さおとめ あいか
私の名前は早乙女愛華。
今年皐月が原高校2年生になった、正真正銘の『普通』な女子高生です。
しかし私の通う高校は少し私の考える『普通の高校』とは変わっています。
部長副部長は新入生が入ってくる4月に決まってしまうし(普通は高校総体が終わってからだと思うんですけど)、校内では刀を帯刀した人や髪の色が様々に染められても何も言われないゆるい校則。
どう考えたって『普通』ではないこの学校で、なんとか『普通』という立ち位置を私はキープしていたのです。
成績も中の上、友達も付き合い程度には沢山居て、いつもいつもクラスの中でにこやかに微笑む。
特に美人なわけでも可愛いわけでもなくて、唯一特徴があるとすれば昔両親に買ってもらった向日葵の髪飾りを私の長めにしてあるボブカットに今もつけてることでしょうか?
そんな普通な私ではあるのですが、クラスでは私のことを『癒しの姫君』なんて言ってからかうんですよ!
冗談じゃありません!私はこの高校で誰よりも何よりも常識的な『普通』でありたいというのに…
私より美人な人も(有名なところでいうとお人形さんのように綺麗で今年編入となった赤神朱音さん、世界有数の財閥で社長令嬢であらせられる四十九院幻花さんのツートップです。本当に二人ともお美しい。)可愛いらしい人も(子猫のような気まぐれさと愛らしさを持った女留瞬火さんが有名です。母性をくすぐる可愛さ。)いるというのにですよ?
私に姫は似合わないと思うんですよねえ。
不思議に思いながらも高校入学当初から不思議と馬の合ったメイちゃん――――――久留田芽衣子ちゃんと今日も楽しくお弁当を二人して並べてたわいもない会話をしながら、何でもない日常をただただ過ごしていました。
でもそれも全て全てここで、何の余韻を残すこともなく消えていってしまったのです。
「六宮くん?ねえしっかりしてよ。ねえ?ねえってば、冗談なんでしょ?私を驚かそうとしてくれてるんでしょ?私なんかの為に死んだなんて、嘘、だよね?ねえねえ目を、開けてよ六宮くん…」
私は傍らに血を吐いて倒れている正直名前しか記憶にない男子を、必死に揺らしました。
彼の名前は六宮峯央くん、同じクラスの同級生で今しがた爆発寸前であったバスから飛び降りた際、怪我がないようにと私の下敷きに自らを犠牲にした、彼の事をなんと言えばよいのでしょうか?
―――――そう単純に言うとバカでどこか冴えない顔の男子高生でありました。
でも今は一重に私の命の恩人である彼は先程からピクリともその体を動かさない。
嘘だ嘘だと思っても、理解したくないとダダをこねたとしてもちゃんと頭は結論付けていたのです。
彼がもう死んでしまったっていう残酷な現実を、私は受け止めきれずにいたのでした。
「こんなの嘘だよ…だってだってさっきまであんなみんな楽しそうにしてたのに。海水浴場で何するのかって冗談も言いながら話し合っていたじゃない。なんで?どうしてこんなことに?」
楽しい楽しい海へと続くはずだったトンネルは、そのまま私たちを死へと誘う魔のトンネルだったとでもいうのでしょうか。
辺りは未だに黒い煙が立ち込めて、数十メートル先も見通せません。
今自分がどこにいて、どういう立場で、どうすればいいのか。
この時の私にはそれを考えることが出来ずに、ただただ茫然とどこか満足したような顔で横たわる彼の亡骸にしがみついて女々しく泣きわめくしか行動することが出来なかったのです。
現実を受け止めきれないとはこういうことをいうのでしょうね。
涙が枯れるほど泣きわめいた結果、かどうかは私にも分かりませんでしたが、近くにいた他の人が声を頼りにこちらに近づいてきました。
「…早乙女、さん??無事だったようだね。少し安心したよ。」
涙でぐっちょりとなった顔を声がした方に向けてみるとそこにいたのは、うちのクラスの『笑顔の貴公子』と名高い安藤清詞くんでした。
いつもニコニコ、困り顔の生徒がいれば相談に乗ってあげたり、解決できそうな事案だったら何も言わずに手伝ってくれたりするホントこんな人って現実に実在したんだってくらいの『いい人』である彼は
その笑顔を瞬く間に広めて行き、多くの女子生徒たちのハートを鷲掴みにした後、今や校内イケメン三人衆の一人に数えられているのです。(ちなみに他には会長の目白木葉連くんと、演劇部部長の永原宗明くんである。二人とも彼とは違い、少々性格に難あり。)
…影の皇帝と言われる堂ケ崎久音くんを除いたら、間違いなく性格でも顔でも一番になり得る人だと私は思う。(堂ケ崎くんは別格。あれは最早人じゃないよ(震え声))
そんな人からのお言葉は、まあ私という『普通』のアドバンテージを持った人なんかが承っていいものではけしてなく
