言われて分かるわけないじゃない! コスプレ集団だと思われるわよ!」
「コス……プレ……?」
……どうやら、世界征服の前途は多難なようである。
第二話「魔力黎明」
終




