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◇
爆炎に照らされた交差点。
復讐に全てを捧げた男と魔王が出会った頃、都市を守る者達を率いた少女とその部下は再開を果たしていた。
「アカネ、隊長……生きていたのですか……」
「……ああ、私は……いや、あたしは生きてたわ。しぶとくもね」
呆然とした男は戒めをエリナによって解かれ、しかし立ち上がろうとはしない。
膝を突き、アカネを見つめている。
そしてアカネもまた、立ち尽くし、次に何と声を掛ければいいのか迷っていた。
そんな両者をエリナは暫く見つめていたが、進展が無いと悟ると、白い服を揺らし、どこかへと駆けていった。
アカネと副隊長がその場に残される。
沈黙は永遠かと思われたが、アカネがおもむろに口を開く。
「……何で、王国軍を攻撃したの?」
純粋な疑問だ。
確かに、彼らによって引き起こされた腐敗は酷く、この騒動の勝者が彼らとなればそれは更に加速するだろう。
許せないはずだ、認められないはずだ。
そのくらい、アカネとて判っている。
だが、それだけでは地位も名誉も全てを投げ捨て、反抗勢力と化す動機としては弱い。
まだ、何があるのではないか?
(……あたしの知らないところで、知っていなくちゃならなかったところで、何かがあったんじゃ)
不足だ。
力が、意志が、行動が、あらゆるものが自分には足りていない。
それはつまり、自分が彼らの隊長として相応しくないという事。
ずっと前から分かっていて、それでも何とか出来ると思っていた。
そして、何とも出来なかった。
「……ごめんなさい。……あたしなんかが、隊長になったせいで」
慟哭と懺悔。
両方が入り交じった言葉を、彼女は漏らす。
目を伏せ、無力感に手を震わせた。
そして、その一言を口にしようとする。
「あたし、隊長失格で……」
「───我々は、貴方に救われました」
「……え?」
何を言われたのか、理解出来なかった。
救われた?
誰に? どうやって?
「我々は一年前、王国に反旗を翻すつもりでした。当時隊長であったコルネリウスを殺され、都市の腐敗を加速させる彼らの行動に我慢の限界を迎えていたからです」
副隊長は膝を地面に突き、アカネと対等の目線を以て会話に臨む。
その目は柔らかく、死線をくぐり抜けてきた男のものとは思えない。
「それを変えてくれたのが、アカネ隊長です。貴方は、我々を恨みから解放してくれた」
「……でも、あたし、何も出来なくて……」
「確かに、隊長は要領も悪く、話術が達者と言えません。しかし、それでも前へ進もうと、都市を良い方向に変えようとする姿勢に、我々は気付かされたのです。都市を変えようと息巻いていても結局、自分の怒りをぶつけようとしているだけに過ぎない、と」
「そんな…」
知らず知らずのうちに、アカネは彼らの心の支えとなっていたのだ。
そして、今回の暴挙はひとえにアカネを殺された事で全てを投げ捨てた、こんなシンプルなものに過ぎない。
「だから貴方は、隊長失格なんかじゃありません」
「……ありがとう。でも、あたしなんかでいいの? こんな無力なあたしの部下でいてくれるの?」
「はい、勿論です」
副隊長の声に反応してか、幾枚もの投影板が現れ、声を作る。
それらはアカネの無事を喜ぶものであったり、王国への不満をぶちまけるものだったりした。
しかし、要約するとまだアカネの下にいたいという事だ。
「……そう。それじゃ、あたしと一緒に来てもらうわよ」
「ええ。貴方となら、どこへでも」
元々言おうと思っていた事を言う為、アカネはピンと背筋を伸ばす。
そして、言った。
「あたし達は、とある男をリーダーにして、王国をより良いものへ変える集団となる」
「……それは、つまり……?」
「つまり……あたし達は、防衛部隊である事をやめるのよ」