プロローグ
ふわり春の悪戯な風が、彼女の髪を愛らしいフリルのついたスカートを優しく揺らす。
春の陽気に誘われ、彼女は日課の散歩に出た。普段なら見慣れた人や車が行き交う騒がしい街を歩き帰るのに、その日は何故か見慣れぬ道ばかり選んで歩いていた。何気なく彼女が入った車が一台通り抜け出来るかどうか分からない程狭い小道の途中、彼女は不意に立ち止まり下を見詰めた。道の端、ぽつんぽつんと紫色の花が咲いている。
スミレの花だ。
どこからか種が飛んできて花を咲かせたのだろうか。
気付くと道の果てまで、紫の花がぽつんぽつんと咲いていた。まるで彼女を導くように。
彼女は「彼」を探している。だが「彼」の顔も声も何も知らない、「彼」が誰なのかも彼女は知らない。それでも彼女にとって「彼」は愛しい存在であり、護るべき存在であり、その身の全てを捧げる存在であった。
ずっと探していた。
彼女は道の果てを見据える。踏み出す勇気がない。幾度も祈り願った、この道の果てに「彼」が居る事を。
不意に風が吹き上がり、紫の花弁が舞い上がる。幻想的な風のなか、糸目の紺色猫がどこからともなくボールのよう転がり現れ、一度彼女を振り返り道の果てに消えていった。
彼女は一度頷き、駆け出す。
期待に胸を高鳴らせる少女のような彼女を呑み込んだ道の端、何事も無かったようにスミレの花が風に揺れる。
あざ笑うように、祝福するかのように。
新たな始まりを告げて。