一応の決着
黒ノ自治区と紫ノ自治区の間に忽然と現れた天まで届かんとする森。
その森の中には黒い霧の立ち込める不気味な森が存在していたのだが、既に森の象徴ともいえる木がなくなりかけており空地へと変貌を遂げようとしていた。
多くは地面をえぐり取られ消滅し、またあるはずの木々は倒木しつつ腐り果てている。
見えてくるのは何かの肉片が飛ぶ奇想天外な様、それを身長が180センチはあろう絵画のような美しい顔立ちの男性が余裕を持って避け続けていた。
周囲には倒れ込んだ木々以外に特筆すべきものはなく、一般男性の手のひらよりも少し大きめの手形葉が空中に舞う。
人型をした肉塊は動くことをしない。ただその場で自らの肉を敵に認識した相手に飛ばすのみだ。
肉塊一つ一つに意思でも存在するのか敵に確実に当たるよう投擲されたそれは、冷たい目をした彼に紙一重で躱される。
既に数百を数える回数続けられている作業。
常人であれば気が狂ってしまうようなやり取りは、一瞬先にある死の文字を如実に表す。けして蔑に出来ようはずもない。
「…しつ、こい。何度やっても無駄だ。」
「くくくっこいつは疲れと言うものを知らない怪物ですから無駄ですよ?あなたを殺すまで活動し続けるでしょうね。」
肉塊と長身の男性から少し離れてこの戦いを観戦している者。
道化師の恰好をした性別不明の人影、こちらを馬鹿にしているような笑みを浮かべた仮面をつけている。
その傍にはさらに二人の男性、どちらもメガネをかけた大きい者と小さな子供。
どちらも彼の良く知る知人であり、今ここに留まっているのも彼らが操られ敵側に立っているというのが大きい。
むやみやたらと物質を腐らせるなんて有害物質をまき散らす二次災害野郎もこちらを追わないのは、逃げないと分かっているからではないか。
そうは思えど遠く逃げることはかなわない。
彼らをおいて逃避するわけにもいかず、彼と肉塊の化け物の攻防はいたずらに時間だけが過ぎていくだけのものであった。
「…くっやるしか、ないか。」
「やれるものなら、ね。やってごらんなさいよ!その体も長くは持ちませんでしょうからねぇ。」
男は高笑いを決めて、長身の彼は下唇をかむ。
彼の体は既によくわからぬものに半場侵されてしまっていた。男が先程唱えた呪文の効果であることは彼自身重々理解している。
足が重く、先程まで軽快なフットワークを決めていたのに段々とそれも難しく感じてしまう。
心臓の音がうるさいほどに鼓動し、この場で倒れてしまっても仕方のないほどだ。
全身がマヒしていくような感覚、今そこに立っているのは彼自身の意志の力。
意地だった、ここで倒れてはいけないという強い精神が彼をこの場に駆り立てていた。
「…何をしたかは知らない。でもこれで、終わりだ。」
「えぇそうですねぇー私も暇ではないですし、そろそろ終わりとしましょうか。…死になさい黒髪の」
男は余裕綽々といった風にその手を下におろした。
それを合図としたか人型をした肉塊は自らの身を振るわせ、肉片が辺りに散らばる。
なりふり構わずといったところだろうか、しかしその標的はたった一人の少年に矛先が向けられていた。
次の瞬間にはすべての肉片が彼に向けて飛んでくることだろう。1ミリの隙もない弾幕のように伏せた肉の数々、スキルもまともに扱えぬ今の状況では彼に全て避けるのは難しそうだ。
彼も決意を決めていた、多少のリスクを冒してでもこの肉塊を止めようと彼は力をため込む。
「名付けて『腐肉秋霖』。これを受けて立っていた生物はいませんよ。くくくっ」
「…それは死亡フラグというやつ、だ。」
全ての肉片が彼に放たれるその一瞬前に、彼は動く。
刹那彼に向かい飛来する肉片、彼の腕に足に胴体に全てを腐らせる肉片がまとわりついた。
すぐに彼は死体と化す。そう断定した男の前には土煙が舞い上がる。
どこを見渡しても土色の景色、隣にいる人物さえ特定できずにいるぐらいだ。
