あかがみ あかね きょうきっ
※回想編が少し長くなったので2つに分けました。後編のほうは短いです
(いっ生きていただと…!?そんな馬鹿な!?)
私は前方で(というか前方しかいないのですが)私を含めた五人の中心に居ながら、驚愕の感情を隠せずにはいられませんでした。
彼―――――『堂ヶ崎久音』は何と生きていたのです。
確かに彼が最後まであのバスの中にいたのをこの私自身がしかとこの目で確認したはずなのです。
あの『化物』の激突の衝撃と後の爆発で普通ならその身は完全に朽ちてしまうはずでした。
なのに結果は無傷。。。
今も彼は飄々とその場に立ち尽くしています。
私にはもう彼が人間であるかどうかさえ怪しく感じました。
流石に『私は生徒会長だから皆を逃がすのは私の責任でもある』と言って自ら時間稼ぎのためここに残った、そんなちょっと変わった生真面目なメガネ会長でさえも
「…もしくは目の前の『堂ケ崎久音』は僕らの知る『堂ケ崎久音』じゃなくて、彼に擬態した別の何か…!?」
とあまりにも酷い妄言を平喘と吐いている。
生徒会長の奇想天外な発想に若干引きつつも、私は念の為にと家からわざわざ持ってきていた非常用の刀を一度強く握った。
…彼が生きていようといまいと、今の状況に変わりはない。
…いや、嬉しいけど。初めてシオンおねえちゃん以外に興味を持った人が、いなくなると悲しいかなと思える人が、生きていてくれてホントに嬉しいんだけど!
ここで時間稼ぎをしてくれる人が一人増えたことで、十分他のメンバーの危険度も下がるし、いいことでもあるのだけど!
油断をしてはならない。
化物は今もこちらから目線を外してはくれていないのだ。
油断したら確実に待っているのは『全滅』の二文字だ。
それだけは、それだけは阻止しなくてはならない。絶対に!
…後ろの森へ逃走した組は大丈夫だろうか。
ふと不安になって一瞬だけ後ろに目線をやる。
森へと逃走した組は手負いのものが多くいて、移動速度はそこまで早くはない。
もし中型獣なんかに襲われた時はひとたまりもないであろう。
だが傷の軽いものがしっかり皆を護衛するようにときつく言い聞かせたので、危険は幾分か減っているとは思うのだがあの森に目の前の化物以上の危険動物がいないとも限らない。
彼らとは別れてもう数十分の時が経過していた。
だから本音を言えばこいつを早々に今目の前で倒してしまって、私たちも早く森の中へと足を進めたいのだ。
…そう思って先程私は意気揚々と化物に斬りかかったわけだが、私の刃は装甲に少しの引っかき傷をつける程度で終わってしまった。
非常用といってもかなり上質の鉱物で作られた刀だったわけだが、今の一閃だけで刃がボロボロなったのである。
…どれほど固いというのだ?鉄をも紙のように切りつける私の剣技であっても深手をおわせることが出来ないとは
あやつの装甲は一体どうなっておるのだ⁉
(それにしても一応『攻撃』する意志をこちらは見せたというのにやる気あるのか?さっきから全く動かんが…)
そう私が睨みを効かせているからなのか狼のような化物は先程から身じろぎ一つしていない。
これは明らかに可笑しい。
あの巨体だ、私がプレッシャーをかけ睨みつけていたとしても私たちを虫けらのように踏み潰すのは造作もないことだろう。
だが私たちは今こうして生きている。
目の前の狼のような化物がまるで私たちを攻撃することを躊躇っているように私には見えるのだ。
(兎に角このままただじっとしているわけにもいかぬだろう。だからもう一度私が…ってえ?)
私が独断専行でもう一度化物に切りかかろうとしたまさにその時、突然前方から化物のものとは違う強い殺気が刹那放たれる。
それに対して私はただ茫然と立ち尽くすしか方法はなかった。
…これほど強くてドス黒い、空間が歪むのではないかと思う程の殺気に出会うことは初めてであり、私は恐怖を感じる間もなく強い驚喜に、狂喜に体は満ち溢れていた。
(これが『堂ヶ崎久音』の殺気かーーーいい、いいぞ!是非死合たいものだ!)
