脱出する森
未だに晴れないのはこの霧か、この胸に引っかかるもやもやとした心か。
先程取り逃がしてしまった偽物野郎を思い返し、気分を悪くする俺。
足はモルナが行ったとされる森の中心部に向かっている。
景色は流れて風の音だけが耳に入ってきてとてもくすぐったく感じた。
生き物と言う生き物は先程の肉塊の化け物によってすべて腐敗してしまったのだろう。
見渡せど倒れた木以外の生物という生物は見当たらないでいた。
「…無事で、いてくれ。モルナ」
俺は焦りと緊張で服の下に大量の汗をかいているのを感じる。
モルナは生きてる、そんなこと当たり前ではないか。あんな偽物ゲルプの物まねなんかしている男にやられるほど彼女はやわではないだろう。
そうは思えど焦りは募る一方で、自然と俺の脚は加速をさらに高めていく。
昔の仲間、だからこそ信頼しているし心配も人一倍していたのだ。
いつかの前世オレットの最後がフラッシュバックする。血でぬれた彼女、真っ赤に染まる衣服ときめ細やかな肌に落ちる朱色。
全てが鮮明にて今でも覚えている記憶の一つ。
もう二度と目の前で人を死なせないと改めて天へと誓い、降り続いた滝のような雨。
周りに流されるままで勇者としての覚悟のできていなかったあの頃の俺は、徐々に冷たくなる彼女の体を現世に引き止めることはできずしまいには光の粒となり空へと旅立ってしまった。
儚くも苦い思い出、それをまた繰り返すことだけはしてはいけない。
俺は走る、彼女の元へと一秒でも早く辿り着くようにと足を進める。
「…フフッ心配するな、キューニェ。私はここにいるぞ。」
ようやくたどり着いた最奥部ともいうべき異質な場所。
ここまであの肉塊の化け物の被害が届いてはいないようで、見えたのは倒れていない歪んだ幹を持つ大木達。
風で手のひらサイズの葉を揺らしながら、静かにまどろむ。
そんな空間にモルナは堂々と地面に足をつけ、ただ立つだけの姿はなんと幻想的なことか。
まるで美を司る神のように、あらゆるものを凌駕した存在のように感じられる。
太陽などがこの森を照らすことはないのに、彼女には後光がかかって見えて目も開けられぬほど眩しく感じさせられた。
彼女は完璧まで整えられた顔をこちらに向けてにこりと微笑みかける。
その瞬間に俺の鼓動は舞い上がり空を浮かぶように激しくなっていく。
なっなんだなんだ?これは一体、、、どういうことなんだ?
いきなり胸が苦しくなったことに疑問は尽きぬがここは気丈にふるまってこそ男と言うものだろう。あまりモルナの前でかっこ悪いところを見せたくもないしな。
俺は何でもないふりをして彼女の前に立つ。同じ土俵、おれより少し背が小さいだけのモルナ。
彼女は上目づかいでこちらの気も知らんと見上げてきた。勿論その顔には未だに笑みを浮かべたまま。
「…無事、だったか。よかった。」
「…無事、ではあったがな。成果はなし、結局兵器もアイツらが持ち去ってしまった。全くの無能だよ私は」
彼女は憎々しげに兵器の合っただろう地点に目線を流す。
俺もその一点を見つめるが何もない。
あるのはぽっかりと空いた下地むき出しの地面で、しかし僅かに懐かしい残光が垣間見えたようなそんな気がした。
「…モルナ、兵器ってのはもしかして。」
「あぁ私が依然着ていた『七狂王鎧』だ。あれでここいらを幻想化していたらしい。男のスキルとやらも鎧の影響だろうな。実に嘆かわしい話だ、反吐が出る。」
淡々と推論と事実を述べるモルナに、俺は彼女がまだ何一つ諦めてはいないのだとその瞳から感じる。
…昔から彼女はこうであった、俺の知らないところでいつの間にか彼女は決意を決めてしまって走り出してしまっている。
それに追いつこうと俺はいつも戸惑うばかりで、後をつけるのが精いっぱいであった。
彼女はどう思っているかは知らないが、俺はその前向きな姿勢と何より呆気からんとしたその性格が好きだ。
勿論ラブ的な要素は一切入っていないが、好意的に彼女を見ていられる要因の一つであることはまず間違いなかった。
「…なっなんだ?キューニェ、そのような顔をしてっ少し照れる、ではないか。」
「…ん?俺の顔そんなにおかしい、か?」
モルナは頬を朱色に染めて視線を逸らす。
俺は顔に何かついているのかもしれぬと顔をつねったり伸ばしたりしてみたもののよく分からん。
表情筋はいつものごとくピクリとも動いていないはずだし、一体何があったのか俺には理解出来なかった。
「…フフッ分からぬならいい。さっさと我が部隊と合流しようではないかキューニェ」
「…なんか腑に落ちない。」
彼女は先程まで空気を読んで離れた場所へと待機していた2人の従者を連れて先導する。
俺は素直にモルナの後を追う。モルナの背中には華奢な女の子のひ弱な影は見当たらない。
王の威厳すら感じる無言の圧力。カリスマ性すら感じさせた。
俺はそんな彼女を頼もしく感じ、今までの自分の失態を反省しつつも前を向こうと思うことが出来る。
向かうは黒霧の森の反対に位置する『魔人スーツ研究所』、特殊部隊の面々が迎えているだろう争いに俺とモルナは走り出していたのだった。
◇
比較的整備された道を幾重もの馬車が往来する。
道は大小さまざまな石が敷き詰められ、通りに存在する店からは威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
