2-19
「き、貴様! こんな事をして、ただで済むと思うなよっ!」
顔を真っ赤にして憤るのは、アルテリア行政府のトップ、ウォルター市長だ。
親王国的な人物として知られ、民衆の声を握り潰す術に長けている。
あらゆる弱者を弾圧し、腐敗を黙認どころか加速させてきた都市の癌。
いかなる時も護衛を決して外さない用心深い人物であったが、今や人民軍の手の中にあった。
「ウォルター市長、人質として生きていられるだけでも有り難いと思え。黙って我々の指示に従えば、危害を加えない。だが、反抗しようとすれば即刻射殺する。ご理解頂けたかな?」
「くっ……!」
「そう、それでいい。……おい、連れて行け」」
赤い衣を纏った人民軍兵士達がコルネリウスに促され、ウォルターらをフロアの奥へ連行する。
なお、彼が市長に言った言葉は全くの嘘だ。
準備が整い次第、彼は見せしめとして確実に処刑される。
もっとも、その準備が整うまでは、危害を加えないというのは本当だが。
「議会の制圧はどうなっている?」
「はっ! それが……地下の警備が予想以上に固く、時間が掛かっています」
「……地下には、引き込んだ同胞の数が少なかったからな。五階分を突破するには、少々荒っぽい手段が必要か。各員、B-Raidを用意せよ!」
地下へ通ずる運搬用大規模エレベーターを使えば、B-Raidの投入も可能だろう。
そうなれば、一気に攻勢は傾く。
そして、アルテリアさえ陥落すれば、大陸中の反王国武装勢力の活動が激化する。
王国が、外敵の存在や植民地内の紛争ばかりに目を向ける愚王の治世下にある現在、それは王国運営にとって致命的となるはずだ。
「―――各員、これは戦いだ! 王国の命運を決める戦いだッ! 故に、死力を尽くせ!」
『おぉ……!!』
男達の声に合わせ、街に火の手が上がる。
今はまだ小規模だが、すぐに破壊活動はその勢いを増すだろう。
(死ね……早く、死ね。俺の身体と、妻を奪った糞共が……!)
一年前まで、都市を護る為に戦っていた男が、都市どころか王国を相手に戦争を挑もうとしていた。
◇
数分前。
防衛軍本部ビル、本来であればその隊長がいるべき部屋に、一人の男が立ち尽くしていた。
副隊長だ。
彼は呆然としていた。
つい先程、アカネの乗る車が突然爆発し、一人の少女の死体が見つかったというのだ。
そしてどうやら、死体の身元がアカネで確定した、と。
「……そんな、馬鹿な。……私は……私達は、また失ったのか」
それは、隊員全員の心の代弁だった。
報告によると、彼女の車の爆発は偶発的なものでは無く、人為的なものだったらしい。
即ち、謀殺だ。
そんな事を企む者など、一人しか考えられない。
王国軍都市監査部隊の指揮官、ロバート・メサ中佐だ。
彼は先刻の会議の場で、アカネに弱みを握られた。
それは、放っておけば自身の立場が危うくなるような弱みだ。
彼女を殺害する理由としては、十分過ぎるものだろう。
「……どうすればいい。……奪われた憎しみと痛みを、どこに向ければいい」
手にしているのは一束の書類。
表紙には、「外部秘 都市制圧作戦」と銘打たれていた。
アルテリア防衛部隊保有巡視艦、旗艦「ゲッコー」内のアカネの隊長室から、かつて副隊長が発見したものだ。
普段の態度とは裏腹に抜けているアカネの性格のせいか、机の上に放っておかれていたものを見つけ、読み進めた副隊長は投影板で複製を行っていた。
それを今、本部ビルの執務室で手にしている。
(この計画を実行に移せば、少なくとも隊長の死の真相を世に伝える事が出来る。王国軍への仇討ちも)
都市政府に反旗を翻す。
恐らく、部下の殆どは自分に付いてくるだろう。
それほどにアカネは愛され、敬われていた。
「……だが、我々は……」
『副隊長! 今すぐテレビを見て下さい!』
都市を護る者としての責務と復讐の間で葛藤していたその時、彼を除いて誰もいない執務室に声が響いた。
投影板だ。
「どうした、緊急の事件か?」
『いいですから、早く!』
部下の剣幕に当惑しながら、副隊長は投影板を宙空に生み出し、ニュース映像を表示した。
そして、驚愕する。
「人民軍の決起だと……!? どうして、こうも我々に伝わらなかった……!?」
『都市の多くの人間が彼らに通じていたようです、そのせいかと』
その放送曰く、人民軍がベインタワーを占拠し、政府高官を人質に取り、都市を掌握するつもりのようだった。
更に、アカネ隊長の謀殺に関しても触れている。
そして、
「コルネリウス隊長……生きていたのか」
かつて殺されたものだと思っていたが、右目を犠牲に生き延びたらしい。
しかしどういった紆余曲折を経たのか、人民軍のリーダーにまでなっていたとは思わなんだ。
(……今こそ、今ならば、我々が人民軍と共に行動し、都市の腐敗を取り除く事が出来る……!)
都市、人民軍、殺されたアカネ、そしてコルネリウス。
全てを思い、副隊長は一つの決断を下す。
投影板の通信を防衛部隊全体用のチャンネルに切り替え、息を吸い込んだ。
そして、言う。
「防衛部隊、全員に告ぐ。我々は、人民軍を――――」