2-10 防衛部隊2
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一隻の航空巡視艦が、夕暮れの空を飛行していた。
大陸西部のカラーである、青に染まった艦艇だ。
備え付けられた主砲、副砲群の数こそ少ないものの、装甲と機動力の両立に成功している。
アルテリア防衛部隊保有巡視艦、旗艦「ゲッコー」。
その会議室にて、少女が赤い髪を振り乱し、服装が白で統一された男達に食って掛かっていた。
アカネと王国軍だ。
「ですから、先程から申し上げている通り! 私達、防衛部隊の出動にこれ以上圧力を掛けないで頂きたいっ!」
「おやおや、圧力とは心外な。我ら王国軍がそのような事をしたなど、証拠でもあるのですかな?」
「くっ……! だが、王国軍と都市政府との癒着は明らかだ!」
「ハハハ、それこそ証拠はどこにあるのですか!」
西に派遣された都市監査部隊の指揮官、ロバート・メサ中佐はその豊かな鬚を撫で、豪快に笑い飛ばした。
長い机を挟んだ向かい側、アカネは椅子から完全に立ち上がっていた。
対するロバートはどっしりと肥った身体を椅子に埋め、余裕の表情だ。
(ほんっと、何度会ってもイラつく奴ねぇ……っ!)
二人は王国と都市の代表として何度も何度も顔を合わせている。
そしていつも討論に発展し、決まってアカネは敗北を喫していた。
弁舌の差、と言うにはあまりにも酷い敗北。
実際ロバートは都市政府の面々と癒着を行っていたが、それを証言するものは誰一人としていない。
周到な根回しと財力、そして暴力の結果だ。
「どうしても、圧力を止めていただけないのですね……?」
「脅しかな? 無駄な事を」
醜い顔を歪ませ、ロバートはせせら笑う。
それは、防衛部隊を完全に舐め切っている顔。
何も出来ないだろうと、何の情報も掴んでいないだろうと、高をくくっている顔だ。
アカネは小さい身体を怒りに震わせ、決定的な一言を紡ぐ。
「……私には、貴方と麻薬組織との繋がりを王都へ報告する用意があります」
「なん、だと? で、デタラメな事を」
「出鱈目ではありません。……つい一週間前も、都市北東部の倉庫で金銭取引を行っていましたね?」
組織に麻薬を売らせ、取り締まらない代わりに金を受け取る。
実に簡単な話だ。故に、油断したのだろう。
組織から巻き上げる金を多くし過ぎてしまったようで、末端から情報と証拠が漏れてしまったのだ。
本来、アカネはこういった脅しは好まない。
しかし、やらざるを得ない程に王国軍は横暴を重ねていたのだ。
壁に整列する白と黒、両陣営の隊員。
黙しながらも、彼らは相手を威圧せんと激しく火花を散らしている。
「ご自分の状況が、ご理解頂けましたか?」
「くっ……後悔するぞ」
ロバートが屈辱に顔を歪め、捨て台詞を吐いた。
と同時、艦内のアナウンスが「ゲッコー」の一五番ポート着陸を告げる。
調度良い頃合いだ。
「この場はこれにてお開きとしましょう、ロバート中佐殿?」
「ふん、くれぐれもいい気にならんことだな!」
「ご忠告どうも」
(やったぁ! アカネ様の完全勝利よっ!!)
心の中で高らかに勝ちを叫ぶアカネをよそに、ロバート達王国軍は下船の為に会議室を後にした。
初勝利。初勝利である。
毎度の如く苦汁を飲ませれ、枕を涙で濡らす日々は終わったのだ。
もう、妄想のロバートをボコボコにする必要も無い。
「……えへへ」
一人浮かれるアカネに、近づく男がいた。
長い黒髪と落ち着いた雰囲気が特徴の防衛部隊副隊長だ。
「隊長」
「……あっ、えっと……な、何だ?」
「先ほどの脅し、あれは軽率な行動だったかと」
淡々と、無機質に彼は語る。
任務には決して私情を挟まず、どんな事があっても冷静さを失わない。
彼は、アカネが最も信頼する部下だ。
「そう、思うか?」
「ええ、あのロバートという男はやると言ったらやる男です。それに隊長はこの後、懇親会に出席されるのでしょう。恐らく、ロバート中佐も王国軍代表として参加するかと思われます。何があるか分かりません、御注意を」
「なるほど……了解だ、私も気を付けるとしよう」
彼の言う事は正しい。
とはいえ、アカネも十分な訓練を受けている。
それほど緊迫した状況とは思えなかった。
「いえ、それだけでは駄目です。是非とも護衛を付けさせて下さい。危険です」
ずずい、と顔を近づけ、副隊長は無表情のまま迫った。
アカネの事になると変に生真面目になるのが、この男の惜しいところだ。