男は笑いを我慢することが出来なかった。笑い転げそうなのを必死にこらえるのが精いっぱいで、周りに気を配る余裕すらなかった。
「くくくっやった!やったぞ!私より遥かに格上の相手に手を汚すこともなく、倒した!倒してやった!いやー愉快愉快。これであの方に話すだろうネタにも尽きないでしょうねぇ」
依然として直立したままの人質二人。
その眼には悲しみも怒りも浮かんでおらず、ただただ無表情。
何の感情も抱いていない彼らがいる方に男は足蹴りした。
誰かの倒れる音、彼はそれに満足して未だ忍び笑いを続けていた。
「…これなら私の出る幕もなかったかもしれませんねぇ。私たちの視線にいち早く気づいた者であるから、もしやと思いましたが。まあそんな都合の良いことなど転がってはいないということでしょうね。」
彼は見ていた、森に入る前からバスが炎上したその時から研究所に居ながらその様子を事細かく見ていたのだ。
それは彼の発明である千里眼を模した現代でいう監視カメラにも似た何か。
ある一定の範囲を監視つづけるという便利な道具。それがこの森のあらゆる所に設置されていた。
それに言わずとも気づけた人間は黒髪の涼しい顔をした少年以外にはいなかった。だからこそ男はこの醜悪極まりない肉塊の化け物と人質まで残しておいて迎え撃ったのだ。
研究者である彼には発明の他にも才能を凌駕した能力であるスキルが二つ存在している。
一つは『人の認識を変える能力』、幻惑系の能力にてある程度の一般人を掌握することが出来る力。
勿論実力差や耐性がある限り成功失敗の有無は、極めて低いと言えよう。
一般人には効くが武人には効かない可能性が高いと言ったところか。
しかしそれを補うかのように男が持つもう一つの能力は『強さを足枷にする能力』、これで自分よりはるかに強い人物を弱体化させることが出来た。
強ければ強いほど能力は制限されるし、身体能力も著しい低下を招く。
まさにいいとこづくめの能力。この二つの能力がある限り男に敵はない。
一般的にスキルと呼ばれる超能力、二つ所持するのが出来る限界だと言われているそれを男は限界まで所持していたわけだ。
だからこそ彼が倒してやったと慢心するのも無理はないかもしれない。強さを得た愚者はすぐ自らに溺れてしまう。
その点黒を全身に纏った堂ヶ崎久音という男は違っていた。
彼に慢心などありはしないし、敵を確実に屠るその時まで油断などしないだろう。
そう今の状況もこういった心持ちの違いが生んだ、堂ヶ崎久音の完全なる勝利であるといえよう。
「…チャックメイト。これで詰みだ。」
「…おやおや、捕まってしまいました。困りました困りましたねぇ?どうやってあの隙のない攻撃を避けて私のところに来たのか、冥土の土産にでも教えてもらいたいものですねぇ」
とても困っているとは思えない声音で男はすぐさま無抵抗のサインを送る。
いつの間に背後へと回り込んだのか刃を首元に突き立てる久音に男は後ろを向いたまま問う。
彼の命は風前の灯火。やろうと思えば簡単にその命を屠ることが出来る。
しかしそれは出来なかった。彼の言葉が全て本当であるとは思えなかったが、もし本当であるとしたらここで彼を殺すと目白木くん以下他の人質の命が危うい。
ならばと彼を説得および脅すほか方法はないようで、久音はその問いに答えてやるのだった。
「…確かにあんたの能力は厄介だ。足が鉛のように重いし思いの他スキルも使えなかった。だからこそ一か八か俺は呼んだわけだ、これを」
男が振り返ると先程までの何か制服のような物を着た黒髪の少年の姿はなく、仰々しいまでに尖った装飾をされた黒の鎧を着こむ者。
鉄仮面と思わしき鎧姿の彼は、怒気を表しているかのようにこちらを委縮させる雰囲気をその身に宿す。
後ろの背中からは高出力で黒いエネルギーのようなものが放出されている。
