1-2 見知らぬ世界
(さて、火急に装備を整え、魔物を率いなければならん。レオとやらの記憶との統合には時間が掛かることだし、まずは拠点を造りたいところだが)
周りを見渡すと、小汚い床と壁。
鉄のような材質で出来ているようだが、どうにも判別は出来ない。
放置された腐肉から察するに、かつては肉か何かを保管する倉庫だったのであろう。
腐臭の不快さに空間ごと吹き飛ばして外に出ようとした魔王であったが、床にへたりこんで放心している少女を発見した。
くすんだ銀の髪、淀んだ赤い目、自分が着ているものと同じボロ布のような服。
どれを取っても価値ある少女とは言い難かったが、魔王にとっては貴重な第一転生先村人だ。
「おい、そこの女。ここはどこの国だ? 東か西か、北か南か、あるいは、……む?」
尋ねる途中で、違和感に気付く。
(大気中の魔力の量が少な過ぎる。ここは、途方も無い辺境だとでも言うのか?)
少女の返答を待ってみるものの、先ほどの魔法に余程強いショックでも受けたのか、黙して動かない。
ならば、と魔王は掌を上に向けて軽く動かす。
すると、轟音と共に天井は勢いよく空の彼方へ吹き飛んでいった。
「この程度は可能な量か。だが、騎士共の大軍と戦うには魔力が溜まるのを待つか、場所を変えねばならんな」
降り掛かった土埃を軽く払いつつ、魔王は風を操り、自身の身体を空中へと浮かべる。
そうして倉庫の上空へと昇っていく途中、先程の天井への一撃で壁際まで吹き飛ばされた奴隷商と少女の身体が見えた。
男はともかく、少女に逃げられるのは困る。あれは案内人候補なのだから。
魔王は魔力を集め、少女の手足を素早く魔法の鎖で拘束した。
悲鳴が上がったが、魔王だから気にならない。
(さて、東であれば上々、まさか西の端という事は無いだろうな)
天井であった場所を通過すると、外はどうやら夜のようであった。
光が多い。
予想よりもずっと栄えている場所のようだ。
魔力の薄さを考えると、それは不自然だったが。
そして、魔王は知る。
慣れ親しんだ筈の世界が遂げた変化を。
「────これは、何だ」
鉄、鉄、鉄。
一面に佇立するのは鋼鉄の城だ。
遠く、空の彼方には鋼鉄の船が飛び交い、地には光を放つ鋼鉄の箱が入り乱れている。
自然の介在する余地などまるでない。魔法に至っては反応が皆無だ。
正しく、そこは機械の世界であった。
予想だにしていなかった光景を目にし、魔王は衝撃に打ちのめされる。
かつて勇者達に首都へ攻め入られた時にも、これほどの動揺は覚えなかっただろう。
(文明の発展は予想していたが、これではまるで別物ではないか!?)
よくよく見ると、魔王が目覚めた場所は比較的発展の少なく、人気の無い地域のようであった。
貧民街という奴だろう。
心を落ち着けながら、魔王は倉庫の床へと再び降り立つ。
そして、先程拘束した少女へと足早に歩み寄り、詰問した。
「早急に答えろ、この街は何処だ!?」
「あの、これは一体……」
一連の行動が彼女を相当に怯えさせてしまったのか、高圧的なだけでは会話が成立しないようだ。
「くっ……まあいい、答えよう。俺は魔王、アグレアス。この名前を聞いた事はあるだろう?」
「いえ、全然……」
「ぜ、全然!? 全然とはなんだ、馬鹿者っ!」
決して軽くはないショックが魔王アグレアスを襲った。
辺境の村娘ですら恐怖に身を震わせたという魔王の名が、忘れ去られてしまったとでもいうのだろうか。
「ま、まあ待て落ち着け。そうだな……バルクラフトという名前に心当たりは?」
「……あ、あります。お婆ちゃんが、首都アルグレイブを造った偉い人だって言ってました」
「そ、そうか」
(逆だ、逆、俺がアルグレイブを造ったのだ……!)
怒りをどうにか押し殺し、冷静に分析する。
どうやらここは異世界という訳ではないようだ。
ただ単に予想よりもずっと遠い、魔法が廃れてしまったほどの未来にて転生を果たしてしまったらしい。
しかも卑劣な事に、勇者達は魔王城アルグレイブと城下町を王都として再利用し、アグレアスの名前を歴史から消し去ったのだ。