偽もの戦いが始まる
※今回は短いです。
黒い霧の立ち込める不気味な森、そこにはありとあらゆる化け物どもが蠢きあいその様はぐつぐつと煮えたぎる地獄釜のよう。
右も左も見えぬ視界の中、あるのは隣り合わせの生と死のはざまを漂う異様な緊張感で普通の者なら十分とて耐えることなどできないだろう。
何より体にまとわりつくこの霧状の何かが体力を徐々に徐々に奪い取り、ついには足が動かなくなる。
動けないと迫りくるは終わりという名の救済で、恐怖に打ちひしがれた精神がようやく安息の時を迎えるのだ。
黒霧の立ち込めるこの森は、通常そういった恐ろしい場所である。普通の人には死以外の道はない厳しい環境。
しかし現在金色の鎌を振るう女性と同じく金色に輝く槌を振るう男性には寧ろそれが好都合であるかのよう。
醜悪に歪んだ木々をなぎ倒し、そこに住まう化け物どもを蟻でも潰すかのように切り裂き潰す。
辺りは肉片や木片が縦横無尽に飛び交う無残な状態で、歴戦の戦士であろうと顔をそむけてしまうことだろう。
「なんて手ごたえのない奴ら。少しは反撃したらどうなんだ?」
その中でも特に薄紫の腰まで伸びる髪をした女性はこの惨状をどこか退屈そうに見つめている。
彼女にとってこれはただの前座であり、本来の目的はこの奥にある兵器の破壊だ。
しかしここにいるのはあまりにも手ごたえのない雑魚ばかりで先程部下を鼓舞した手前少々肩透かしを食らったというか何というか…拍子抜けしていた。
それが心に油断を生み出したのか、彼女は後ろからヘドロが意思を持ったかのようなドロドロとした生き物が取り込まんと迫りくるのを気づかずにいる。
その距離あとメートルほどの隙間もない。ぽたぽたと落ちるは彼の体液か消化液か、とにかく地面を溶かすそれは触れれば火傷では済まぬであろうことは火を見るより明らかであった。
「…『闇浸食』」
間一髪男の方がそれに気づいてヘドロのような生き物を自身の持つスキル(厳密にはじゃしんにより強制開眼した才能)『混沌闇』により触れることなく文字通り消し去る。
残ったのは虚空。周りにヘドロよりも濃ゆい闇がその生き物に浸食し、存在を抹消してしまった証である。
対して女性の方は何の気負いもなく、彼の肩に手を置く。
「…おや?また助けられてしまったようだな。恩に着るぞキューニェ。」
「…いや、大したことじゃないから気にするな。でも気をつけろだんだんこいつら強くなっているみたいだ。」
男の言う通り彼らは既にその足を奥地へと進めすぎたようだ。
先程までとは違い、化け物どももどこか慎重にこちらの様子を伺っているようで、一筋縄ではいかぬであろうことは見なくとも感じ取れる。
彼は『極電』により宙に放ったままの片手で持てるサイズとなった『撃墜槌ニョルニル』を、試に気配のする方角へと投げつけた。
ニョルニルの持つ能力により辺りには轟音が鳴り響くが、依然としてこちらをじっと見つめる視線は消えないでいる。
「…この粘りつくような視線、敵はどうやら相当性根の曲がった者なのだろう。気が滅入るというものだ、な。」
「…あぁしかも相当の手練れだぞ。気配を悟られないよう上手く隠していやがる。」
視線を送る張本人はまるで狩人のようにこの霧の中、上手く正体を隠していた。
それだけで相当の腕だと見える、少なくとも彼はそう感じるに至った。
「…しかもこの森、おかしい。再生できぬほど一片の神経すら残すことなく潰したというのに既に復活しようとしているとは」
木片、肉片と化したはずの森たちは周りにあるバラバラのそれらとくっつき新たな命として、誕生しようとしていた。
潰せど潰せど立ち上がる混合物に終わることのない切り裂く肉の音、潰れる際のぐちゃっという不快な音が森に響く。
後方では槍で突き刺す風切の音が聞こえる。きっと3メートルを超す二人の武人がその手を振るっていることだろう。
…しかしそれもいつまで続くことだろうか。体力の余裕はまだまだあるがこのままでは埒が明かぬ。
男は覚悟を決めることとした。全てを無にする覚悟を
「…モルナ、後ろの二人と共に離れていてくれ。少々無茶をする。」