それが天使の羽のような形をして今にも彼はどこか遠くに飛んでいきそうだった。
鬼神の如き鎧姿の彼。それを見た瞬間、流石の男も冷や汗をかく。
恐怖で身を震わせ、手が小刻みに動き言うことを聞かない。
男は侮っていた、彼を。その実力を見誤っていた。
しかしこれで分かったこともある。黒髪の少年の正体が、男には何となくだが察しが付いてしまったのだ。
「まさか本物の『七狂王鎧』、ですか?…黒い鎧、、あっあなたは、もしや1000年前に忽然といなくなった『黒聖の剣義王』シュバルツ!?生きて、いたんですか…」
「…。」
久音は返事をすることをしない。
すれば認めたことになる、彼がこの国の基盤を作った英雄だと。
しかし無言即ちそれは認めたことと同義である。男は返事もしない久音に目もくれず、遥か上空を見上げた。
彼には何が見えているのだろうか、そこにあるのはただ黒い霧で見通せぬ汚れた空気だけだ。
「…そう、そうですか。姿形はまるで後世に遺さぬ人たちでしたからね『七人の狂王』。貴方自身を見てもすぐにピンときませんでしたし危うく騙されるところでしたよ、ただ鎧を見ていなければの話ですが」
男の言う通り彼ら『七人の狂王』は詳細の姿を隠蔽されていたも同然だった。
彼らの特徴である髪の色や性別、彼らの残した数々の武器は下々にも広く浸透していたが、ことその姿を一目拝もうにも自画像一つ残ってなどいない。
彼らに1000年前に会ったことがあるという者も当時大勢いたはずなのだが、誰も彼も仕草や声音を覚えているばかりでどんな顔であったかなどの肝心な情報はまるで靄がかかっているように思い出せなかった。
そのおかげで久音は男に自らがシュバルツであったと気づくこともなかったのだが、今着こむこの鎧。
この鎧だけは身元のばれてしまう諸刃の剣。七王だけが身に着けることが出来る鎧、それが『七狂王鎧』という神に祝福された最後の兵器とも呼ぶべき代物。
世界を覆う悪が蔓延ろうと全てを消し去ることのできるだろう途轍もない力を秘めた最終兵器とも呼ぶべき存在。
それを見間違うことなど男にはありえぬことだし、それを着ているということは久音を元七王の一人であったと認めるしかないのだ。
男にはいつしか余裕のある笑みが消え、奥歯をグッと噛みしめた。
「いやいやまさか本物に会えるとは思ってもいませんでしたよ。これも私が日ごろ善い行いを沢山しているからですねぇ。ありがたいありがたい。」
「…善い行いとは、なんだったのか。少し議論を重ねる必要がありそう、だ。」
既に逃げ腰の男はしかし鎧を着こむ久音によって牽制される。
男の勝ち目は完全になくなった、何故なら久音が着込む鎧はスキル無効化能力がついており、男の攻撃は彼に一切効くことはない。
頼りとしていた肉塊の化け物も何があったのか消え去っており、その存在を確認する手立てはなかった。
また人質もいつの間にか彼の元に存在し、気を失っているのかその場で倒れてしまっている。
だが多少の優位は男に存在する、人質の命は男が握っているのだ。
だからこそ彼は殺しはしないのだろう。二人の仲間の呪縛を解くまで、男の命は皮一枚でつながっていた。
「見逃しては、もらえませんよねぇ?元英雄さん?」
「…あたりまえ。早く人質全員を解放しろ。」
彼が冷たく言い放つと男は一層体をこわばらせる。
男の発明『魔人スーツ』は実のところ『七狂王鎧』を再現した劣化模造品だ。
かつて存在していたという最強の七つ鎧。
それに男は小さいころから憧れていた、自らそれを上回る最強を超える最恐の鎧を作るためにこれまで邁進してきたつもりだ。
『魔人スーツ』というのもただそれによって生まれた副産物の一部に過ぎず、さらなる高みへと昇華させるために男は持ちうる限りのあらゆる手を尽くしてきた。
ある時は仲間であった研究所員を裏切り、虐殺を繰り返し、それでも止まらぬ歩み。
