1-1 魔王転生
そこは、部屋だった。
刀剣、神具、呪具、宝石、絵画、彫刻、この世のあらゆる財をかき集めた一室。
その乱雑な多様さは欲望ともまた違う、狂気じみた執念を感じさせる禍々しさを放っている。
このような部屋を持つ事が出来るとするならば、それは世界においてただ一人。
「魔王」と呼ばれるものだけだろう。
一撃で重装騎士の軍団を粉砕する膂力、高名な魔術師が束になったとしても敵わぬ魔力。
物理と魔法の両面で全種族を圧倒する怪物。
それが、魔王だ。
「……まさか、この俺が敗れるとは」
そして今、その魔王の心臓に剣が深々と突き刺さっていた。
死を知らぬ不死身の無機王と謳われていた、魔王の死。
成し遂げたのは、一人の勇者と三人の仲間だ。
「……四人、たった四人に俺が殺されるのか」
千や万どころか、億の人間を一度に葬ったにも関わらず。
ただの四人に殺される。
魔王は、薄れゆく意識の中で感慨にも似たものを覚えていた。
「……俺は死ぬ。だが、忘れるな。いずれまた、俺はこの世界に現れるだろう」
そうして、魔王は死んだ。
再びこの世を脅かすという、不吉な言葉を遺して。
人々は長らく彼の言葉を忘れず、脅えて過ごしたと言う。
対し、勇者達は晩年まで各国の連携を強化し、団結の重要性を説いたとされる。
そして、長い時間が経った。
◇
薄暗い空間に三人の男女が集まっている。
汚い服を身に付けた少年と少女、そして下卑た笑みを浮かべた男性だ。
少年は今しがた男に頭部を強く殴打された事が原因で、床にうずくまっている。
「へっ、抵抗しやがって。十五まで育ててやったのによう、ちったぁ感謝したらどうなんだ」
男は孤児を引き取り、過度な暴力で脅し、奴隷として働かせる下衆であった。
それなりの商人として収入を得ていたが、後先を考えない豪遊の果てに彼らを売る羽目になっていたのだ。
「お前達で最後なんだ。なるべく高い値段で売らなきゃなんねぇんだからよぅ、大人しくしろや。分かったか、レオ」
レオと呼ばれた少年は男の声に応えず、床に倒れ伏したまま動かない。
男は今更になって不安になる。
強く殴りすぎただろうか、だが子供の殴り方は熟知しているつもりだった。
ならば何故、動こうとしないのか。
「…………っ」
確認の為に蹴りつけてやろうかと思った矢先、レオが小さく呻いた。
(なんだ、何ともねぇじゃねーか)
男は安堵し、レオにつかつかと歩み寄る。
そして、無理やりにでも立たせようと首元に右手を伸ばした。
「おい、早く立―――」
「触るな」
言葉と共に、男の身体が感じたのは強い衝撃だ。
思わず尻を突き、鋭い痛みを感じて右手に目を向けると、あるはずの手が無い。
「い、あああああああっ!?」
現実を認識したと同時、悲鳴が口から漏れる。
そして、男は直ちに多量の失血によるショックから昏倒した。
「……まったく、下級魔法一つでうるさいやつだ」
レオ……否、魔王は言葉を吐き捨て、不機嫌そうに立ち上がる。
そして、自身の身体に目を向け、眉間の皺を更に深めた。
粗末。
余りにも粗末。
着ている服も、それが包む肉体も。
「まさか、ここまで以前と違うとは。体内の魔力がゼロに近いではないか」
転生魔法。
万が一、自分を打倒する者が現れた際に備え、作り出した切り札だ。
とはいえ、ただ転生しただけでは赤子として無力な日々を過ごす事となる。
故に、レオというほとんど自我の無い人格を作り出し、十分な成長を遂げるまで魔王としての意識の覚醒を止めていたのだ。