2-30
アグレアスとアカネはエレベーターの外に転がり出た。
そして、アカネが手元の投影板を操作すると、開いていた扉が今度は勢い良く閉まる。
装甲兵を閉じ込めた形だ。
だがアカネは猛然と走り出し、アグレアスもその剣幕から自然と足を動かす。
先頭は足の長さの関係上、アグレアスへと変わった。
「そこまで急ぐのか?」
「当たり前よ! いい? あれは、戦車と戦う事を目標に作られた兵器、外骨格なの。現段階じゃ、そこまでの性能は得られてないけど、人間が生身で戦って勝てる相手じゃないって事は確か!」
「なるほど……それは戦ってみたいな!」
「……ええ、まあ、言うと思ったわ」
アカネが半目で呆れた時、轟音が響いた。
何か、分厚い金属がどうにかなってしまったような音だ。
後ろを振り返ると、エレベーターの扉が天井へ突き刺さっている。
「なるほど、今あれと戦うのはマズイな」
「分かったら黙って逃げるわよ!」
アグレアス達は細い通路を疾走する。
一本道ではあるが、雑然としていて走りにくい。
どうやらここは、土産物が多数設置されている購買フロアのようだ。
ベインくんぬいぐるみや招き猫ステッカー、ベイン・タワーの形をした歯ブラシ等、奇妙なものが陳列されていた。
それらを、装甲兵が薙ぎ倒していく。
陳列物は勿論、固定された鉄製のケージも含め、全てがゴミ同然のように。
足元を見れば、一歩ごとに床が捲れ、穿たれ、吹き飛んでいっていた。
走るコースは直線だが、あのような走破性能、機動性では魔法を当てるのも至難の技と言えよう。
「おお! 化け物か!」
「室内戦を想定してないから、本気で外走ったらあんなもんじゃないわね」
大地を抉るくらい本気で床を蹴ったら、床に穴があいてしまうという事だろうか。
いずれにせよ、極度の緊張からか逆に冷静になっているアカネはいよいよ危ない。
とはいえ、命懸けのレースも終盤を迎えようとしている。
階段が見えてきたのだ。
(……階段とは、マズイな)
そう。
階段を昇るという事は、それだけ減速を得るという事なのだ。
現状でさえ、あと数秒で追い付かれてしまうのに減速するとなれば、不味い事態に陥るかもしれない。
しかし、道は一つ、ならばそれに全てを懸けるべきだ。
まず、一段目にアグレアスが足を掛ける。
続いて、二段目。
そして三段目へと続けようとした時、アカネが痛みに満ちた悲鳴を上げた。
後ろを見ると、階段よりも少し手前の廊下で、アカネが床に倒れ、その背中には金属片が突き刺さっている。
装甲兵が砕いた鉄製のケージの破片を、強化された膂力でアカネに投げつけたのだろう。
「アカネ!」
「……行って、……止まったら駄──」
言葉を言い終わらぬ内に、装甲兵が彼女の横を抜け、アグレアスの元へ到達しようとする。
床に足をつけた、溜めの動作だ。
それが離された時、低級魔法の使用が一回しか許されていないアグレアスによる迎撃が通じるかどうか。
アグレアスが概算し、魔法を繰り出そうと構え、装甲兵が足を離そうとした瞬間、甲高い音が響いた。
「……待ちな、さいよ……!」
アカネだ。
彼女が、背中に刺さった金属片を引き抜き、装甲兵に投げ返したのだ。
床に倒れ伏し、髪の色と同じ液体を流れさせながらも、彼女は敵を睨み、攻撃していた。
「……お前、……お前ら、なぁ」
地べたを這い、床に散乱した土産物を投げつける。
その勢いは弱々しく、今にも気を失いそうだ。
装甲兵は別段無視しても構わないと判断したのか、顔をアグレアスへと向け直す。
だが、異物が付着したという情報表示が、目線を足元へと向けさせた。
アカネだ。
アカネが、気力を振り絞り、装甲兵の右足に腕を回していた。
「……無能を、舐めんなっ……!」
鬼気迫る表情で、彼女は王国の兵士を睨む。
その視線はこの時、確かに機械の鎧に身を包んだ男を怯ませ、排除しようという気にさせた。
足を軽く振って、アカネを振り払う。
そして、拳を叩きつけて黙らせようとする。
その過程で、アグレアスは階段を蹴り、一気に装甲兵へと近付いた。
「それでこそ我が配下だ、アカネ!」
装甲兵がその行動に気付かないはずも無いが、しかし行動の不可解さに首を捻る。
何故、生身で素手の男が近付いて来るのか。
何故、この金髪の男は笑みを浮かべているのか。
それが分からず、アグレアスの接近を許してしまう。
そして、魔法が放たれた。
風の低級魔法だ。
ある程度の生物を切断する、一陣の風の太刀。
無論、全身を特殊な金属で覆っているバレット・ドレスの装甲には通じないだろう。
だがそれを、中に潜む者の息が漏れる装置、呼吸器に対して送り込めばどうなるのか。
『!? っゴバババゴガガガァッ!?』
結果として、王国軍兵士の口内、及び喉はズタズタに切断され、多量の出血と欠損を引き起こした。
装甲兵は、アカネの横へ音を立てて昏倒し、二度と起き上がらなくなる。
魔王と、アカネの根性による勝利だ。




