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超機械文明に魔王が転生したならば!  作者: Per猫
第二話「魔力黎明」
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2-23



 そのフロアは、闇に閉ざされていた。

 明かりは消され、展望用の窓もシャッターを降ろされている。

 通常ならば一般人にも開放されているはずの場所だったが、予期しないトラブルによって管理を放棄されているのだ。

 アルテリアの発展と腐敗を象徴する建物、ベイン・タワーのマスコットとして最上階は機能しているものの、基本的にはいらない区画である。

 いや、正確に言えば、マスコットになっているものは別にあった。


「私はね、この石像が『招き猫』だなんて名前で呼ばれている事に、疑問を覚えずにはいられないんだよ」


 「招き猫」、それがタワーのマスコットである石像だ。

 そして、その石像の前に、幼い子供を連れた男が佇立していた。

 老化とは別の原因で髪は白く、対照的に黒く長いローブを身にまとっている。

 顔立ちは若々しいものの、石像を見据える双眸は深い知性が宿っていた。

 その白髮しろかみの男の風貌は、一見すると賢者のようだ。

 だが、形の良い口から紡がれる言葉は妙に軽く、それでいて悪意に満ちていた。

 顔そのものは、愉快そうに微笑んでいるにも関わらず。


「だって、猫の要素なんて耳の部分だけじゃない? この二つの突起を隠したらもう、ただの岩だよこれ。……一部分だけを捉えて名前を付けられるとか、まるで何処かの誰かさんみたいで懐かしいよ。―――ねぇ、バルクラフト?」


 男は、王国創建の英雄の名を、まるで友人であるかのように気軽に呼んだ。

 しかも、隣にいる子供に向かって。


「否定します。ボクは、バルクラフトなんて名前じゃない」


 声の高さから鑑みて少女なのだろうが、やけに無感動な声だ。

 少女はその背丈から、十二歳前後と判断が付けられたが、身体や頭部の殆どを白髪しろかみの男のものと同じローブで覆っている為、体格や人相が不明瞭であった。

 だが、少女が放っている殺気は推測出来る年齢と不釣り合いに鋭く、隣に立っていたのが常人であれば一瞬で昏倒してしまっただろう。

 それを、白髮しろかみの男はいとも簡単に受け流す。

 この程度、毎日のように晒されていたと言わんばかりに。


「ああ、そうだったねぇ! 今はまだ、そうなんだった。君には名前も無いしね」

「肯定します。それに、何処かの誰かさんと貴方は言ったが、人々に彼を魔王と呼ばせたのは、ルキエ、貴方だ」

「まあねぇ。だけど、途中からは自分でも名乗っていたんだし、むしろ命名してあげたと感謝して欲しいね、私は。それを非難されるなんて、心外だなぁ!」


 ルキエと呼ばれた白髮しろかみの男は、口元を三日月のように裂けさせながら、不満を口にした。

 そして、矛盾した行動を取るルキエに対し、少女はやはり殺気を放ちつつ、無感動に言い返す。

 そういう風な行動を取れと、プログラムされているかのように。


「否定します。ボクは非難なんてしない。そんな行動は、取れない」

「そうだねぇ。君がそんな事をする意味なんて無いもの。君はただ、私の言う事を聞いて、……ゆっくりと確実に、『勇者バルクラフト』になってくれればいい」


 ルキエは、そう言って垂らしていた腕を上げる。

 ローブの袖がズリ落ち、その下から壊死しかけた皮膚を覗かせた。

 明らかに、生きている人間の腕ではない。

 だが、ルキエは動きも軽く、飄々と手を打ち合わせる。

 すると、パンという小気味良い音と共に、耐燃焼性に優れたはずのフロアの床一面に火の手が上がった。

 そして、非常ベルの音が鳴り響く。

 今現在、このタワーはとある二つの勢力によって占拠されており、このような状態になれば上からの攻撃に警戒せざるを得ず、最上階への通行は難しくなるだろう。


「疑問します。いやがらせですか、ルキエ?」

「そういう言葉は覚えなくていいよ。それに、嫌がらせだなんてまさか! これは、彼へのちょっとした挨拶だ」

「否定します。普通に気付かれずに終わるでしょう。貴方は所謂、寂しい人です」


 やや口が悪いようにも見受けられるが、少女としては非難でもなければ中傷でもない。

 単に、事実を述べているだけだ。

 ルキエも少女の言葉に少しも傷つく様子は見せず、笑みを濃くした。


「だろうね。でもさ、仕方ないじゃん? 目的の為には、私達は表立って行動する事は出来ないんだから。だからまあ、彼を通りすがりにつついて、気付かれずに追い立てるってわけだよ」

「……確認します。貴方は本当に、彼の行動を予測し、抑える事が出来るのですか?」

「まあ無理じゃん?」


 狂気じみた笑顔を見せるルキエの背後。

 シャッター越しに今も抗争が続けられている街にて、一際大きな爆炎が上がった。

 一般人が見れば、それをガスの爆発事故などによるものだと思っただろう。

 まさか、ただ一人の人間の力によって引き起こされたとは、夢にも思うまい。


「だって、彼が何で今生きているのかも正直よく分からないからね。あの死に損ないが、まさか魂に細工でもしているのかな。本当、糞のような奴だよ。さっさと死んで欲しいんだけどね。いやまあ、一度死んだんだけどさ。君だって嫌いだろう? ……でもねぇ、忌々しいことに、私達は彼に期待するしかしかないんだよ――――」


 そして彼は、現代を生きる人間であれば、王族でさえも知り得ない名前を口に出した。

 古くふるい、憎むべきその名を。


「―――私達が大嫌いな彼、アグレアスにね」



 そんな男の様子を、少女は無感動に見つめる。

 目的さえ果たせれば、アグレアスなどどうでもいいという風に。

 だが、彼女はまだ知らない。

 自身がいつしか、目的よりもアグレアスに魅了されてしまう事になる、と。

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