「ふふっ分かった。無茶もいいがあまり無理はしないようにな。」
モルナは名残惜しそうに後ろ髪を引かれる思いでその場から離脱する。
化け物どもは一瞬モルナの方に強い視線を送るが、俺の方を先に殺そうとしてかすぐに皆標的を俺一人に集中させた。
今や針の筵、四面楚歌状態であるこの状況で男は薄く笑みを浮かべた。
そしてそれが合図となったのか一斉に襲い掛かる異形の者たち。それは彼らが一人だけである状況を好機とみてかはたまた彼らを動かす何かを男が放っていたのかそれは分からない。
分からないが結果としていえることは、その辺り一面地面も数百メートルえぐりとって彼は地面へと降り立った。
数秒前には確かに存在していた木々も夥しい数の化け物もそっくりそのまま消えてしまったのだ。
「…少しやりすぎたか。相性が良すぎるというのも考え物だな。」
男はえぐり取られた大地を目にし、一人ごちる。
彼の『混沌闇』というスキルは暗闇でこそ瘴気の中でこそ威力を増す特殊技能。
ここはその条件を十分満たしており、威力も本人の思ったよりでかい規模となってしまった。
そんな完全に裸となった地面にはこちらを心配そうに見つめるモルナと、そして…
「おやおやここにあった私の可愛いモルモットちゃんを綺麗さっぱり消しちゃったんですか?すごいですねぇお見事お見事!」
大げさに手を叩いてこちらに賞賛と侮蔑を送る怪しい人影。
よく見てみるとその人影はサーカスで道化を演じるピエロの恰好をしていた。
顔にはしっかりとのっぺらぼうな仮面をつけて、表情を見ることは叶わなかったが全体的に青を基調としたデザインとなっておりどことなく真実味に欠けるような御人である。
へらへらと笑う様は先程嫌味を言っていたじゃしんのごとくだったが、こちらには明らかに敵意を感じる。
俺はピエロからある程度の距離を保ち、『撃墜槌ニョルニル』を構えた。
「おー怖い怖い。そんなことじゃあ女の子に嫌われちゃいますよー。」
俺が武器を構えたと見るや露骨に嫌そうな顔をして(いるようにオーバーリアクションを決めている、うざい)こちらを小馬鹿にしているかのようだった。
正直めんどくさい奴だ。…これなら正々堂々と憮然とした姿で現れてくれた方がこちらも身が引き締まる思いであったろうに。
しかしそれは儚い夢物語に終わり、いるのは胡散臭いペテン師のような細身の男一人。
誰彼はべらせているわけでもないし、不用心すぎるにもほどがあるわけだがこれは余程自分の腕に自信があると受け取ってもよいのだろうか?
「…あれがリストに上がっていた『嘘吐きの道化師‐ラ・レファーナ‐』。何でも魔人スーツの性能を飛躍的に向上させた天才だとか、この奥にある兵器を作成したのもこの男だっと言われているぞ。」
「…なるほど研究者か。なら、少しは納得できる。」
嘘臭さと言いどこか虚像のような曖昧な感じ、7年前にも俺は会ったことがある。
ただしそいつは研究者ではなく、王であった。俺たちと同じく国を治めていた黄ノ国君主ゲルプ=ザ=フォルティス、目の前にいる彼は色違いながら上手く彼を表していると言っていいだろう。
「…ゲルプの信者か。あいつも偉くなったもんだな。」
「おんやあ?ゲルプ様をご存じなのでぇ黒髪のモルモットちゃん?」
俺が一人小さく呟いた声を目ざとく聞きつけた偽物野郎は、とっても嬉しそうにこちらへと近づいてくる。
きっとゲネプは1000年も経った現在であっても、あまり信仰者のいない者らしい。
もしかしたらその存在すら禁忌と化しているのではないだろうか。
だからなのだろう、俺がゲネプを知っていると見るや古くからの知人のように喜んでいる。
しかし俺は彼が近づくたびに後退りをし、距離を縮められないようにした。
…彼に近づくとろくなことにはならないだろう。そんな直感から俺は距離を取り続けたのだった。
「…どうして逃げるのです?なーにもしないですよ。私は先程モルナ隊長様の言った通り研究者でありますし、戦うとかそんな野蛮なこと一切しないですよー。」
「…嘘をつけ。もし彼の信仰者だとしたらその裏をかいてくることくらいお見通しだ。」