ここは『モルトス』と呼ばれる街道、あの忌まわしい森からそう遠くないところに存在する王都へと繋がる道の一つ。
現在俺たちは複数の屋根付き馬車に乗り、こうして王都へと向かっている。
何でも黒聖警軍の本部が王都にあるらしく、彼女たち特殊部隊は今回の作戦の成果を直接報告に行かねばならない義務があるらしい。
…それにしても急な話である、森を出てすぐに向かうは宿ではなく本部。
一日くらい休養に使ってもいいのではないかと俺はそう思った。
「…本当にここは日本ではない、らしい。でもだからといって異世界だと決まったわけでは、、、」
未だにぶつぶつと外からの景色を見て呟く目白木くんが馬車からの景色を眺めているのが俺の目につく。
彼は森で見せた死んだ魚のような虚ろな目をすることなく、しっかりと意思を持つ眼差しで眼下を腹立だしそうににらみつけていた。
その瞳に怒りの感情はなく、この世界に来てしまったことを嘆くようなこともないが何処となく物悲しそうにも見える。
地べたに胡坐をかきながらも毅然とした態度なのは皆の前だからか、兎に角緊張に肩をこわばらせている感じが拭い去ることはない。
ここは少し俺が肩の力を抜けるような冗談を言う、のがいいかもしれぬ。
「…ふとんが、ふっとんだ。」
「…んんっ何か言ったか堂ケ崎久音――――ではなかったキューニェ=ドグラーニャ?」
ぼそっと呟いた俺渾身の冗談とやらも少々自分の世界に入っていた目白木くんには届かなかったらしく、こちらへと聞き返す彼。
二度いうことは気恥ずかしくとてもじゃないが言うことは出来ないわけだが、こちらへと意識を向けてくれた彼に言葉をかけぬわけにもいかず
「…いや、もう体の具合はいいのかと、思って。」
「…ふん、これ程度の不調は不調のうちに入らぬさ。伊達に問題児の多い生徒会長を務めているわけではない!」
何とか話を逸らそうと苦し紛れに出した問いに胸を張り元気だぞと主張する目白木くんを見て、俺は安堵する。
…あの時はもうだめだと思った。目の光を失い虚ろに視線を合わさぬ彼、森を出て先にある『魔人スーツ研究所』で怪我人の絶えない特殊部隊と合流した中に洗脳を解く技能を持つ者がいて本当に助かった。
洗脳されたまま操られるだけの駒でしかなかった彼は今こんなに意思を交わせることが出来る。
それがとっても嬉しくて、俺にも助けられた命があったって、そう感じるに至った。
「…熱血漢で暑苦しいよな会長って、とってもウザい。」
暑く自らの正義を語ろうとする会長に対し、とっても嫌そうに会長を見つめるのは小さな小さな森脇くん。
彼も既に洗脳は解けていて、その眼にはしっかりと理性を灯している。
事情も全て特殊部隊の馬車に乗る前(彼女らは森の前まで馬車で移動してきたらしく、森を出た先に中型の馬車が4台ほど停まっていた)に話してあり、ここが日本ではないこと彼女らは自分たちの味方であること…そしてクラスメート全員を助けられなかったことを俺は自分の口から自供している。
それがどういうわけか俺への激しい罵倒の言葉はなく、ただ暗く俯いたのは自分も操られてしまった後ろめたさがあったからだろうか。
兎に角2人が無事にこうして馬車へと乗っている、それだけで救われるような気がした。
まあ、この目の前の二人以外は心身共に疲れが祟ったのか眠りについてしまって、誰も彼らに苦言を言うものはいないし俺も勿論スキルを大分使ってしまったので疲労感はあるものの寝てしまうほどでもない。
話し相手となり付き合おうと口を挟もうとするが、二人とも得も言われぬ睨み合い。
どうにも間に入れそうにない俺はこれからのことを考える。
現在人質であった16名を乗せてこの馬車4台は並んで進む。
王都へと向かっているらしい、そこで帰れる手段を探すのも一つの手だろう。
彼等だけでも元の世界に帰らせたい。そう思うのはごく自然のことだろうと思う。
しかし…
(本当に王都で見つかる物なのか?転移術なんてもの、ありえない。)
俺は手がかりすら見つからないのではないかと思う。それはつまり無駄骨となるということだ。
理由は俺がこれまで自力で元の世界へ転移したことがないからである。531回という転移回数を誇りながら転移術など世界中どれだけ探しても見つかることはなく、世界がある程度平和になりさえすれば自らゲートは彼の目の前に現れた。
つまり俺はまたここで、この世界で人を救い悪をくじき、弱きを助ける必要があるということ。
…いや、別にそれが悪いってことではないのだが今回俺には元の世界での友人たちが存在している。
彼らはすぐにでもこの場を立ち去り、あったかいご飯が待っているだろう日本に帰りたがるだろう。
急ぐ必要があった。だってクラスメートを巻き込んでしまったのは大方俺のせいだろうし、責任はとらねばならない。
未だに眠り続ける赤神さんを横目にそう俺は思った。
(…現状、何をやれるかなんて限られているならそれを確実に潰していくべき、か。)
景色は変わらず変わり映えはしない。
人々の喧騒は未だ鳴りやまず、商売っ気の強い者はより声高々に店の宣伝をしている。
それは今の心の沈んだ俺たちにとって少しの慰めとなり、思いは一日前にいた沖縄の海を思い浮かべていたのだった。
次回予告
敵サイドのお話、正体が段々と見えてきます。
一応次で二章はおしまい、その次からは3勝の始まりですよろしくです。