しかしこうして現物を見た今、それらはなんの意味もなかった行為と思えてしまうほど絶対的な壁がそこには存在していた。
男は絶望の淵に立つ。男に目の前の彼はあらゆる万物をも取り込み、全ての事象を書き換えんがごとく世界から逸脱した存在のように思える。
一重に神と呼んでも寸分違えず信じることだろう。今の彼の姿を見れば間違いなく、である。
「いやはや、つらいですつらい。この手で触りたかったものです。その鎧を全身全霊で感じていたかった。しかしそれも時間切れのようですねぇ困ったものだ。」
「…なにを、言っている。」
男の目には既に彼の姿は見えていない。
男にはこれからなすべき理論の提唱や分析が頭の中でぐるぐるぐる。
道化師であるはずの男はここにきて研究者としての性を遺憾なく発揮し始めた。
絶望を迎えたはずの壁は、徐々に埋まっていく。さながら砂時計のようでその溝が埋まってしまうのも時間の問題か。
男には既にその先の何かが見えようとしていた。手を伸ばせば届きそうで、でも届くことはないだろう距離。
実にもどかしく感じる男は、先程の茶色い景色から一変して黒い霧が漂い始めた森の中いつの間にかその体が半透明に透けてきていた。
首に刀を突き付けたままの久音はこのことに少々驚きながらもなるほどと思いなおす。
こんな場所に現れた『嘘吐きの道化師』という敵、実に都合がよすぎると思っていたのだ。
兵器を破壊されることは困るだろうが生粋の研究者であろう男が、単身その身を敵の真ん前に正直に晒すとは考えにくい。
恐らく遠隔操作で映し出されたホログラムのような、もしくはただの影武者であろうかを使ったのであろう。
兎に角当の本人はここには存在しないということか。くそったれ。
「…やって、くれる。逃げ出そうとしたのも演技ってことか。」
「…さて?なんでしょうね。あなたには関係のないことですよ。元英雄様?」
青い道化師の男は最後に静かに笑う。それはどこか余裕のなくなったかのような乾いた笑いだったが、久音にとってそれだけで十分だ。
人質の命は彼に握られたまま、彼らの目に色彩は戻らず未だに彼の支配が続いている証拠だ。
手綱を渡したままの状況、とても良い展開とは言い難い。
それに敵にこちらの正体がばれてしまった。能力が制限されたあの状況で鎧を着こむしか方法はなかったわけだが、久音にとってそれは迂闊なことだったと言わざる負えない。
「…ちくしょう、ちくしょうが」
久音は呟く、二人の人質は助けたもののそれ以外の状況は最悪の真っ只中。
右を見ても左を見ても肉片の散らばる異様な光景に麻痺しながらも、助かるはずだった命を受け止める。
どれだけの人がこれの犠牲になったかはわからないが、恐らく相当数の量いることだろう。
中心に位置していた緑に怪しく光る石を破壊すると肉片は元に戻らず砕け散る。
それがどのような意味を持つかなど最早言うまでもないことだ。
…沢山の命がここで散ってしまった。救えなかった命に、悔いがないとは言えない。
助かるかもしれなかった命、呪うは自らの実力不足。
圧倒的に足りなかった力、破壊することばかりのこの体。…またも壊した命の音、音、音。
鎧は全てを破壊し装着する者を生かす。鎧の鏡ともいうべきか、いやはや皮肉でしかない。
久音は刀をしまう。黒で塗りつぶされたかのような刀身に映るは情けなくも見える自らの顔。
泣きそうなその顔を無表情にすり替え前を向く。
くよくよすべき時ではない。今は、今はまだすべきことが残っている。
「…モルナ。」
久音が今一番救いたいと思っている仲間の名前を小さく呟くと残された倒木の木々の葉が微かに揺れた、そんな気がした。
次回予告
兵器を見つけ出せずにいたモルナ。消えた兵器、あれが消え去る前にかすかに見えたのは人か否か彼女には分からなかった。
祝3万PVということで短編を書きました!良かったらどうぞ→http://ncode.syosetu.com/n0078bz/2/