普段だったらここで顔を赤くして、早々にその場から立ち去っていたことでしょう。イケメン力半端ないのですこの人
しかし今日の私はいつもの私とは違いました。
人の命の散り際に初めて立たされた私でしたので、頭が混乱しているのでしょう。
足は思うように動かせませんし、私は虚ろな目で彼を見るのが精一杯でした。
「…あんどう、くん?…私、どう、しよう。私穢れちゃったよ。」
私は全身を震るわせながら自分の両手が六宮くんの血で真っ赤に染まってるのを安藤くんにも見せます。
彼は何を言っていいやら困惑した様子で固まってしまいました。
でもそれが普通なんだと思います。いきなり血がべったりついた両手を見せられて何かフォローすることが出来る人なんて早々いないでしょうから。
ましてや私もフォローや何か答えがほしいといったわけでもありません。
ただ無意識にここに六宮くんが私を助けてくれたことの証明が出来ればいいと私の体が反射的に行ったことです。
彼はそうすることで少しでも救われるような、そんな気がしました。
「もしかして六宮が早乙女さんを、庇って…」
「(コクリ)」
「そっか…最後の最後に男を見せたんだな。六宮。」
彼には彼の事情が、六宮くんへの思いなんかもあることでしょう。
憂いに満ちた表情で彼は六宮くんに手を合わせて、黙祷をささげました。
一拍置いて私も我に返って慌てて、生かしてもらったお礼をこめて黙祷を捧げるのでした。
そんな二人の祈りを捧げた時間後に一瞬の間があって、私が目を開けて佇まいを直していると私の隣では彼の死をいたんでいるような、悔やんでいるようなそんな声音で呟く声が聞こえます。
「…六宮、お前はホントいい奴だったよ。それに引き換え俺は」
顔を上げた安藤くんはそう言ってどこか苦しそうな顔で表情を曇らせるものですから、私はつい心配になって声をかけてしまいました。
「安藤くん?」
「…いっいやなんでもないよ?早乙女さん。…とりあえずあっちに行こうか?どうやら無事な人たちだけで森の中に一時的に身を隠す算段らしいからね。」
安藤くんに詳しく聞いたところによると、どうやら生徒会長の元そういう案が上がったそうで、続々と私から見て右奥の薄らと見える森の中に皆歩き出しているようでした。
私もそれに従わなければと思い、立ち上がろうとしたところでふと六宮くんのことを思い返しました。
…私はこのまま何も代償を払うこともないままここを立ち去ってもいいのでしょうか?
私を助けてくれた、救ってくれた人に何もしないままにこの場を去ってしまっても本当に私は今後後悔はしないのでしょうか?
いいえ、私はひどくネガティブなところがありますからきっとするんだと思います。
だから私は少しでも彼に報いたくて、そっと亡くなった彼の頬に口づけを交わしました。
それに安藤くんは何も言わずにただ私を見つめてくれているだけにしていたのです。
「…こんなもので全てが許されるわけじゃないけれど、六宮くんごめんね。本当に私なんかのために命を、落として、しまうなんて、、、どうしたらいいのか今の私には全く分からないけど、きっと無駄にはしないよ?あなたが救ってくれたこの命だけは、絶対に。。。」
「…さあ行こう。早乙女さん?ここで立ち止まっていても、彼に報いたことにはならないのだからね。」
安藤くんはそう言うとそっと私の肩を抱いて、寄り添うように私を立たせてくれました。
そうです。彼はきっと私にまだ生きてほしいと願って、自らを犠牲にしました。
誠に不本意ながら私にはまだ死ぬ資格はないのです。
せめて誰かのために、誰か一人でも生きていくためにこの命を懸ける必要があると思います。
それが私という特別でない『普通』の女子高生を救ってくれた、彼の思いに答えることになるでしょう。
そう思いながら近いようで遠い、森までの道を安藤くんに寄り添われながら一歩々々踏みしめるように歩いていくのでした。
◇
「私の名前は『ペラリス』です。以後お見知りおきを。」
そう言って目の前の学者っぽい白衣を身に纏った細身の頬のこけた男性は、優雅に右腕を胸元にやってこちらに一礼をします。
その挙動たるや、小さいころから叩き込まれてきたのでしょう。
実に慣れた仕草で、まるでそうすることが当たり前のように彼はそれを行ったのです。
私は戦慄しました。
森の中に人がいたこともそうですが、男は顔面蒼白でまるで死人のように見えたましたので思わず悲鳴をあげてしまうところでした。
他の人もあの男に恐怖を抱いているものが少なからずいて、体を震わせている。
折角ここまで逃げてきたというのに、私たちはこの男に何をされてしまうのでしょうか?
