2-22
◇
「……王国軍、か」
アカネは戦闘の余波で広がった苦痛に顔を歪め、忌々しげにその名を口にする。
それと同時、三機のガラティーンが今度はアカネを取り囲んだ。
そして、中央の一機のコクピットが開き、一人の男性が降りてきた。
薄く、伸縮性と耐燃、耐寒性に優れた白地のパイロットスーツを着用している。
男は階級が高いのか、三機を代表して降りてきたようだ。
広場に残る多くの市民、そしてエリナという少女も、彼とアカネを恐る恐る見つめていた。
「貴官、やはり……アルテリア防衛部隊アカネ・アンキエールだな? 我々と共に同行せよ、これは命令である!」
焦燥を滲ませた声で、パイロットの男はアカネの身柄の引き渡しを要求する。
王国軍は指揮官の喪失によって、内部にかなりの混乱を抱え、士気も低下している事だろう。
アカネを連行し、生きている事を報道すれば人民軍の行動の間違いを指摘出来る。
人民軍に勝利する為の足掛けとなる事が出来るのだ。
……事が終われば、占拠を未然に防げなかった責任の求め先として、人民軍の偽装などではなく、今度は本当に王国軍によって暗殺されるだろうが。
「……分かった、従おう」
アカネは声を絞り出し、ガラティーンに向かって歩き出す。
だが、行く手を金髪の男の背中が阻んだ。
「――――待て」
金髪碧眼、長身痩躯。
アグレアスという青年だ。
先程から魔王だのよく分からない言動を繰り返していたが、その行動は洒落にならない。
王国軍に楯突くという事は、大陸中を追われるという事に繋がるのだから。
「俺の配下に手を出すな、消えろ」
「っ! ちょっと、何言っているのよ!? 危険だから下がって!」
「ふん、ようやく子供らしい口調になったな」
青年はそう言って、愉快そうに笑う。
見た目子供の自覚があるとはいえ、どう見てもまだ青少年の子供に言われるのは辛い。
「……私は、彼らの元に行かなきゃ駄目なの。人民軍の正当性を失わせ、勝利する為には」
「それは、お前が本当にしたい事か?」
アグレアスは振り返り、真摯に問う。
軽薄そうな笑みを消し、アカネの瞳を見つめて。
それは、異様な迫力に満ちていた。
まるで、自分の意思一つで世界をも変えてみせるとでも言いたげな。
そしてそれが、この青年なら可能なのではと思わせるような。
今この時、つい先程までただの市民と思っていた青年に、アカネは気圧されていた。
(私が……本当にしたい事……?)
それは、都市を平和にする事だ。
だが、この内乱に王国軍が勝利すれば、アルテリアの王国派の権力は増大し、政治腐敗と犯罪の蔓延が更に深刻なものになるだろう。
それは果たして、アカネ達にとっての勝利と呼べるのか。
(違う……もはや王国というものがある限り、アルテリアに平和は訪れない。だが、防衛部隊の立場上、王国軍を敵にするわけには……!)
「自分を縛るな、生きたいように生きればいい」
「そんな簡単に言わないで! ……私なんかが、何も出来ない私なんかが、そんなことしていいわけ無いじゃない!?」
親や周囲の期待に応える事も出来ず、防衛部隊の立場の悪化を食い止められなかった。
不正を暴き、王国軍に一矢報いようと思えば、それを人民軍に利用される始末。
力が無い。
覚悟が無い。
何も無い自分なんかに、何も出来やしない。
暗く、重い、泥のような感情がアカネの胸に流れ込む。
無力感だ。
都市の不正と人民軍の暴挙を防げなかった事に起因する、十九歳の少女にとって、あまりにも重すぎる無力感。
視界の端で、また一つ都市に爆発が起きる。
「……私、結局みんなに迷惑ばかり掛けて、私なんかいなくなっちゃえばいいのに……っ!」
アカネは膝をついて慟哭する。
容姿も相まって、その姿は幼い少女にしか見えないだろう。
ましてや、都市の治安を任されている人間などには、とても。
そして今や、アカネ自身もそう思っていた。
それは、自己否定だった。
何も出来ない自分は、何も願ってはいけないのだ、と。
アカネはこうして全てを諦め、傀儡となる事を選ぶ……その時、アグレアスの言葉が胸を突いた。
「―――それは違う、お前の言葉を俺は否定する。お前には、何もかもが出来る。俺に付いてくればいい、それだけでお前は何をやってもいいんだ」
圧倒的な自信に裏打ちされたような言葉、表情。
複数のB-Raidによって狙われているというのに。
どんな経験を積めば、このような事が言えるというのだろう。
人間への全肯定。
もはや救世主じみた、質の悪い冗談のようだ。
「……何で、どうして、会ったばかりの人間にそんな事が言えるの? ……貴方は私の何を知っているの?」
「それがな、驚くほど何も知らん」
「っ!」
「だが、お前は俺の配下だ。そう決めた。だったら、俺は全力で味方する」
「……貴方は、一体……?」
あまりにも常識離れした言動に、思わずアカネが尋ねた時、
「おい貴様らっ! 早くし―――」
「黙れ」
「っ! 駄目です、魔王様!」
遅々として進まぬ状況に苛ついたのか、王国軍パイロットが銃を引き抜いた。
瞬間、前へ向き直った金髪の青年の掌から炎が射出され、王国軍パイロットの近くへ着弾。
彼はあえなく吹き飛ばされ、地面を凄い勢いで滑った。
「……なんだ、今の」
「……今、あなた……」
広場に集まった群衆、二機のガラティーン。
そして、アカネ。
アグレアスとエリナを除く、全ての者が驚愕し、呆然となっていた。
当然のように振るわれた、魔法に対して。
古今東西、魔王は、魔王の望む事を優先する。
その結果、世界がどうなったとしても。