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『君は、どういうつもりだ?』
男の声が、機体に取り付けられた響音器から響いた。
言葉の意味を考えると、彼はエリナの戦いを見て、疑問を覚えたという事だろう。
エリナは少し迷った後、黒いガラティーンと同じく、響音器の電源を入れる。
『えーっと、私はただ、魔王様を守りたくて』
『……失礼、私は防衛部隊の副隊長をやっている者だが、民間人であるなら即刻その機体を降りて頂きたい。民間人の保護は我々の任務だ』
半ば呆れた風に、副隊長らしき男はエリナに勧告をした。
なるほど、彼の言葉は正しい。
ただし、昨日まではという話だが。
『でも、今はただのテロリストですよね?』
『っ、それは……』
『違いませんよ。混乱に乗じて王国軍も一緒に攻撃、なんてしてるんですから。もう貴方達に、誰かを守る為だなんて言わせません』
言葉を紡ぐエリナの目は平静だ。
心もまた、恐ろしいほど静かに凪いでいる。
決して喚かず、騒がず、けれど鋭く彼を責めていた。
『……そうだな。これは、我々の私怨による戦いだ』
『私怨、ですか』
『そう、私怨だよ。……殺されたのだ、殺しもする。そういう戦いなんだ』
声は震え、怒りに満ちている。
紛れもなく、これはただの開き直りだ。
だが、エリナは小さく笑い、
『……ええ、そういう事なら理解出来ます』
『ならば───』
男の返答を待たず、エリナはグラムを動かして屈ませる。
そして、床に転がった王国軍B-Raid用の小型ライフルを手に掴ませた。
『抵抗するのか!?』
『いいえ、守るんです、私は』
照準を副隊長の機体に合わせようとするが、即座に右へ加速器を噴かせる。
瞬間、大型のライフル弾が辛うじて残骸が残っていた左腕を肩口ごと削り取る。
間一髪の回避だ。
相手との問答が無ければ危なかっただろう。
(……これは、敵にしたのは失敗かもですね!)
思う間も、続いて第二射、第三射が撃ち込まれていく。
エリナはそれらをギリギリで避け、自身も小型ライフルで応戦するが、相手は加速器を小刻みに噴かせ、右腕で狙える射角の外側へ逃れる。
思った通り、かなりの手練だ。
(……魔王様、出来るだけ早くお願いします!)
◇
「ふむ。今、エリナが困っている気配がした」
「そりゃそうでしょ、一人で戦ってるのよ?」
アカネの言葉に、アグレアスはそれもそうかと納得した。
「傷は大丈夫か?」
「ええ。信じにくいけど、貴方の魔法ですっかり治っちゃったわ」
そう言ってアカネは微笑むが、背中に手をやっている辺りまだ痛みがあるのかもしれない。
高等ならまだしも、中級治療魔法では完全な治療は難しかったのだ。
それも、そう何度も多用できるものでは無くなっている。
「浮かない顔ね、どしたの?」
「……内的魔力の残りが少ない。封印を解く分を考えると、それまでに魔法は弱いものが一回くらいしか使えんだろうな」
「封印、ね。あの猫の像がそんな代物とは、未だに眉唾なんだけど……あ、そろそろ着くわね」
アカネは背伸びをして表示を確認し、目的地の到着を告げた。
「鉄の箱が、塔の中をこうも速く移動するとはな……」
「よく分かんないとこで感動するのね……って、あれ?」
その時、ガクンと不自然にエレベーターが揺れ、動作を停止する。
現在位置は、最上階からちょうど一つ下の階だ。
鉄の箱は、不気味に沈黙する。
否、遠くから微かに、カンカンと金属音のようなものが聞こえてくるだけだ。
「む? 何事だ?」
「っ!」
訝しむアグレアスを他所に、アカネが素早く投影板を浮かべ、何やら高速で操作する。
すると、エレベーターの扉が開いた。
どうやらアカネが無理やり外部から働きかけて、強制的に開かせたようだ。
「どうした、アカネ?」
「……どーも嫌な予感がするのよね、早くここから出───」
彼女が言い終わらぬ内に、ソレは現れた。
エレベーター上部に取り付けられたファンを、突き破り、破壊する。
見えたのは、鉄の腕。
やがてソレは頭を見せ、上半身を見せ、全身を露にさせた。
「……なんだ、こいつは」
「バレット・ドレス、王国軍が生んだ化け物装甲よ!」
明滅する瞳が、上からアグレアス達を見下ろす。
「そうか、これがほらー映画というやつだな!」
「言ってる場合!? 逃げるわよ!」