彼が善人だとはどうしても思えず、身を固めた私達ですが次の男の言葉に唖然としてしまうのでした。
「貴方達を助けに来ました。どうか私を信用してついてきてください。」
そう言うと彼はそっぽを向いて、ケモノ道のような細い道なりを歩いていくではないですか。
怪しい。途轍もなく怪しくて奇妙で奇怪で嘘臭さが蔓延しているかのような人物です『ペラリス』さん。(まあきっとこれも偽名、なのでしょうけどね。)
でも彼が思っているほど私が、いいえ私たちはおいおいと付いていくのようなそんな幼稚で考えなしのおバカさんではないのです。
もしそれがどんなに正しいような理論で屁理屈で構築していたとしても、私はこの人の言うことを一切信用できないし、したくない。
従って彼についていく必要はない、と私はそう思うのですが
「おい、待てよあんた。そんな狂言で俺たちがあんたについて行くと本気で思ってんのか?」
「そうだそうだ!大体お前怪しすぎんだよ!!どこに信用できる要素があるんだっつうの。」
「…いいんですよ?別について来てもらわなくても?しかしその場合どうなるかってのは私には保証しかねますけどね。」
「…おい、それはどういうことだ?」
リーダー格である生徒会書記の倉鍋蒼二くん以下約30人の一同は、勿論反対の意見を出しましたが、その後の男の意味深な言葉に倉鍋くんは耳を傾けてしまうのです。
「どうしたもこうしたも何もないですよ。ここは私の庭みたいなものですよ?ここの場所は熟知しているのです。それに…」
彼は舐めまわすような視線でもって私たちを見回しました。
私は悪寒が電撃のように走って、全身に鳥肌が一気に立ちます。
「怪我をしている者も沢山いるようですし、このまま無闇矢鱈に森を進むのは無謀なんじゃないですか~?」
何が可笑しいのか彼はそう言ってクスクスと笑い始めてしまった。
それを憎ましげに見つめる同級生一同ではあったが、彼の言葉に反論のできるものなど一人としていないのです。
そうだ私たちにとってこの場所は未知の領域だとしても、彼にとっては違うのだ。
慣れしたんだ土地、だったら本当に安全なところに連れて行ってくれるかもしれないじゃないか。
そういう考えが同級生たちの間で広がっていくのが、私にはよくわかった。
またそれが彼の狙いなのだということも
「…なになに。別に取って食うわけでもありませんし、あなた達を殺す。なんて物騒なことを考えているつもりは毛頭ありませんよ?命は大事なもの、ですからね~」
私の視線に気づいたか、あるいは最初から言おうとして言ったのか、それは分からなかったが彼は終始にこやかにそう告げた。
…私としては彼の言葉はイマイチ賛同しかねる不快極まりない言葉であったのだが、どうやら同級生たちは違ったようだ。
どうやら彼らは、さっきまで散々ペラリスを疑っていたというのについていくことに決めたらしい。
私はそれに異議を唱えようと、一歩前に出たところで安藤くんに止められてしまいました。
「…彼の言うことは全く信じられないもの、であると思う、よ?安藤くん」
「…だよね。僕もそう思うよ?早乙女さん」
微笑む安藤くんに思わず頬が紅潮してしまうが、それを安藤くんが問うこともなく、ただ安藤くんは言葉を続けるのでした。
「こっちには怪我人を抱えていることだし、彼の言った通りついていくのが一番だよ。…でも何もかも彼の言う通りにすればいいってものじゃない。何人か納得していない人もいるみたいだし、どう?早乙女さん?ちょっと冒険でもしてみないかい?」
安藤くんの言う『冒険』というのが一体どういったことを指すのか、今の私には具体的に分かりませんでしたが私は難なくそれを了承しました。
少なくともペラリスと名乗る彼に素直についていくよりはマシだ。
私はそう思い、安藤くんの指示通りに同級生一同と共に歩き始めたのです。
そして何もアクションがないまま一時間程度歩き続けました。
流石に体力も普通並の私が一時間歩き続けるのには骨を折りましたが、そんなこともいっていられずにただ黙々と目の前の同級生の背中を見ながら歩いたのです。
