赴くはファルベ大教会
黒聖警軍本部から外に出ると太陽は既に真上へと到達していた。
俺が貴賓室と呼ばれる質素な部屋を飛び出して約数十分、ようやく市街地へと足を踏み入れることが叶った。
それは黒聖警軍の警備に話が通っていてスムーズに検問を抜けられたのが要因であろう。
全くあんな後先考えず飛び出してしまったと見られて仕方ない行為にちゃっかりフォローを入れてくるところは流石だあの三人。
しかし今のままでは目立って仕方がない。
何もしていないというのに俺の行く先々で畏怖の念が送られ、住民の多くは怯えてしまっているように感じる。
そういえば今の俺は全身黒装束であったことを思い出す。こんな真昼間の穏やかな王都で黒ずくめというのはやはり怪しさ満点の恰好であるのか、無理もないなと俺は仕方なく特技の『認識阻害』を発動させた。
すると先程までこちらに向いていた視線の多くは無くなり、元の威勢のいいかけ声が戻ってくる。
一層賑やかとなる街の一角を横目に、俺はファルベ大教会へとその足を進めた。
「アイカワラズキラワレテルナーオマエ!コソコソコソコソキモチワルイ!」
「キョウカイスキジャナイ。ハヤクアッチノミセニイコウ。」
「シケタカオスルナ、コッチマデクラクナル。ネクラネクラ。」
周りに知り合いもいないためか、やけに話しかけてくるじゃしん。
その多くがこちらを罵倒したものであったが、気にせず俺は教会があると言われる王都東西エリアに向かう。
先程出た黒聖警軍からは向かって東の方向にあるらしい。王城の近くに位置する為距離としては遠いが、位置取りは分かりやすかった。
俺はじゃしんの小言を上手く受け流しながら、馬車も多く通るファルベ大通りを歩いていく。
近くには数多くの商店が軒を連ね、その喧騒はここまで流れてくる。
風が吹いた、白い煙と共に美味しそうな肉の匂いが鼻腔を通り、脳に『そろそろ食事するべし』と信号を送る。
肉以外にも魚や野菜類も露店で調理しているようだ。俺にもし用事がなければ、寄り道をしてしまっていただろう。
だがここは色々説明すると言った二人を押し切ってここまで来ていた。ならば用事を済ませるのが先決だ。
人々が露天へと殺到していく中、流れを遮るように人ごみの中を渡り歩く。
老若男女様々な人、人種、そのどれもが一様に穏やかな目をしているのはこの国が平和だからなのだろうか。
そうだったらよいなと人波にもまれながら少し笑みを浮かべてしまう俺であった。
◇
「…ここか、ファルベ大教会は。」
人に流されながらようやく辿り着いた教会。それは黒を基調とした何とも不気味な建物だった。
墨で塗りつぶしたような風情も何もない箱が三つほど縦に積み重ねるようにして俺の目の前に存在していた。
ここが教会であると初めての者にはまず分からないだろう。表札も看板も何処にも立ってやしない。
しかしここが教会であることは、外に出ている4人のシスターを見て判断できた。
彼女たちはまるで何かを待つようにして扉の前に立ち塞がっている。
その身を黒の修道服で覆い、ロザリオのネックレス、ロングスカートから出る生足が嫌に艶めかしい。
背筋を伸ばし、遥か遠くを見る彼女たちの目線の先にあるのは一体なにがあるのだろうか。
振り返れどもあるのは少ない人通りと静かな石造りの住宅街だけ。
ならば見つめているのは俺だろうか、今俺は『認識阻害』という存在感を極限まで薄くする(しかし一度完全に俺という存在と真名を認識されれば殆ど意味がない)スキルに限りなく近い特技により相手には早々認識されないと思うのだが、どう見ても彼女たちの視線はこちらを突き刺すように冷たい。
「…少々不気味だな。まるで生きている者とは思えない。」
彼女たちの綺麗に整った顔立ち、右から赤青緑黄色と言った短いショートヘアで表情もなくこちらをじっと見つめる奇怪さ、姿勢を正しその場から一歩も動かないでいるのが薄気味悪く感じる。
本来ならそのような場所に立ち寄る趣味はないが、俺にはしっかりとした目的が存在した。
「汝この戸を叩くか。」
「汝何故にここに来たか。」
「汝見かけぬ顔、ここにいること異質。」
「汝死を恐怖するなら立ち去る、これ忠告。」
「「「「ここから先通すこと、叶わぬ。」」」」
俺が扉へと近づくと4人のシスターは首をこちらに向けることなく、告げる。
扉の前は白の石が埋め込まれた床が前面に広がり、それはまるで雪のように儚く今にも消え入りそうな印象を受ける。
彼女らの忠告を無視して扉の取っ手に手をかけたが淡く光に消え、鉄の取っ手を持つはずだった手は宙を彷徨う。
「汝バルツから認められない異端者。」
「汝この扉の向こうには行けぬ。」
「汝どうしてもというなら私たちを殺せ。」
「汝そうすればおのずと正解が導かれるだろう。」
「「「「さあ決闘の開始。死ぬまで続くサドンデス。」」」」
