鎧との再会?
決まった形などない暗い、音もない世界。
光は全て遮られており自分が立っているのか歩いているのか、上を向いているなのか下を向いているなのかすら分からない。
自分を見失ってしまいそうになる。常人であれば自我を保つことすら難しいであろう。
しかし黒聖警軍特殊部隊隊長であるモルナ=リズフィードは今まさに己の目的物にその手を伸ばしていた。
彼女には見えているのかもしれない、正確には目で見えることの出来ない光を通さぬ闇泥の中。
そう思えてしまうほどに躊躇なく彼女は手を取る。
すると人の手首のような、確かな感触がモルナに伝わってきた。
それと同時に闇泥に包まれた世界は一変していく。
手にしたと思われた手首の感触は目の前が光で開けた際に溶けてなくなるかの如く、ただ薄らと残るは人肌の暖かさ。
代わりに見えたのは先程と違った暖かな光、足元にはみずみずしいほど露の張った草木。
雄々しく緑をたたえ、上空には鳥が飛ぶ原風景。
しかしそこに似つかわしくない物体、紫を基調とした艶めかしいほどの扇情的なアーマーが忽然と存在する。
不気味な雰囲気を醸し出すその鎧をモルナはよく知っていた。
かつてそれを自ら望んで着たこともあった。あれは…
「…『七狂王鎧』?まさかこんなところにあるとは、驚きだな。」
かつてこの世界で1000年前に誓った約束、戦い、裏切り、すべてがモルナの頭を駆け巡る。
しかしそれに不安がることも恐怖に打ち震えることもなく今までにないほど彼女は冷静でいられた。近くに唯一過剰ともいえる愛を捧げる彼はいない。
従者の二人もいない、完全なる一人であるというのになぜだが心には波風一つ立つことはなかった。
それもこれも懐かしき相棒と会えたからかもしれぬ。モルナは少しだけ可笑しくなって微笑を浮かべたのだった。
「久方ぶり。元気にしていたかヴァイオレット。」
モルナが自らの前世の名前を優しく呼ぶと鎧は反応する。
紫の光はさらに光量を増して、空を覆い隠すほどの量となる。
まるで再会を喜ぶ友人のように、紫の光が優しくモルナを包みこむ。
モルナはそれに抗わず受け入れ1000年、いや様々な前世を数えればそれ以上となるだろう鎧との再会を喜ぶ。
「…よかった無事であったのだな。こんなところに閉じ込められてさぞ窮屈であっただろう。」
ここは鎧から漏れ出す紫の幻視光線が生み出した世界なのだろう。
幻を魅せて見せる鎧、銘を『ヴァイオレット』といい世界からは隔離された場所に保管してあると風のうわさで聞いていたのみであった。
しかしここは敵地の真っ只中、さらに兵器が存在すると言われている地点。もしやこの鎧が彼らの最終兵器であるとでもいうのか?
幻で出来たこの世界にぽつりと一人佇むモルナ。
思えば『七狂王鎧』は神から授かりし最後の希望となりえるもの。
彼らの隠蔽しておきたかったものと言われればつじつまが合わなくもない。…納得は出来ぬことだが、そう考えれば話も見えてくるではないか。
「…驚かせよって。お主の性格は、変わっておらぬと見えるな。ヴァイオレット」
なおも光量を増していく鎧に少々目を細める。
鎧は無邪気に光を放出させて嬉しさ百倍と言ったところか、しかしそんな二人の穏やかな再会の空間もすぐに消え去る。
後ろから現れる人影、既に気配を察知していたモルナはいなす。
一瞬火花を上げる金色の鎌、対して人影が放つは小型ナイフ。勝負は鼻っから決まっていた。
刹那の間に均衡が崩れ、鎌の射程範囲を超えて退避した人影。
勢いよく後ろに飛び去ったその顔にモルナは見覚えがあった。
先程まで話していた男だ、早々忘れることもないでだろう。
男は忌々しげなその顔をこちらに向ける。
向けた先に見るはモルナ自身か、はたまたその奥に存在する前世の姿か、それは男こそが知る答え。彼女が知る術は、ない。
「あちらがかの有名な英雄シュバルツさんだったことからもしやと思いこちらに来てみたのですが、案の定あなたも元七狂王ですかぁ?全く安物のバーゲンセールじゃないのですからそう易々と出てきてもらっては困りますねぇ」
見れば見るほど嫌になる、まるで死体のように青ざめた色をした道化師の衣装。
先程まで対峙していた男に酷似、いや張本人であると断定できる。
男が持つナイフは既にあらぬ方向に曲がってしまい、使い物にはならない。
男はその歯が欠け使い道のないナイフを地面へと叩き捨てる。そして余裕綽々といった態度でモルナに話しかけていた。
「…普通この鎧までたどり着くことはまずあり得ません。あなた、この鎧の元持ち主バイオレットですね?わかりますわかります。私にはわかってしまうのですよ。全て、ね。」
「…んーそれを正しいと答えたり答えなかったりする義理も人情もないわけだが、まあよいであろう。私は前紫ノ国当主バイオレット=ジ=トレスティである。それがどうかしたかい『嘘吐きの道化師』くん?」
彼女は男の言葉を肯定する。
男はそれに少し驚いたように目を見開いた…ように思えた。
正直に自白するとは思っていなかったのだろう道化師の男は、少しの間時が止まってしまったかのように動くこともない。
眉をひそめるモルナ、彼女にとって自分が元七狂王であったことは寧ろ誇りに思っていることだから堂々と言ってしまえるのは当然のことであった。
