2-39
「楽しかったぞ、コルネリウス」
燃え上がる残骸を前に、アグレアスは笑う。
コルネリウスは死んだ。
復讐に身を捧げ、情熱を燃やした男の意志はアグレアスによって砕かれた。
とてもとても、とてもとてもとても愉快だった。
そして、怪しげな黒いスーツと赤いネクタイを靡かせ、佇む彼の元へ一人の少女が近付く。
「……殺したのね」
「アカネか。ああ、殺した」
命を奪った。
ゴミのように、塵芥のように。
それが戦いだ。
誰も彼もが殺し、殺され合う。
己の命を賭け金に、互いの意志を推し通そうとする。
そういう類の、娯楽の一種に過ぎない。
「貴方は、本当に強いのね」
「無論だ。俺は魔王だぞ? いずれ世界を征服するであろう者だ。だからアカネ、お前も俺の配下になってだな」
「ええ、配下になるわ」
「……なに?」
今まで否定されてきたが故に、面食らう。
アカネの目を見ても、それがジョークである風には思えなかった。
ならば、どういう風の吹き回しなのだろうか?
「あたしは、あたし達は貴方の配下になる。……だからお願い、あたし達を助けて! あたし達を率いて、王国と戦って欲しい! お願い、します」
「アグレアス殿。我々からも、どうかお願いしたい!」
「どうか隊長を、俺達を、街の皆を助けてくれ! アンタにはそれが出来るんだろう!?」
気付けば、彼女の周りには人が集まっていた。
自らの所属を表す、黒い制服に身を包んだ者達だ。
あの拘束されていた男、副隊長や保有していたのであろうB-Raidも複数見える。
まだ都市内部の治安回復活動に勤しんでいる者もいるのか、所属人数に比べるとかなり少ないが、それでもこのタワー前交差点に、凡そ百名の人間が集っていた。
その光景は、まさに黒い波のようだ。
「……王国と戦うだと? だがそれでは、コルネリウスと同じだろうに」
「周囲から見ればそう。でもあたし達は、弱者が犠牲になるやり方を取らない。あくまでも、王国そのものを潰す」
人民軍はテロ活動で民間人に被害を出し過ぎた。
自分達は都市の意志となり、王国の兵士達とだけ戦う。
即ち、クリーンなクーデターだ。
幾らか矛盾していないでもなく、そう簡単に事が上手く運ぶとは考えにくい。
だが、それでもこれが彼女らが出した結論なのだろう。
「ふむ。……まあ、俺の目的はただ一つ。世界征服だ。その過程で国と戦争するというならば、特に問題はない」
「それじゃあ?」
「ああ、まあ一緒に戦ってやらんこともない。ただし、軍の名前は魔王軍だからな! その辺大事なんだぞ!」
死ぬ以前、今となっては遥かな昔に、魔王は政治的な目的を持たなかった。
世界の全てに抗い、ただ欲望のままに征服しようとしただけ。
それと弱者の救済が重なり、人間対魔物という様相を呈したに過ぎないのだ。
リーダーが目的を重要視しない勢力。
それでも構わないというならば、とアグレアスは差し出された小さな手を取ろうとした。
その時、
「────やはりそうなりましたか、アグレアス」
声が、した。
清廉で、どこか神々しく、しかしどこか冷たい印象を受ける声だ。
眼前、アカネや隊員達がどよめいている。
視線はアグレアスの背後だ。
アグレアスは振り返り、驚愕に目を見開いた。
少女が、コルネリウスが乗っていたB-Raidの残骸に腰掛けていた。
今もなお、燃え上がり続ける残骸の上に、涼しい顔で。
「……馬鹿な、お前は死んだはずだ」
少女は異質だった。
長く、艶のある黒い髪、ゆったりとした白色の装束。
それらが似合う、作り物めいた顔立ち。
そして、取り分け目を引くのが背中に生えた、一対の翼だ。
先ほどアグレアスが作り出したものよりも鮮明で、偽物ではない事が見て取れる。
本物だ。
そんなものを持っている人間など、アグレアスの記憶には一人しかいない。
「シェリエル! 何故、お前が生きている!?」
「その質問は間違っています。私は確かに、あの賢者と呼ばれた男によって殺されているのですから」
シェリエル=ラシェーラ。
かつて魔王が助け、しかし殺された天使の少女は冷徹にそう述べた。