それは事務的な応答、こちらを見ない4人のシスターは以降口を開くことをしない。
彼女らは確かにこちらを煽った。殺してみろと、物騒な言葉を口にした。
しかし臨戦態勢にすら入らぬ人を簡単に屠ることが出来るほど、俺は人間を止めていない。
どうしようかと考えを巡らせる内、目の前の扉ではない場所が突如開く。
そこは考えが及びもしなかった建物の丁度角の位置。墨を塗られたような漆黒の壁から隙間が空き、光が射す。
完全に開かれ出てきたのは目の前にいる死んだ魚の目をしたシスターとは違い、その眼には光がある金色を纏う聖女のように見えた。
基本色を白としながら全身に金色を散りばめ、布一枚で出来ているだろうその切れ間から妙にみずみずしく張りのある素肌が露わとなる。
彼女の艶やかにウェーブする髪が揺れた。その目に映るのは戸惑いでも喜びでもなく、ただ奥に潜む激情であった。
「いつもいつもご苦労なことね。一日ずっと立ち続けるってのはとても辛いでしょう?交代で休んでもよろしくてよ」
こちらには目も向けずに彼女は4人のシスターに話しかけた。
どうやら俺の存在には気づいていないようだ。ならば好都合と、少々彼女たちの会話に聞き耳を立てた。
「フラム、それ以上はいけない」
「フラム、心配はありがたいがこれは好きでやっていること。」
「フラム、目の前に不審者居る。気を付ける」
「フラム、はっきりとは見えないけど良からぬ者が傍に。」
「「「「注意して、フラム」」」」
4人の声が重なり、まるで歌うかのようにその言葉にハーモニーが生まれる。
フラムと呼ばれた露出高い金髪シスターは足を止め、辺りを見回す。しかし俺の姿は全くとして見えていないようで、首をかしげるばかり。
何故4人のシスターには俺の姿が見えたのか理解できないが、やはり今の俺に『認識阻害』の特技はしっかり発揮されているみたいだ。
おおよそ数回は辺りを見回した彼女は到底理解できぬといった顔で4人のシスターに声をかけた。
「…何も、いないようだけど?何、私をからかっているの?警備の仕事で疲れているからって私に当たられても、何もしようがないわよ。」
目に見えぬ者を早々信じることなど出来やしない。
不審者がいると言われても目に見えないのならば、それは彼女にとって存在しないと同じだ。
からかわれていると判断しても何もおかしくない。4人のシスターは無表情の中に僅かばかり困惑の色を滲ませた。
「フラム、何言ってる。」
「フラム、みてみてそこら辺にいる。」
「フラムの目は節穴。」
「フラム、からかうなんてしない」
「何?貴方達喧嘩売ってるの?売るならいい値で買ってあげるわよ」
どうやら仲間割れしているようだ。
今のうちに俺は彼女が通ってきた扉には見えぬ隠し扉へと向かう。
彼女らは俺が動いたことに気づかない。足音を消し、気配は既に消え、ここにいる誰もが認識すらできずにいる。
外壁の近くに寄る。よく見てみるとこの壁は塗料で塗られたものではない。
どこか立体感がある黒毛、風があれば靡いてしまうだろう細い毛質である。
何故そのような黒毛で覆われているのか、こちらの知る由もないしまた知る必要もないだろう。
兎に角ここにいると言われる元緑の王に会わなければならない。
幸い隠し扉は開いたままとなっている。俺は一も二もなく黒毛生ゆる教会の形をした何かに俺は足を踏み入れたのだった。
◇
「…なるほど、教会というのは今時物騒であるな。まるで歴戦の兵士のようだぞ」
俺は思わず唸る。
目の前には数十人にはなろうかと言う修道服を着た信者たち。
その手には刀や槍やこちらを殺さんとした凶器で彩られている。
全ての視線は俺に降り注ぎ、『認識阻害』の技能があるにも関わらず刃先は真っ直ぐこちらを捉えていた。
どうやらこの建物に技能を妨害する何かが存在している、と考えた方がよさそうだ。
彼らの身のこなし、とても素人のそれではない。一人一人が最低でも現代軍隊レベル。
容易に数百人との戦闘に耐えうるだろう強者ばかりである。
俺でなければここを突破することは不可能に近かったであろう。モルナでさえ手こずりそうなものだ。
しかし全ての行為には必ず穴がある。そして、これがお前たちバルツ教信者の穴ってやつだよ。
「…『影縫』」
俺が小さく呟いたスキルにより全ての物が闇に縫われる。
身動き一つとることが出来ず、彼らはその場にひれ伏した。
『影縫』とは闇を操り拘束するスキルの一種。その拘束は容易に抜け出すこと敵わず、自らのスキルによる無効化か力任せの強引な解呪しか方法はない。
さてさてと俺が見回してみたところ、そのような者は一人として現れず彼らは悔しそうに声をくぐもらせるだけに留まっている。
その様を特に何の感情も抱くこともないまま、向かうのはやはり最奥。
そこにいるはずの元緑の王へとその歩みを進めた。
