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◇
「お前は、どちらだ。助けを求めるのか? それとも、戦いを求めるか?」
アグレアスは眼前の機械に問い掛けた。
(……というかこれ、聞こえているだろうな?)
あのコルネリウスとかいう男が乗り込んだのを見て、決め顔作りつつ声を掛けたわけだったが、アグレアスは機械に疎い。
先程あちらの声が聞こえはしたが、もしや盛大に一方通行なのでは、と軽く不安になってしまうのだった。
重厚な鉄で覆われた人型は、人間で言うところの眼を赤く光らせたまま静寂を保っている。
重厚、と表したが、実際にはそれほど重くも厚くも無いのだろう。
魔王の目からも、その金属の特殊さは見て取れた。
堅く丈夫で、軽く、薄い。
アグレアスが生きていた時代には知られていなかったものだ。
しかし、そういったものが普及するに十分な程、一万年という期間は長い。
(……とはいえ、疑問を持たないわけでもないがな)
転生を果たしてからというもの、様々なものに触れた。
その結果として、違和感を覚えるものが幾つか存在した。
普通に生きていれば分からない事。
一万年前に生きていなければ、気付けない事だ。
『貴様……何者だ?』
その時、ようやくコルネリウスがアグレアスに声を掛ける。
声は警戒と敵意に満ちている。
当然だろう。
自身の計画を滅茶苦茶にした元凶なのだから。
コルネリウス自体はそれを知らずとも、何かよからぬ気配を感じたのか。
「俺か? 前も言っただろう、俺は魔王レオ=アグレアスだ」
『……ああ、そうかよ。殺してやる、化物め! 私は妻の死体の前で誓ったんだ! 必ず王国を火の海に変えてやると!』
彼の怒りを表すように、排気が空気を曇らせる。
武装は持たずとも、B-Raidだ。
生身の人間が勝てる相手ではない。
それを前にして、アグレアスは洪笑した。
「そうか……では、殺し合おう! この俺に戦いを臨むというなら、全力で相手をしてやらねばならん! 全身全霊を懸けた殺し合いだ!」
笑い叫び、魔力を存分に解放する。
力は反発し、鋭い唸り声を上げた。
ちょうど今も暴れている彼の配下、大きな白い虎が放つ雷のように。
大気が、軋む。
ギチギチと、火花を散らしながら。
『死ねぇぇぇッ!!』
男は怯まず、雄叫びを上げてB-Raidを前に加速させた。
止まれない。
コルネリウスは、王国を打ち倒す日を迎えるまで決して止まるわけにはいかないのだ。
その為にクズ共と協力し、かつての仲間を利用し、大勢を殺した。
ならばこそ、コルネリウスは歩みを止めるわけにはいかない。
B-Raidの腕を振り上げ、拳を作る。
叩き込むのは高速の打撃だ。
戦場に君臨する王者、B-Raidの殺人行為は極めて正確に、人間を肉片と変えるだろう。
人間が回避出来る速度ではなく、外れたとしても風圧で重症を負わせる。
『死ね……! 消えろ化物ォ!』
打撃が、叩き込まれた。
空気が巨大な質量によって裂かれる。
B-Raidの拳が迫る。
それを、アグレアスは真正面から叩き潰した。
「ッ────!」
アグレアスは跳躍し、魔力を迸らせた拳でB-Raidの腕を殴りつける。
光が炸裂し、空気が震動した。
力の均衡は一瞬だけ。
すぐにバランスは崩れ、戦車砲の一撃にも耐えるであろう装甲が粉砕された。
『……そ、んな……くそっ!』
コルネリウスは呻くが、すぐに残った腕でアグレアスを押し潰そうとB-Raidの手を伸ばす。
しかし、閃光が生まれ、腕が消えた。
魔法で生み出した熱線が、装甲を容易く飲み込み、溶断したのだ。
熱線は、次々と装甲に撃ち込まれていく。
その数が十を超え、やがて百を超える。
もはやB-Raidにまともな手足は無く、一歩だって動ける状態では無い。
だというのに、コルネリウスは叫ぶ。
『……ま、だだ! まだァァァァァッ!!』
危険表示を全て無視し、加速器を点火。
全身から火が吹き出るのも構わず、B-Raidは突撃し始める。
足元のコンクリートを削り、砕き飛ばし、火に包まれた巨人が迫ってくる。
「来い! 来い、人間! この俺が、魔王がお前を殺してやる!」
アグレアスは宙空に無数の熱線を展開。
射出するも、コルネリウスは死に物狂いで胴体への着弾を避ける。
ほとんど奇跡と言って良い回避だ。
そしてそれ故に、次はない。
避けられた熱線を再び魔法によってコントロールし、一つに合わせる。
作られたのは、一条の熱線だ。
『なんだと!?』
極大のそれが背後からB-Raidを襲う。
コルネリウスは機体を捻らせて避けようとするが、既に遅い。
熱線は機体の中央を抉り、大穴を開けた。
ついに加速器を無くし、B-Raidは地に堕ちる。
コルネリウスの乗るB-Raidはそれでもボロボロになった脚を前に進めようとしたが、力尽き、膝を折った。
そして、
『…………王国に、死を』
機体はコクピットの存在していた胴体から火を吹き、爆発、炎上する。
それは復讐に全てを犠牲にした男の終わりであり、人民軍の終わりであった。