そんな精神的にも肉体的にも疲れが見え始めた一同に、まるで疲れを見せない細身のペラリスが道中洗脳するかのように甘い言葉を吐き続けていました。
「…もうすぐ着きますよ?着いたら甘いお菓子と紅茶を用意させますので、どうぞ後ゆるりとなさってください。」
「いいんですか?そんなにしてもらって、なんか申し訳ないのですが…」
「いいんですよー困った時はお互い様ではないですか。」
ニヤリッ
私はそう表現するしかない彼の笑みに、凄まじい嫌悪感を抱きながらも疲れていた所為もあり黙秘を続けます。
何かもう、彼に話しかけることすら億劫になる…いや私まだ彼に一言も話してはないんですけどね。
なぜアレを信用して同級生のみんなはついていったのか今でもよくわかりません。
きっとこの人はきっと息を吸うように嘘を言って、周囲を惑わすことになんのためらいも持っていない人なんだな。
…こっちまで嘘臭い匂いがしてこないかと、心配になるほどですよ全く。
「…それではここを右に進みましょう。間違っても左に行ってはいけませんよ?あちらにはこわーい怪物さんが出ますからね。」
彼の指差す方を見てみると確かに道が二手に分かれています。
一方はちゃんと整備された道、もう一方は所々綻びが見え隠れしている道。
誰が考えても整備された方に行くのが妥当でしょう。
現に彼も整備された道の方に向かっています。
しかしそう素直に私達が動くと思ったら大間違いなんですからね?
「…それじゃあ早乙女さん手はず通りに」
「…わかった。」
安藤くんがこっそりと私に耳打ちをして(まるで全身を愛撫されているかのような快感が全身を駆け抜けました。私どうにかなっちゃいそうです。)私たち6人の『遊撃隊』が(他にも参加しないかと地道にあいつに見つからぬよう、勧誘を行っていたらしいですがどうやらその全てが失敗に終わったようです。)、歩くペースを落としながら徐々に左の道の方へと向かっていきます。
そうです。彼が言った『冒険』とはこのことでした。
詳しく内容を聞いたわけではないので、私にはその隊がどういったことをするのかってことは正直わからなかったのですが
要するにあいつの思惑通りに行くのは何か尺だから、分かれ道が来た際もう一方の道へと進んでみよう。
というのが大まかな作戦内容だった気がします。
なんてアバウトな…と私は正直そう思いましたが、彼の嘘臭さは本物なので反抗したくなるものなのです。
例え本当にあちらが安全で安心な道であったとしても、私は迷わず彼のいないほかの道を選んだでしょう。
それほどに私にとっては生理的に受け付けない男だったのです。彼は
「…どうやら無事成功したみたいだ、ね。」
「そうだね安藤くん。」
足音が遠ざかるまでじっと左の道の物陰に隠れた私たちは、ほっと胸をなでおろしました。
どうやら私たちには気づかれずに行ってしまったようです。
作戦はひとまず成功と言って良いでしょう。
「…いやー少しビクビクしちゃったよ兄者。」
「そうだな弟。」
「…もしかしたらわざと見逃したのかもねぇ。」
「もう冗談でもやめてよ!大輝くーん」
双子である藍丸市東くんと藍丸仁藤くん
それに12歳の天才児である森重大輝くんにおっとりした雰囲気の春風真奈美さん
以上が安藤くんの呼びかけで集まった勇士達である。
…うん、わかってる。メンバーにかなりの不安を覚えるのはきっと私だけじゃないよね?
しかもほとんどが会話もしたことがない人たちだし、ちゃんと会話、連携ができるかとても心配だなあ。
でもそんな心配を余所にリーダーとなった安藤くんが、皆を先導して前を歩き始めた。
私も一時間歩き続けて疲れてはいたけど一生懸命ついていった。
きっとこの先にいい未来が、みんなが助かる未来が待っているはずだとそう小さく心の中で祈りながらも、私達の猿の浅知恵にも等しいこの行動は取り返しのつかない状況に落とし入れられていくのです。
『ペラリス』さんの嘘臭さがちゃんと伝わればと思ったのですが、どうでしょうか?
ちょっと足りない、かな?頑張ります!
※ちなみに早乙女さんは主人公のヒロイン候補ではありません。悪しからず
次回予告
安藤清詞が主観となった続き
それと白い怪物とのバトル突入!?
乞うご期待!