途中様々な罠が俺を苦しめたが、まあ何とか生き残り涼しい顔で到達するのは大きな仰々しい扉の前。
ここにいるのだろうか、バルツ教なるものを信仰した友。
臆病で人懐っこくて、でも能天気で。まるでお日様のように天真爛漫とした緑髪の少女。
名をグリュン=ア=セラフィムと言っていた彼女が今も脳裏に焼き付いている。
この扉の向こうに果しているのか、それは分からない。しかし俺は彼女を正さねばならない。
過去の歪んだ思想をそのまま後世に受け継ぐなど、あってはならないことだ。
幼き頃伝えた正しくあれと言う言葉など全ては間違いだった。正しいとは正義とは限らない。
時に悪を犯さねばならぬ。それが大事な人であったなら尚更、禁忌を犯してまでも救いたいと思うものだ。
正義とは悪の反対の言葉ではなく、全てを形容し人を思いやり生きていくこと。
それだけで十分正しいことなんだと、そう俺は彼女に伝える必要がある。
「…ようこそおいでなさいました。我が神よ。そのお姿もまた美しいです」
重たい扉を開いて待つのは緑髪の怪しい眼光をひそめた大司教。
首に手元にロザリオと金色のアクセサリーをこれでもかというほど身に着けている。
やはりこちらの姿は彼女に丸見えのようで、踊るようにしてこちらへと歩み寄るのが分かった。
異様な雰囲気、高貴であり潔癖な聖者のようでありながらその瞳には狂気の色が映りこむ。
姿も昔の彼女とは違い濃ゆい深緑の髪をサイドアップさせ、肩甲骨あたりまで伸びる髪は蛇のようにうねり狂う。
俺自身も昔とは随分雰囲気が変わったと言われる立場だが、彼女はそれとは全く異なる趣のように感じる。
止めると決意した俺もここで戦いが起きることを肌で感じていた。
いつもの感覚だ、ピリピリとした緊張感が辺りを占めるこの感じ。彼女と拳を交える時もそう遠い未来ではないと感じさせた。
「…久しぶりだなグリュン。随分雰囲気が変わったな見間違えたぞ」
彼女が近づいてきている。
ならばいつまでも扉の前にいるわけにもいかない。俺も彼女の元へと足を進めた。
彼女との距離は意外にも遠く、その間に幾重もの椅子が通り過ぎていく。
上空の窓はステンドガラスだろうか、日光が差し込むこの場所は様々な色や形をぼんやりと満たしている。
歩くたび彼女の身に着けた金属類が擦れて音が生じる。俺は出来るだけ音を立てぬように特殊な歩法によって、まるで地面を滑るようにして歩く。
距離として数十メートル。しっかりと相手の見える距離でお互いに立ち止まり、言葉を交わす。
まるでこれが、最後の句になるだろうと思っているかのように
「恐れ多いことです。私は貴方の忠実なる下隷でございます。貴方様がこの世界に再び舞い降り私と言葉を交わす、それだけで大変嬉しゅう思います」
「…グリュン、お前いつまで続けるつもりだ。やめろお前らしくない」
畏まった態度の彼女に憤りは募るばかりだ。
何が彼女を変えてしまったか、今の俺には分からない。
他の二人でさえ前世ではなしえなかった協力体制を敷いているので、時とは偉大だと思わざる負えない。
しかしこうして一人の人間の人生を狂わせてしまいもするので時間とは達が悪いことこの上ない。
向かい合う必要があるのだ、彼女もようやく俺と出会い審議を問う時が来た。ただそれだけのことだった。
「何をおっしゃっているのか私には分かりかねますね。貴方は神であり私はただの凡人ですそれ以外の何者でもありません。」
「…俺の知るお前は天真爛漫でいつもヘマするけど愛らしい、そんな少女であったはずだ。」
「はて、私の知るところではありませんね。神よ勘違いされては困ります。訂正していただきたい。」
彼女は先程までの冷静な態度とは一変して、少しの怒りをその身に宿す。
余程前世をなかったこととしたいらしい。過去は過去だと、区切りをつけることに俺も反対はしない。
しかしそれは全てないものとしていいと言う意味では断じてないのだ。
過去とは乗り越えなくてはならない大きな障害。無視することなど出来やしないのだ。
では向かわせてやるのが、仲間だと誓いあった者のせめてもの慰めではないだろうか。俺はそう信じて疑わなかった。
「…いやだ、と言ったら?」
「それならば、神と言えども私は強硬手段を取らねばなりません。全力で叩き潰します」
「…んっいいよ、こいグリュン」
やる気となった彼女は強い。
前世でもその戦闘力には目を見張るものの合った彼女だ。
ましてや今はその数倍は強いとみて間違いない。モルナもロクタヌもそうであったように、彼女も何らかの強力なスキルを持っているに違いなかった。
俺は拳を握り、前へと突き出す。これを見てこちらの本気を見たのか、彼女もまた拳を突き出した。
始まる元黒の王と元緑の王との一騎打ち、それを見守る観客は皆無に等しく唯一机に乗る赤い斑点模様の昆虫だけがその行く末を静かに見守っていた。
次回予告
久音とグリュンとの戦い、序章




