2-27
◇
数分前。
アグレアス達はエレベーターホールへ辿り着いていた。
扇状に広がった空間にはおびただしい数の弾痕、そして折り重なった死体。
入口を封鎖され、逃げ惑った結果なのだろう。
突入したエリナを迎撃する為に出払っているのか、周囲に人気はない。
「最上階へはそっちで行けるわ、あたしはこっち」
複数の戸口を前に、アカネは指し示してみせた。
人民軍らが人質を取っているであろう場所に続く扉は、他に比べて数段豪華な装飾が施されている。
「そうか、礼を言う。……で、このやたら固い扉は何故開かんのだ?」
「あんた、エレベーター知らないの!?」
「ふっ、魔王だからな」
意味わかんない、と言いつつ彼女は戸口の横に設置されたパネルを押す。
タグ情報が検査され、間もなく銀の扉は横にスライドして開き、最上階を目指す準備が整えられた。
「アカネ、本当に俺が付いていかなくていいのか?」
「当たり前でしょ、このくらいしなきゃ隊長として示しが付かないんだから」
そう言って、アカネは小さな腕でアグレアスを中に押し込む。
僅かな間に衝撃的な事が続いたせいか、随分とアグレアスとの距離を縮めているようだ。
もっとも、これからの行動次第では二人は二度と会えないわけだが。
「あんたこそ、本当に一人で行く気?」
「当然だ。配下を出迎えにいくくらい一人で十分だからな」
「配下ねぇ……それってやっぱり私も入ってるわけ?」
「それも当然だな。アカネのような人間を手放す訳が無い」
「あ、そう。……まあ、助けられたのは本当だし、そういう風に呼ばれあげてもいいけど」
照れたように彼女は笑う。
アカネとしても、アグレアスに悪い感情だけを抱いている訳ではないらしい。
「それじゃあ、行くわ。だからその、死なないでよね」
それだけ告げると、顔を背け、アカネは去った。
背中が遠ざかっていく。
どんどんと遠くへ、手の届かない場所へ。
ふと、アグレアスは既視感を覚えた。
アグレアスがまだ、多くの者に魔王と呼ばれていた古い話だ。
けれど、魔王はよく覚えている。
かつて、そうして去っていった者達の末路を。
「……シェリエル」
金髪の隙間から覗く双眸は、一人の少女を映していた。
賢者と呼ばれた者によって失われ、魔王が死ぬまで続いた争いの火種。
全ての原因の名を呟く彼の前で、扉が閉まり切る……直前、銃声が辺りに響いた。
そして、肉が血飛沫を上げて倒れる音も。
「っ! アカネ!」
叫び、先程までアカネが弄っていたボタンを見る。
開閉装置であるが故に、二つのボタンが横に並んでいた。
右が、左か。
迷いは一瞬、手を素早く左のボタンへ叩きつけた。
◇
少し前、アカネはアグレアスに別れを告げ、エレベーター内から足を踏み出していた。
(……訳わかんない人だったけど、これでお別れと思うとちょっと寂しいわね)
車で爆殺されかけたら魔王を名乗る青年に助けられ、今度は王国軍に駆け引きの材料にされかけたところ、目の前で手から炎とか出されてまた助けられる。
どんな一日だ、と思う。
だが、覚悟を決めるべき日でもある。
王国と戦うべきか、否か。
(……まあ、実際無理よね。大陸の外に目が向いてるって言っても、あたしが動かせる戦力じゃどうにもならない。他の都市の連中と連携しようにも、あたしにコネは殆ど無いし)
冷静に考えると、自分は相当の無能なのではないだろうか。
そんな事を思って悲しくなる。
防衛部隊に国を動かす程の求心力は無い。
アルテリア内の王国軍を一掃し、人民軍を駆逐出来ればまた違うかもしれないが、現状ではかなり厳しいと見ていいだろう。
だが、かといって人民軍に取り入る訳にもいかない。
彼らの無駄に市民を犠牲にするやり方は容認出来るものではないからだ。
「だからまあ、とりあえず何をするにしても人民軍をとっちめるわけだけ、ど……」
呟いた言葉は途中で消える。
視線の先、乗り込もうとした式典用フロアへ通ずるエレベーターから、数人の男達が現れたのだ。
それぞれ腕、肩、首に赤い布を巻いている。
(肩こりや筋肉痛を癒してる……ってわけじゃ無さそうね)
手に提げた自動小銃からして、どう考えても人民軍の兵士だ。
アカネは知らない。
最上階では先程火災が発生し、その知らせが人民軍にも届き、調査を命じられた者達がいたという事を。
ただ、偶然の鉢合わせである。
アカネにとって超絶不幸な。