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その場にいる、誰もが沈黙していた。
百余名の防衛部隊隊員達も、彼らに打ち捕らえられている人民軍も、アカネも、そしてアグレアスすらも。
あと一年で世界が滅びる、その言葉の現実感の無さに。
「……まあ、唐突に言ったところで納得できるものでも無いでしょう。忘れて下さい、世界は滅びません」
シェリエル=ラシェーラは澄ました顔で言う。
「自分ルール強いなあの人……!」
「多分ドSだぜ、天使は七割がそうだってエロゲで知ってらぁ」
「あんたら、あたしのいないとこではずっとそうだったの……? いい度胸してんじゃない……」
「「ひぃ」」
集まった隊員達がそれぞれ彼女の言葉に対して反応を見せるが、当人は翼をふわりと揺らすばかりだ。
隔絶的、と形容出来る。
しかし、そんな彼女と対等に渡り合える者がいるとすれば、それはやはりアグレアスなのだろう。
彼は何事か思案した後、
「寿命か」
「寿命です」
即答であった。
あまりにも短いやり取り。
それ故に、後方のアカネ達は何が何やら分かっていない。
「ねぇアグレアス、どういう事?」
「どうも何もない。この世界の寿命が尽きるのだ」
「……何よそれ、どうしてそんな事が」
「そんな事が言えてしまうのが、シェリエルという女なのだ」
曰く、天から遣わされた者。
曰く、滅びの喇叭を鳴らす者。
曰く、破壊と救済を生み出す者。
かつて人々に天使と呼ばれて崇められ、貶められ、打ち棄てられた少女。
誰よりも世界を愛していた人外だ。
「言ってしまえば、世界の管理人だ」
「世界を……管理?」
「まあ、奴の話はまた後でしよう。しかし、シェリエルよ。貴様、寿命と言ったが……この俺に何か隠し事をしているな?」
アグレアスは腕を組み、彼女を見据える。
その顔は気迫に満ち溢れ、シェリエルでなければ恐怖に身を固まらせただろう。
そして彼女は軽く息を吐き、目を瞑る。
やはり、という風に。
「……バレましたか。ええ、流石はアグレアスですね」
「魔王だからな。とはいえ、流石に不自然が過ぎるぞ」
直接的な切っ掛けは、先刻ホテルに滞在した時に視聴したテレビの情報だ。
言語、文字、自然環境、大陸構成、王国という体制、そしてバルクラフトという名前。
「あれから一万年が過ぎたにしては、どう考えても変化が少な過ぎる」
「そこに気付かない事を期待していたのですが、貴方は時々妙に鋭い。私の運が無かったのでしょうか」
「誤魔化すな、……貴様、何をした?」
「さて、答える義務はありません。とはいえ、私はこの世界に害を与えるつもりはない、という事は伝えておきましょう」
当然だ。
彼女はかつて、世界の管理で手一杯になっていたところを襲われ、しかし何の恨みも抱いていなかったのだから。
むしろ、救い出したアグレアスに軽く説教を始めたくらいだ。
「……待て、だとしても貴様、この世界に何かするつもりだな?」
「ええ、私はこの世界を救わなければなりませんから」
「……もう死んでいるというのにか。……貴様は、どこまで世界を愛している」
「無論、全てをです。しかし……私の目的の為には、どうやら貴方が邪魔なようなのです」
シェリエルが目を細めたその時、彼女の身体を雷撃が横に貫いた。
見れば、虎から姿を戻したイリスが腕を突き出している。
その表情は彼女にしては珍しい事に険しく、シェリエルに対しての敵意が感じられるものだ。
「……アグレアスを傷付けるなら……許さない」
「お久し振りですね、イリス。どうにもアグレアスの周りには、彼を過保護に扱う者が多くて困りものです。彼は私の所有物であるのに」
「……そう、死にたいのね」
「いえ、もう死んでいます」
修羅場か、と防衛部隊の誰かが呟いたが、恐らくきっと違う。