この世界での1000年前、七人の王のあいだには様々な思いが交差し、激突し、最後には仲違いをする羽目となったが、その全てのできごとに後悔などはしていない。
そして正体がばれたぐらいでどうにかなるとも思っていなかった。
過去は消えやしない。むしろ認めることで自分を強くしてくれる財とも言える尊き物。
それに彼女には自分を理解してくれる彼がいてくれればそれで十分であると言えた。
他の人の評価など無意味だ。もてはやされようと敬遠されようとそれは変わらぬ。
自分が自分でさえいてくれれば彼は私を見つけてくれる、そんな私を誇ってくれる。その確信がモルナにはあった。
「簡単に、認めるのですねぇシュバルツさんの方は認めなかったというのに。」
「…そうか、認めなかったか。バルツァは全く本当に」
彼女は口元にそっと笑みを浮かべた。
バルツァは自分が許せなかったのだろう。あんな悲惨な終焉を迎えたのだ、『英雄』と呼ばれることに著しい嫌悪感を抱いているかもしれん。
彼がしてきたこと、やろうとしたことは等しく皆の平和を望んでいた。
しかしそれが実ることもなく絡まる運命の糸、最後にほつれた糸は他人を死へと誘った。
それを彼は全て背負おうとしている。自らの行いを過ちとして、平和を望んだただの少年が英雄として名乗りを上げる。
世界は彼を救世主として祀り上げた。
絶対的な正義としてその名を永遠に刻み付ける様は、見ていてとても皮肉だと思う。
可愛そう、だとは思わない。彼の生き方はちっとも可哀想なんかではない。
世界中のだれもが彼を雲の上の人だと近づかなくなっても、私だけはモルナと優しく呼ぶ彼に何度も助けられているこのか弱き少女だけは肩を寄せ合い称え合う。
認められるってことがどんなに大事なのかは私自身一番身に染みて分かっているから。
だからこそモルナは前を向ける。
変わらぬ彼に今こそ報いることが出来ると感じさせられる。
…だが、今は感傷に浸る場合でもないな。兎に角この場を切り抜けねば未来はない。
この敵を逃すわけにはいかぬのだ。鎌を手に取り戦え、戦え、戦え…
「そろそろ早急に決着をつけねばな。なぁ?そうだろう『嘘吐きの道化師』さんや。」
「…えぇそれもそうですね。私にはあなたを相手にしている時間はないのです。帰って暖かな紅茶が待っていますからねぇ」
男は袖から隠していたのだろう、素早くその手に再びナイフを握る。
しかし数は先程より多い4本。投擲に使用するのだろう、牽制のつもりかも知れぬ。だがその手には乗らぬよ。
先手必勝、投げられる前にそのナイフは封じさせてもらう!
「『聖光』」
「…ちっ、目くらましですか?小賢しい!」
モルナは片手をかざし短く唱える。
それは紫の光が今なお降り注ぐこの空間において無色で目で視覚できない強い光線。
直視すれば網膜を焼き尽くす勢いで男を襲う。
男はそれを頭が考える前に瞬時に体が反応したようで、事なきを得る。
しかし閉ざされた視界に、頼れるのは聴覚だけとなった。
動けない男、モルナは音もなく近づく。そして二手に持つ鎌を男目掛けて振りかざす。
空間さえ切れるような鋭い風切り音。それにようやく気づいた男は避けようと頭を下げて、しかし逃避は最早間にあう話ではない。
刹那男の首は飛び、愛しの鎧ちゃんへとおわかれのご対面をする…はずだった。
「…残像?本体はここにないということか。」
「えぇまあそういうことですよ。元紫の王。残念でしたね!」
愉快そうに笑う道化師の男。
モルナの手には先程から変わらぬ感覚の大鎌。あまりにも手ごたえのない、まるで空気でも切るかのような虚しさ。
折角の美人も今は顔をしかめてさぞご立腹の様子だ。
しかし彼女はその手から警戒を抜くことはしない。隙あらば追撃できるようにと構えは解かぬままだった。
「…まあ、よい。そなたなど私の敵ではないからな。大目に見てやろう、兵器はこちらに渡してもらうが。」
「おおー敵ではないなんて辛辣なご意見!しかし貴方に渡すわけにはいかぬわけですよ。これは大事な大事な部下の命よりも重要な最終兵器ですからね。だからこそここは、、、おとなしくとんずらしますよ!それではー!!」
先程まで鋭い敵意を秘めた視線を外し一目散に逃げ出す男。
モルナは男を追うこともせずに鎧へとその足を向けたが、あと一歩のところで鎧は消える。
まるでそこにあったのは映像で、偽物であったとでもいうかのようで、しかし先程まであったのは本物であったと彼女自身確信していた。
手は再び空気をつかみ、その手には紫の残光。
世界は歪みだし、最後に見たのは小さな人影。
先程の男とは明らかに違う体つきは女性のものだろう、出るところは出ていらぬところは引き締まっているという印象。
髪型も独特な形状をしており、どこからか高笑いの聞こえてきそうな風貌であった。
モルナは男か人影を逃すまいと手を伸ばすが届かない。いつしか景色は変わって先程までいた黒霧の立ち込める森。
闇は消え去り霧が鼻腔を擽る。近くによる従者二人に言葉をかけることもなく彼女は立ち竦む。
成果などなかった、兵器を破壊することもままならない。
隊長失格と言われても仕方のないモルナは、一人空の欠片も見えない遥か上を見つめた。
そこにはどこまでも高い木々の葉がいつまでもいつまでも音もなくなびいていた。
次回予告
全ては終わり逃げられただけで成果はなし。でも救うことのできた命も確かに存在していたのだ…