「…ほほー随分ゲルプ様のことを知っているご様子。私あなたにきょーみが湧いてきましたよ。」
くくくっと笑うさまは本物のゲルプのようで、俺は七年前の彼を幻視せずにはいられなかった。
彼は嘘をつき続けた男だ。自らの民を馬車馬のごとくこき使い、自らの娯楽のために人を殺していく。
何時しか彼には『狂喜の黄道師』と呼ばれ、多くの者に嫌われた。
だが俺は知っている彼の壮絶なる過去も、彼が最後に流した懺悔の涙も…罪もない人を大量に殺した自分を、自らを止められなかった情けなさを抱いて死んだのだ。
彼はきっと許されることのない罪人だろう、実際その通りだし狂王と呼ばれても仕方のないやつだったのかもしれない。
それでも俺は彼を許したし、彼の生き方を否定などしなかった。
生き方にいいもわるいもない。あるのは本人自身がその生き方に満足したか否か、それが最も重要なのだ。
彼はそれに「良い人生だった」と答えた、だからだから
「…あんまりあいつの真似してくれんなよ。腹が立つ。」
「おおーこわいこわい。1000年も前に死んだ偉人ですよあなた?尊敬して模倣して然るべきでしょうに、これだから皆シュバルツとかいう国を救ったセイギノミカタに現を抜かすことになるんでしょうねぇ。」
喧嘩を売っているらしいこの男は。
だがしかしここで切れたら負けだ。怒りとはその身に声を荒げた方の負けであり、感情だけで突っ走る者は必ず負けるのだ。
俺は彼を知っているがゆえに目の前の男を許すわけにはいかない。
彼も望んではいないだろう、生前の我も忘れて狂喜で歪な自分が存在しているなど。
だからこそここで彼には消えてもらう必要がある。
「…デッド「おおーとそこまでですそこまで、これが目に入らない入らぬかー。てね」」
俺が何かよからぬことをしようとしていることを察知したのか、男は大げさに手を振りながらも森のさらなる奥から人を招く。
とぼとぼとこちらへと歩み寄る二人の影、その人影に俺は見覚えがあった。
「…目白木くん、森脇くん。」
彼らはやややつれ気味ながらも五体満足で、少しだけ俺は安心した。
しかし彼らの瞳には光がともっておらず、恐らく何らかの催眠を受けていることは一目瞭然だった。
「どうです?これであなたは手を出せないでしょう?何せ催眠をかけているのはこの私ですから、私を殺してしまえば強制的に彼らには死が訪れることでしょう。」
「…人質か、それもゲネプの模倣ってことかい『嘘吐きの道化師』さん」
「くくく、まあそれが私のポリシーですから。無益な戦いはなるべく避けたいんですよ。」
どの口がそれを言うか、俺は少しだけ歯ぎしりをして後ろを見る。
見えたはモルナの毅然とした瞳と動じずその傍らに立つ従者。彼らは俺に全指揮権を委ねているのか、この状況下でも何も言葉を発することはない。
俺における信頼の深さを垣間見ているようで、なんだか嬉しく感じた。
「…モルナ、ここは俺が食い止める。だから「ふふっ分かっておる。先で待っているぞバルツァ。」」
彼女は俺が何を言いたいのか素早く察して、そしてすぐに行動へと移した。
眼にもとまらぬ速さで彼らの真横を通り過ぎる。それについて目の前の男は特にアクションを起こさないでいた。
「…いいのか。簡単に先に行かせて。お前たちにとって大事な兵器があるんだろう?」
「くくく、まあ私の目的はあなたですし。それに『兵器』に辿り着いたところであれをどうこうするなど到底できぬことでしょうしね。」
男の余裕は崩れない。
最早こうなることは承知の事実で、最初から決まっていたシナリオであるかのようだ。
男の笑いは終わることなく続く。
「それでは始めましょうか。美しくも醜い輪舞を私に魅せてくださいよぉぉおおお!?」
「…望むところだ。ただし踊るのはお前だがな偽物。」
ここに戦いの火蓋は切って落とされた。戦いの結末を知る者は誰もおらず、また予想すらつきそうにない。
そんなことそれこそ神のみぞ知る事象であろう。俺はまた戦いに身を投じることとなったのだ、戦いなどもう飽くまでやってきたというのに
次回予告
偽物は自らたたかうことをせず、苦戦する久音。
一方その頃特殊部隊の面々はというと…




