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始まりの日

 自分の荒い呼吸に紅刀〈くれと〉は驚かされる。自分が不利な状況に居るのは理解していた。だが紅刀は諦めない。頬を汗がつたい落ちるその瞬間、紅刀は一気に走り込み刀を振るう。

 だが、無惨にも刀は弾かれ、紅刀の手から離れて行く。それをゆっくりと見送り、紅刀の意識は白く溶かされていった。





 機械音に起こされる。いつもと変わらない、だが特別な朝を紅刀は迎えた。

 目を覚ませば見慣れた天井がそこにある。紅刀は暫くそれを眺めた後、ベッドから身を起こすと腰にまでつくほど長い漆黒の髪を紅刀は高い位置で結った。これが習慣になっている。

 男らしく、厳しく育てられた紅刀は、父親の「感情を悟られるな、そして感情を容易く見せるな」という言い付けを守り、無表情で感情を表に出すのがヘタクソになってしまった。それでも紅刀はどんな事でも父親の言葉に背くことはなかった。だが紅刀にも一つ譲れない事がある。

 紅刀は自分の髪に触れた。父親になんと言われても髪だけは切らなかったのだ。髪だけは、紅刀にとって大切な唯一の「証」なのである。

「よし……」

 執事服のような今日から通う学校の制服に身を包み身支度を整え、紅刀は部屋から出た。今日から紅刀は全寮制の高校に通うことが決まっている。父親が決めた高校だ。紅刀にはその高校がどんな高校なのか、一度も教えられる事は無かったが、紅刀は疑問を口にせずそのまま従った。

 紅刀が初めてその学校の名を知った時には、既に入学が決まった後だったのだ。特に入学試験を受けることもなく、ただくまなく体を調べられただけだった。

 それに口にした所で何も変わらないと紅刀は理解している。紅刀にとって父親は絶対の存在だった。

 昨晩のうちに纏めた荷物を持つ紅刀に、エプロン姿の紅刀の母が近寄る。

「行ってらっしゃい、気をつけるのよ」

「ああ、分かっていますよ」

 すると奥から、威厳を漂わせる紅刀と同じ艶やかな漆黒の髪をした、紅刀の父が現れた。

「紅刀、これを持って行きなさい」

 差し出されたのは、刀。紅刀は刀をまじまじ見てしまう。

「これは?」

「これは、お前とお前の大切な人を守る刀だ、持って行きなさい」

「しかし、学校にこのような……」

 ぐいっと渡され、紅刀はその刀を手にするしかなかった。艶やかな黒い鞘に入った刀は重たく、紅刀はしっかりと握りしめた。

「では、行ってきます」

 そう言うと、紅刀は扉を開く。すると、新しい生活の幕開けに相応しい澄んだ青空と、黒いスーツのがたいの良い男に紅刀は出迎えられた。

「は?」

 青空は良いとして、明らかに不審な男達を前に紅刀は固まる。紅刀は家に戻ろうとドアノブに手をかけた、だが両脇をすかさず男達にがっしりと掴まれそして、そのまま連れ去られる。荷物もしっかり男達が持っていた。

「ちょ、何なんだ! 離せ」

 口では怒鳴るも、抵抗して勝てる相手とは思えない。男達は今すぐに紅刀に何か危害を与えるつもりはないようだ。紅刀は仕方無しに逃げ出す機会を窺うため、男達に刺激を与えないためにも大人しくしている事にした。


 気付くと男達に連れてこられたのは海が見渡せる砂浜だった。紅刀は目の前に広がる海がどこの海なのか判断がつかない。一応日本なのは確かな筈だが、不安がこみ上げてくる。紅刀の目の前に広がる青く雄大な海を紅刀はただただぼんやりと眺める。男達に連れ去られてる間急激に眠くなったせいで頭が働かない。睡眠薬か何かを使われたのだろうか。目的地についたであろうにも関わらず、いつまでも両脇を抱えてる男を睨み付け紅刀は口を開く。「私をどこに連れて行くんだ」

「学園ですよ」

 紅刀の問いに答えたのは、ねっとりとした声。声の主は紺色の着流しに茶色の髪をした糸目の男だった。なにより目をひくのは男の頭から生えている猫の耳らしきものと、腰の辺りから生えている猫の尾。とても愛らしいとは思えない。紅刀は意識を覚醒させ、警戒心を高めた。

 目の前に居る男は明らかに不審者である。

「話は後ですよ、遅刻になってしまいますからね」

 猫耳を生やした男はそう言うと笑い、手を翳すと指先で星を描き始めた。するとその男が描いた星は平面的だが立体化する。驚く事に男が空中に描いたものが形を成したのだ。その平面的な星に男が触れると今度は星が黄色く染まった。

 だが、お世辞にもその絵は上手いとは言えない。紅刀はそれをまじまじ見詰めた。

 男は紅刀に構わず、その描いた星を掴むと海に浮かべその上に乗って見せる。すると星はぷかぷかと海面で揺れ動き出す。

 男はもう一度同じ物を描くと海面に浮かべた。嫌な予感が紅刀の脳裏をよぎる。

「さあ、紅刀ちゃん乗っかって」

 男達から手を離された紅刀は、一度振り返る。

 どうやら逃げられないようだ。諦めたように紅刀は海面に浮かぶ不格好な星に乗っかった。

「もう、どうにでもなれだ」

 紅刀が覚悟を決めて乗ると、そのまま星はゆったり流されて行く。流されながら、男が紅刀に話しかけた。

「これから辿り着くのは、普通の人には見えない島です、紅刀ちゃんには見えますか?」

 思わずどきっとしてしまう。紅刀には見えていたのだ。幾つもの建物が並んでいる水面に浮かぶ島が。

「見える……」

「あれは魔力のある選ばれた人間にしか見えない島ですよ」

「魔力?」

「はい、つまり紅刀ちゃんには魔力があるんです、思い当たるでしょう」

 紅刀はふと思い出していた。自分が怪我をしにくい体質だという事を。ずっと疑問に思っていたが、誰にも聞けずに居た不可思議な事。

紅刀が十二歳の時、道路に飛び出した猫を追いかけ、猫と共に道路に飛び出してしまった事があった。車は急には止まれない。つんざくようなブレーキ音と共に紅刀の体は車に跳ね飛ばされた。宙を舞う体はやがてアスファルトに叩き付けられる。まだ十二歳になったばかりの未熟な紅刀の体。周りに集まった者達の口から悲鳴が上がる。

