2-16
◇
アルテリア防衛部隊、本部ビル地下駐車場。
一人の少女が、髪と同じ赤い色の自動車に触れると、内蔵された機械が少女のタグ情報を確認。
直ちに扉が開かれ、少女を運転席へと迎え入れた。
少女……アカネは、普通に見ると中学生、ともすれば小学生にも見えるが、彼女は車の所持を許された一九歳。
配属当初は、その外見から仰天した守衛の男と揉め事を起こしたりもしたが、今となってはよく飴を貰う大人な関係だ。
「そう、私は大人よ……! だから焦らない、パーティーに遅れそうでも焦らないのよ……! 待っていなさい、高級料理たち!」
完全に焦っていた。
自動運転を切り替え、手動で飛ばせば、ギリギリ始まりの挨拶が過ぎたくらいには着けるかもしれない時刻だ。
それ以上遅れる事になれば、あの目ざとい王国軍指揮官に何を言われるかたまったものではない。
エリナはディスプレイのキーボタンをタッチし、駆動システムにアクセス。
車体が微かに振動し出した事を確かめた上で、操縦を手動へと切り替えた。
滑るように発進させ、やや狭い通路を抜けてゲートの前で停まる。
タグをスキャンさせ、開かれたゲートから地上へと続くスロープを昇り、敷地外へ出る。
都心であるスルトの近くという事もあり、辺りは夜にも関わらず明るい。
無数の電光板と街灯に照らされた結果だ。
そして運の良い事に、見渡す限り周辺の道路には車の影が見当たらなかった。
何故か、一つも。
「よーし、急がなきゃ。私のドライビングテクの見せ所ね! ……ん?」
張り切って、速度を上げようとした時、視界の端に見慣れないものがある事に気付く。
助手席の下部、本来なら同乗者の足が収まるべきスペースだ。
現在はアカネの他に無人の為、空いたスペースとなっているはずだが、見覚えの無い黒く小さなバッグが置いてあった。
「…………」
嫌な予感を覚え、アカネは路肩へと車を停めた。
高そうなホテルの集まる、自動運転であればマナー違反として指示を受け付けない場所だ。
手動にしておいて良かったかもしれない、とアカネは思う。
「……さて、誰かの落し物だったらいいんだけど」
注意深くバッグを開け、中を覗き込む。
だが中は暗く、上手く見えない。
重量はそこそこ、手が感じるものは駆動しているらしき気配。
それはいつか教習で習った何かに似ているように思え、情報端末の明かりを点けて中を照らすと、確信に変わった。
「っ!? ちょ、やば――――」
扉に手を掛け、アカネは車外へ飛び出そうとして、そして……。
◇
轟音が、辺りに響く。
空気が震え、金属音が道路に飛び散る音が連続した。
何かが爆発したのだ。
「何事だ……?」
「どうやら、あそこの車が爆発したみたいですね」
アグレアス達は支度を整え、ホテルの出口から出てきたところだった。
周囲の人間の話を聞く限りでは、奥に見える路肩に停められた車が爆発炎上したらしい。
車の残骸の周りにはいち早く野次馬が駆けつけ、人だかりを形成している。
「事故か?」
「いえ、それは考えにくいかと思います。自動車は現在、自動運転がほとんどですから。それに、何かにぶつかりそうになったらシステムが車を停止させます。おかしな部品があって、それが原因で爆発したなら……でも、ここらへんを走っている車は高そうなものばかりですし……」
悩むエリナをよそに、アグレアスは興味なさ気に辺りを見ている。
そして、何か気になるものでも見つけたのか、眉を上げた。
「あの子供、怪我をしているようだが何処へ向かうつもりだ?」
アグレアスが示した先には、人気のない路地裏へと這って進む一人の少女。
黒い服は血で赤く染まり、両足が引きずられている。
かなりの重症だろう。
この人だかりの中、どうやってそこまで進んだのか。
あるいは、進んでいないのかもしれなかったが。
「た、大変っ!」
エリナが声を上げ、足早に走り寄る。
アグレアスも後に続く。
「大丈夫? 今、救急隊呼ぶからね?」
「……やめてくれ、それは困る」
声の主はか細い声で、そう言った。
アグレアスの目から見ても、それは正常な判断とは思えない。
出血の量はおびただしく、もはや髪の赤が地毛なのか血で染まっているのかも定かではないのだから。
「……じきに、私の死体を確認するものが来る……その前に、本部に行かなくては……」
「何を言っているのかよく分からんが、無理をすればお前の死体がすぐに出来上がるぞ」
安静にしていても十分。
動こうとしていては数分で意識を失い、死んでしまうだろう。
エリナは意を決したようにアグレアスに向き直り、口を開く。
「魔王様、私は……人の命がどんなに軽いかは知っているつもりです。ですが、この子を助けてあげることは出来ないでしょうか……?」
「俺でなくとも、今のエリナなら軽い治療魔法くらいは出来るのだがな。……ふむ、では俺の配下になるというなら助けてやろう。その辺どうなんだ、幼女よ?」
「あれ!? 私の時みたいに下僕じゃないんですか!? いえ、いいんですけどっ! 別にいいんですけどね!?」