これほどの殺気となると私かあるいはそれ以上の実力の持ち主だということになる。
そのような者は『つるぎのぶどうかい』にもいなかったし、今までもついぞ出会ったこともない。
今世ではそのような者とは一生会えぬとばかりに思っていたのだが…
会えた、会えてしまった。強い者に、『強者』にふさわしい者に
私が願わくば是非剣を合わせたいものだとそう切に願う程に彼の殺気は常軌を逸していたことは言うまでもない。
彼は異常で、だからこそ共に上を目指せる存在であると私が確信した瞬間でもあったのだ。
◇
彼が殺気を放った直後、目の前の狼に似た化け物は逃げるようにしてその場から立ち去っていった。
それは野生の生き物である限り至極当たり前の行動ではある。
強者への畏怖感が乏しい平和ボケした日本人ならともかく、野生の動物はそういった弱者と強者を見極める力に優れているのだ。
だから一発、自分が格上であることを示すと襲いかかるような無謀なことは彼らはしない。
それは野生では生死に関わる非常に重要なことで、だから反することなどは絶対にありえない。
(してやられたな。単純な力でただ敵を滅するのではなく、相手の戦意を奪って撤退させるのも手もあったのだな。それに気づかないとはまだまだ私も修行が足りないようだ。)
しかしそこに悔しいとか憎いといった感情はなく、ただ清々しいまでの敗北感だけがあった。
だから生徒会長が私のおかげで助かったのだと勘違いした時でも、心落ちつかせて否定することができたのだ。
続いて私以外の4人の男子高校生が狼の化物がいなくなって安堵したのか、彼を責めるように非難めいた言葉を浴びせている。
…でも彼らから責められることは彼にもわかっていたはずだ。
擁護しようにもできるわけがなかった。
普通ならあの爆発で生きている『人間』などありえないのだから。
だから私は一つ、ちゃんと最後までバスの中で寝ていたのを確認してましたよ?とだけ彼に伝える。
それを言って彼がちょっと困っている表情をしたので、さっきの殺気で驚かされたのを仕返し出来たようでなんだか嬉しかった。
でもそれも化物が大群を引き連れてこちらに向かっている姿を見るまでだ。
…あれは流石に数が多すぎて、時間稼ぎもできないんじゃないかな?
私たちは走り出した。
後ろの高層ビルにも勝るほど高々とそびえ立つ大木の森へ、迷うことなく一直線に走り出した。
あっちも私たちを殺そうと必死なのか徐々に私たちとの距離は縮まっているような気がする。
遠距離攻撃も搭載しているようで、火球が飛んでくることもあるのだ。
ますます油断は出来ない相手となった。
しかし私は今とても胸の踊る気分であった。
こうして生も死も隣り合わせの状況は久しぶりだったのだ。
彼に名前を覚えてもらえていたことも嬉しくて、ついつい私は顔を綻ばせてしまう。
(ああいい、やっぱりいいな。この死がもうそこまで近づいている感じは。いつだって私が生きてるって実感を与えてくれる。)
それが私が今だに普通の女子高生を羨ましく思いながらも抜け出せない『生きるか死ぬかの世界』の魅力なのだろうな。
私は取り憑かれてしまったのかもしれない。
その甘い、快楽にも似た感情に
それはどうしようもなく私の体を熱く高揚させるのだ。
私は思わず手放しそうになった刀を慌てて握りなおした。
きっとこのまま終わりになるということはない。
もっともっと悲惨でもっともっと絶望的な状況に追い込まれることになるだろう。
それは追いかけてくる化物然り後ろを走る堂ケ崎くん然り…簡単に想像させてくれた。
(でもだからこそ、私は私でいられるし、私は何も考えることなくこの剣を思う存分に振るうことができる!)
私はボロボロになった刃先を優しく愛でるように撫で、一人深い笑みを浮かべた。
それはきっと今まで無表情で愛想のない私ばかりを見てきたクラスメートからすると、ギョッとするほどの狂気に満ちた笑みだったに違いありません。
『狂気は人を化物に変えてしまうわ。そうなってしまっては神楽流もただの殺人剣になってしまうのよ?だから努努気をつけることね。あかね』
生前シオンおねえちゃんがそう言っていたことを思い出し、私は(狂気も案外いいもんだよ?シオンおねえちゃん?)と心の中でそう呟いたのでした。
きょうきにおちるヒロイン!
きっと近々ボロ剣無双してくれるはずだよ?ね?赤神さん?
「…保証しかねる。」
次回予告
森の奥に入っていく久音とその仲間たち…
中々見つからない同級生一行に彼らは