 ところが、紅刀はすぐさま起き上がり何事もなかったかのようにスタスタと歩いていってしまったのだ。猫を抱えて。

 擦り傷一つ作らずに。


「私には魔力があるというのか、そんな不確かなもの……信じられないと言いたいのだが、さっきのあんたの姿を見たら、そう言い切れないな」


 紅刀は思い出す、猫耳の男が指先で描いたものを、実体化させた姿を。あれを魔法だと言われれば紅刀は信じるしかない。

 男と話している間に、紅刀達は不思議な力を持つ者にしか見えないという島の白い砂浜に辿り着いた。と、同時に紅刀は一つの疑問を猫耳の男にぶつけた。

「なんで星だったんだ、船を描けば」

「ボクにそんな絵の才能はないんだよ、可笑しいよね、描いたものを実体化させる能力なのに」

 猫は尻尾をゆったり揺らしながら笑っている。紅刀はそれ以上話すのを止めて、歩き始めた。

 猫は海面に浮かぶ星を手でかき消してから、歩き出す。白い砂浜を踏みしめながら進むと、深い森が紅刀の視界を遮った。まるで森は来る者を拒んでいるかのように見える。だが隣から現れた猫耳男がその森の木々にそっと触れると、青白い光りが放たれ森の中から道が現れた。

「夢でも見てるみたいだ」

 その真っ直ぐに敷かれた道から少しでも逸れれば迷ってしまいそうなくらい、森は深い。紅刀は慎重に歩み出す。そうして紅刀が森を抜けると、街に辿り着いた。住宅はない、だが紅刀は少し安堵する。病院や郵便局、コンビニといった馴染み深い建物がならんでいるのだ。その生活に必要最低限の店が立ち並ぶ街を見ながら、紅刀は街の中央へと進む。不思議な事に街に人は一人も居なかった。問いかけようと猫耳男を見るも、急かされてしまい紅刀は聞くタイミングを失い、ただ歩き続ける。

 街の中央、島の半分以上の土地を使っていると思われる、大きな学園が見えてきた。学園内には学園と同じくらい広い寮もある。紅刀はその建物をまじまじと見詰めていた。

「あれがこれから私が通う学園か」

「そうですよ~、ささ、門をくぐって新入生」

 猫耳男に促されるがままに、紅刀は既に開かれている門をくぐる。そこは広場となっていて、中央には巨大な噴水があった。全くこの学園はどうなっているのだろうかと紅刀は頭が痛くなってくる。その広場には紅刀と同じ、執事服のような制服を着た男子生徒に、まるでドレスのような、青みがかった服に胸元に白いレース、金色の線が入ったコートのようなものを羽織った女子生徒達達が集まっていた。 ふと紅刀はある生徒と目が合う。

 淡いスミレ色のショートカットにどこか、不安げに潤む大きな瞳。ピンク色のふっくらした唇。誰が見ても可愛らしい少女から紅刀は目が離せなかった。

「さあて、みんな集まったね~」

 猫耳男がぴょんぴょんと軽々しく飛び回り、あらかじめ用意されていたであろう台の上に飛び乗る。

「この学園に通うのは、普通の人とは違う不思議な能力、魔法……ん~、分かり易く言えば超能力かな? そんな能力を持った人だけ」 猫耳男は上機嫌に尻尾を揺らしながら、先程のように指先で星を描く。

「女は魔力を生み出し、男はその魔力を引き出す事が出来る。君達には男女で一組のペアを作ってもらい一年間、この学園で魔法について学んでもらいます……ああ、勿論今年はイレギュラーな事もあるけどねん」

 男は描いた星に息を吹きかける、すると男が描いた星がふわふわと青空に浮かんだ。

「一年間の間に、落第したり魔力が消えたり、無事に卒業出来なかったらこの一年間の記憶は消し去られます、無事卒業出来たら、政府直属の超能力者部隊に就職出来ちゃいます! 超能力者部隊に就職できたらもう死ぬまで安泰、楽で気ままな生活が保証されるよん」

 紅刀は尻尾を揺らし、大袈裟に楽しげに話すその男を見て、楽で気ままな生活という言葉を実感する、まさに男はその言葉を忠実に再現したような男だ。

「さあ~て、お待ちかね、パートナーを探す時間だよ、星の導きのままにパートナーを探してね」

 そう言うと青空に浮かんでいた星が降り注ぐ。紅刀の目の前にも星が降ってきた。触ろうと手を伸ばすと、星はふわふわと紅刀の手を逃れて舞う。それを追いかけていくと、一人の生徒の背中にこつんとぶつかる。

「……あ」

 ゆっくりと、スミレ色の髪の生徒が振り返った。

「貴方がボクのパートナーさんですか?」

 その柔らかな微笑みに、思わず紅刀は頬に熱が溜まるのを、感じずにはいられない。


 猫耳男が描いた星は、パァンっと弾けて消えた。

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