1-5 魔王の力
『糞っ! だがなあ……まだ武器は残ってんだよ!』
それは、とっておきの装備だったのであろう。背部右上にマウントされた大型粒子加速砲が機体前面にスライド、折り畳まれた砲身を展開させようとする。
しかし、よほど長い間使われていなかったのか、悲鳴のような軋みを上げて行われる動作には長い時間を要していた。
そして、そんな時間に付き合う魔王ではない。
「エリナ、あれの何処に人間がいるのだ?」
「えっと、お腹のところだと思います」
「そうか。では、待っていろ」
「……え?」
胸に抱えていたエリナに飛翔魔法〈アニマ〉を施し、空中に放置。
いつか聞いたような悲鳴が聞こえるが、魔王だから無視する。
そして、足裏に魔力を固め、蹴る。
勢いよく地上に向かって跳んだアグレアスは、砲身の展開が終了したばかりのグラムに接近した。
『うわあああ!? く、来るなァッ!』
粒子加速によって発生したスパークの中、取り乱した操縦者の男は機体の腕部を振り回すが、短絡的な行動の為に容易く回避が可能だ。
アグレアスは悠々とコクピット付近に取り付き、装甲板に手を掛けた。
その光景は、男にとってショックなものだっただろう。
空中より飛来した人間が、堅牢な装甲を片腕でもぎ取り、破壊し、侵入してきたのだから。
男は抜き放った拳銃を連射する。
だが、魔力の障壁に阻まれてコクピット内に跳弾、逆に腕を怪我する結果となった。
「あ、悪魔だ……悪魔が俺を……!」
恐怖のあまり、涙ぐむ声に対してアグレアスは不満げに顔を歪ませて言う。
「――――悪魔ではない、魔王様だ」
その日、対戦車用に設計された兵器が、何の武器も持たない一人の男によって打倒される事となった。
◇
エリナは驚愕に震えていた。
ただの生身の人間が、空を飛び、手から炎を出し、あまつさえブレイドを倒して見せた。
御伽噺でもここまで荒唐無稽なものは聞いた事が無い。
「ふむ、あと百体くらいは闘いたいところだが、まずは雨風を凌ぐ場所を見つけんとな」
空恐ろしい事を言っているこの金髪碧眼、長身痩躯の男は、自分をアグレアスと名乗った。
そして、魔王であると。
笑い話にもならない台詞だったが、こうも現実離れした光景を見せ付けられては否定も出来ない。
「おい、エリナ」
「あっ、はい! なんでしょう、アグレアスさん?」
地上に降ろされ、戒めを解かれたエリナはアグレアスが得意げに乗り込むグラムの足元にいた。
傍にはついさっきまで機体に搭乗していた男の死体が転がっている。可哀想だとは思うが、この地域では弱肉強食が常であり、今回はアグレアスという獅子が勝利したに過ぎない。とはいえ同情はするので、一応心の中で冥福を祈っておくのだった。
「魔王様だ。中を見ても、動かし方がさっぱり分からん。お前がこれを動かしてくれんか?」
「はぁ、別にいいですけれど……」
「ほう、出来るのか。もしや、この時代の人間は誰でもこのゴーレムを扱えるのか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、偶然です」
偶然。偶然、そういう必要があっただけの事だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
故にエリナが気にするべきは、今後の身の振り方だった。
「あの、アグレアスさん?」
「…………」
「えっと、魔王様?」
「ふふん、なんだ?」
久方ぶりにそう呼ばれたのが嬉しかったのか、アグレアスは口元を綻ばせた。
覚えたのは、激しい違和感。
(作業場で見掛けた時はいつも、無表情だったからでしょうか。うーん、凄く合わないです……)
鉄面皮で無口。
誰に対しても「はい」か「いいえ」でしか会話をしないレオという人間がいると評判だったのだが、こうも豹変されるとついつい面食らってしまう。
「あのですね……私達、これからどうするんです?」
オルムと呼ばれるこの区域は、マキア大陸の西部に位置する。
西部最大の都市アルテリアから遠く離れ、その治安と風土の悪さから文明の発展から切り離された土地だ。近く開発が行われる計画が進行中とも聞くが、容易ではないだろう。
いずれにせよ、騒ぎを起こしてしまった以上、色々と厄介な勢力が集まってくるに違いない。
早々にこの場から退散し、安全な場所を確保しなければ危険だ。
もっとも、元奴隷であったエリナ達に安全な場所などこの世界に存在するかどうかも怪しかったが。