2-24
◇
豪炎が、空を照らしていた。
人型の大きな機械が一機、炎に包まれて炎上しているのだ。
内部に人間を必要とする機械であり、炎の中ともなればパイロットは無事では済まないだろう。
しかし、中にパイロットはおらず、吹き飛ばされ、地面に転がっていた。
そのどちらもを引き起こした人間、アグレアスは不敵に笑う。
「フハハ、よし」
「よし、じゃないですよ魔王様! こんな大勢の前で魔法なんて使って、凄く目立ってますよ!?」
アクレアスの隣で銀髪赤目の少女は慌てふためくが、目立っているどころの騒ぎではない。
彼らがいる場所は、住民の多くが利用する事を目的に作られた広場だ。
大型のテレビモニターが設置され、非常時は避難先にもなっている。
それ故、現在の広場には百名を超える人間が集まっていた。
そして、防衛部隊の隊長である見た目が中学生くらいの少女アカネや、王国軍保有第二世代B-Raidガラティーン等も存在している。
その全てが、アグレアスに注目しているのだ。
「……あなた、今さっき手から炎を……でも、そんな馬鹿なこと。……だけど、現にB-Raidが……」
困惑した様子で呟くアカネ。
無理も無い、いきなり振り向きざまに手から炎を出す人間が現れれば、激しく動揺し、恐怖するはずだ。
敵対心を向ける輩も出るかもしれない。
だが、エリナが心配しているのは、そういう事ではない。
『貴様! 何の手品かは知らんが……我ら王国軍によくも!』
そう、アグレアスは攻撃したのだ。
世界の三分の二を勢力図に収め、直接的な支配をしない事を謳いながらも強い圧力や政治的恫喝を繰り返す王国。
その一角の守護を担う、王国軍兵士相手に。
二機のガラティーンは白く塗装された機体を微妙に動かし、アグレアスを警戒する。
そして、巨大な銃の先端を彼に向けた時、片方の腹が火を吹いた。
『何!? 次はなんだ!?』
広場に集まる多くの市民が、それはこちらの台詞だと思ったかもしれないが、口に出す余裕などない。
何しろ、全長約七メートルもあるB-Raidが、ゆっくりと倒れ込んできたからだ。
パイロットは先ほどの爆発で命を落としている。
「銃撃……しかし、一体誰が……?」
「よく見ろ、あのビルの陰だ」
アカネは疑問した後、アグレアスが示した方向を見る。
度重なる爆発によって電力供給が不安定になっている為か、街灯はおろかビルの灯りも何もない。
そんな中で、アカネは鍛えた観察力で闇を見つめる。
すると、闇に紛れて銃口を王国軍に向けるB-Raidが存在した。
黒くペイントされている事からも、よほど注視せねば気づけないだろう。
それだけでなく、王国軍B-Raidの頭部カメラによるレーダー捕捉の範囲外でもある。
アカネは、嫌な予感がするとでも言いたげに顔を歪めた。
アグレアスは知らない事だが、彼女の予感はなかなか外れない。
そしてそれが、悪い事ならば尚更だ。
「あれは、防衛部隊のB-Raidですね魔王様」
エリナがとんでもない事を言う。
この闇の中で、機体の形状を正確に捉えているのだろうか?
いや、大事なのはそこではない。
「防衛部隊というと、アカネの縄張りではないか」
「ち、違う! ……有り得ないわ!」
都市の力である防衛部隊が王国軍を攻撃する。
そんな事があってはならない。
そんな事をしては、都市そのものが王国に楯突いたと捉えられかねない。
そんな思いからか、アカネは声を荒げて否定した。
そうしている内に、残った一機のガラティーンが黒いB-Raidを見つけたらしく、銃撃して牽制する。
弾は当たりはしなかったものの、怯ませるには十分だったようでビルの陰から姿を消す。
と思った瞬間、広場の上から黒いB-Raidがもう一機現れ、地面へ急降下。
ガラティーンの背中を巻き込みながら着地し、地面へ押し倒した。
市民は恐慌し、広場から脱出しようと逃げ惑う。
『貴様ら、防衛部隊かっ!? 都市政府は何を考えて……ぐあぁっ!?』
ガラティーンの腹部へ銃弾が叩き込まれ、断末魔と共に動かなくなった。
よく見れば機体の特徴は両者共に似ており、性能も同様なのだろう。
つまり、技量の差によってこれほど一方的な展開になったといえる。
もはや防衛部隊の物である事は確定的であるB-Raidは先を急いでいるのか、倒れ伏したガラティーンにも逃げ惑う市民にも目をくれず、背中から火を噴かせてその場から飛び去った。
「ま、待て! ……待ってよ!」
アカネは足をやや引きずって叫ぶが、既に遠く彼方。
方角からしてあの機体もベイン・タワーに向かっていたようだが、目的は定かではない。
「ベイン・タワー……行かなければ、私もあそこに……」
「ほう、目標が合致したな」
アカネの呟きに、アグレアスが反応する。
否定されようが何を言われようが、彼にとってはアカネは配下。
無下にする事は出来なかった。
「よかろう、ではエリナ。あの倒れているB-Raidを使って、タワーまで行くぞ」
「ちょ、ちょっと!?」
言うが早いが、彼はアカネの手を取り、燃え盛る火の中を進んでいく。
人民軍が使用し、片手を失ってからパイロットが逃げ出した機体を使うつもりなのだ。
破壊の状況から考えて、不可能な事ではなかったがまず間違いなく王国軍の攻撃に晒されるだろう。
(このアグレアスって人……何なの? 魔王とか言ってたけど、新手のテロリスト?)
金髪に怪しげな黒スーツという身なりの男を暫し眺め、アカネは尋ねた。
「ねぇ、さっき手から炎出してたけど、あれは何?」
「魔法だ」
「……ちょっと、からかってるの? 魔法なんて子供じゃないんだから……」
「子供と言えばアカネ、お前は本当に背が小さいな。それで19だと? 魔法で背を伸ばしてやろうか?」
「余計なお世話よ馬鹿っ! …………は、話だけ聞かせて」
そしていつしかアカネは、口調が防衛部隊隊長としてのものではなく、アカネ本来のものになっているのだった。