2-6 護るべきもの
「俺はアカネ隊長を死ぬまで応援するぜ! お前らもそうだろ、ああ!?」
「当然! あの顔と背丈であの胸だぞ、王国軍の連中の目は糞だな!」
「最高だ」
「……だが、最近よくない噂を聞く。隊長を消そうって話が持ち上がっている、とか」
「……またかよ、くそっ」
コルネリウス……前隊長がそうであったように、アカネもまた謀殺の運命を辿るというのか。
かつて防げなかった事を、また防げずに終わるというのか。
「……防ぐさ」
男達の内、一人が呟いた。
集団の中でも、一際若い男だ。
「……隊長を護るんだ、俺達が」
年季が違おうとも、その心は同じだった。
誰かを護りたいという鋼の信念。
傀儡部隊と、クズ共と嘲笑されてきた彼らが誇り続けてきたもの。
しかし、それが果たされなかった場合、彼らはどんな道を選ぶのだろう。
屈辱に顔を歪めながら、街を護り続けるのか。
……あるいは。
◇
そこは、光の届かぬ路地裏。
一人の少年が仰向けに倒れていた。
伸ばした金髪に碧眼、そして長身痩躯とボロ布のような服。
魔王レオ=アグレアスだ。
更に、その隣には銀の短髪を乱した少女……エリナがうつ伏せになって気を失っている。
「……ん、俺とした事が……抜かったわ」
アグレアスが呻きながらも意識を回復させ、立ち上がる。
両者共に、高度百メートル以上からの墜落だ。
常人であれば、地面に叩きつけられた際に身体が弾け飛んでいても不思議ではない。
だが、アグレアスは魔王であり、普通の人間では耐えられない衝撃にも耐えられる。故に、生きていた。
そうした、人外の無機王は全身の痛みと立ち込める悪臭に顔をしかめつつも少女の姿を探し、見つける。
「エリナ……無事なのか」
そう、何故にエリナは五体無事で生きているのか。
咄嗟に防御呪文を張ったものの、なにぶん急造だ。手足の一本が折れているものと予測していたのだ。
だが、すやすやと寝息を立てている彼女の身体に異常は見受けられない。
強いて言えば、何処で引っ被ったのか良く分からない泥で汚れているくらいだ。
「まあ、無事ならばよい。それよりもここは何処なのか」
ここはどうやら袋小路であるらしく、コンクリートらしき高いビルの壁に囲まれ、上の様子を伺い知る事は出来ない。袋小路を抜け、角を曲がった先、そこから聞こえる喧騒から察するに、どうやらアルテリア内の都心に落ちたらしい。
ならばベインタワーはすぐそこだが、市民情報管理極小端末「タグ」の入手が先だ。欲を言えば、怪しまれない服が要る。
さて、どうしたものかと思った矢先、声が近付いてきた。
男女だ。それも若い。
「こんなとこでやるのー?」
「いいじゃねぇか、その方が燃えるだろ?」
「えぇ、でも汚れるのはちょっと……って、何この人達」
魔王基準でなかなか度し難い露出の激しい格好に身を包んだ女性と、怪しげで胡散臭い黒色のスーツを着用した男性。
頭の悪そうな顔つきが共通している事が見て分かるが、果たしてこのような場所に何をしに来たのだろうか。
しかし、それを思ったのは向こうも一緒だったようで、苛立たしげな台詞と共に男の方が近付いてきた。
「なになに、お二人さんは何なの? そんなくそダサい雑巾着ちゃって、浮浪者なの? 困るんだよねぇ、俺達がせっかくここを使おうと思ったのによぅ。どうする君さぁ、俺ってばそれなりに偉い立場なわけよ? その気になればあんた達を奴隷に」
「よく喋るゴミだな。とりあえず服を寄越せ、金もだ」
魔王としては当然の要求と言えた。
しかし、相手のスーツ男はそうは思わなかったようで、こめかみをひくつかせ、手の骨を鳴らす。
露出女も男の腕力を信用しているのか、顔をニヤつかせながら横たわるエリナに近付いた。
「なぁに、この子。まるで奴隷みたいじゃない。みっともない、死ねばいいのに」
「お前がな」
魔王は女に指を向け、魔力弾を発射。
ぶへっと声を上げて女は壁に叩き付けられ、昏倒した。
「ちょっ、ニーナ!?」
愛人らしき女の名前を叫ぶが、悲しきかな。
数瞬後には自分も同じ道を辿るという事を理解していないようだ。
そして、エリナが目を覚ます頃には、女用の服を小脇に抱え、なんだか詐欺師じみたスーツを着た魔王が、下着姿で気絶した男女の前で立っていたのである。
「魔王様!? どうしたんですか、その服!?」
「貸してもらった」
ジョークのようなそうではないような事を言うが、洒落になっていない。